従業員が働きたいと希望すれば企業は65歳まで雇用を継続する義務がある。Money&You代表取締役でマネーコンサルタントの頼藤太希さんは「定年後は収入が下がることが多いのが現状。どんな働き方が自分に合っているか、どのタイミングで辞めるのか、早めに考えておいたほうがいい」という――。

※本稿は、頼藤太希『大きな文字でとにかくわかりやすい 定年後ずっと困らないお金の話』(大和書房)の一部を再編集したものです。

コンサルにお金の相談をするシニアカップル
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70代でも男性の4割、女性の2割が働いている

企業には「高年齢者雇用安定法」によって、定年後も従業員の希望があれば65歳まで雇用を継続することが義務づけられています。さらに2021年に施行された改正高年齢者雇用安定法によって、企業に70歳までの就業確保を講じる努力義務が課されています。

働く意欲のある人は、60歳で定年を迎えたあともこれまで通り働くことが可能となります。実際、60代、70代で働いている人もたくさんいます。70歳以上の人のうち、男性は4割以上、女性は2割以上の人が働いているのです。

しかし、定年後の収入は下がることが多いのが現状です。給与所得者の平均給与は50代をピークに減少していきます。そして60代後半以降は、年収300万円以下で働く人が大半となるのです。

働き方にはさまざまな形がありますが、どれを選んだとしても、年収は下がるのが現実だということを押さえておきましょう。

同じ会社での再雇用は損か得か

定年後の働き方には、同じ会社で再び雇用される「再雇用」や別の会社に就職する「再就職」、会社に属せず働く「業務委託」、新しく事業を始める「個人事業主・起業」などがあります。

もっとも多いのは再雇用・再就職です。ただ、厚生労働省「令和4年版高齢社会白書」によると、55~59歳は約11%(男性)・約59%(女性)だった非正規社員の割合が60代を境に急増し、65~69歳では約68%(男性)・約84%(女性)に増加。再雇用・再就職の多くは非正規社員です。

一方、業務委託ならば、委託された業務を期日までにこなせばいいので、自分の好きな時間・場所・仕事で稼ぐことができます。ただし、再雇用・再就職と違って収入は安定しません。よくも悪くも自分の裁量・責任が問われます。

また、個人事業主でいるより法人化したほうが節税できるといって、開業する人もいます。生涯現役で働き続ける「定年起業」も増えています。しかし、業務委託同様、仕事がなくて収入が安定しないこともあります。

定年退職しても失業手当が受けられる

定年退職後に再就職したいものの、退職時点ではまだ仕事が決まっていないときは、雇用保険の手続きをすることで失業手当(雇用保険の失業等給付の基本手当)を受け取ることができます。

ただし、失業手当は新しい仕事に支給される手当を見つけて再就職してもらうためなので、退職後にしばらく休もうと考えている人や、仕事を探さない人は受け取ることができません。ハローワーク(公共職業安定所)で仕事を探し、就職活動をする必要もあります。

失業手当の対象となるのは、64歳までの人です。65歳以上の人が離職し、再就職先を探す場合には失業手当ではなく「高年齢求職者給付金」がもらえます。

高年齢求職者給付金の金額の計算方法は失業手当と同じです。しかし、高年齢求職者給付金の支給日数は雇用保険の被保険者期間が1年未満の場合30日分、1年以上の場合でも50日分と、失業手当よりも少なくなっています。失業手当よりも日数が少ない分、もらえる金額は少なくなります。

退職は「64歳11カ月」がベストタイミング

失業手当が受け取れるのは64歳まで。65歳からは失業手当ではなく、高年齢求職者給付金がもらえます。しかし、失業手当は最長240日分受け取れるのに対し、高年齢求職者給付金は30日または50日分しか受け取れません。つまり、失業手当を受け取ったほうが有利なのです。

失業手当を受け取るには、65歳になるまでに退職すればいいのですが、特別支給の老齢厚生年金をもらう場合や、老齢年金の繰り上げ受給をする場合には、失業手当の手続きをすると老齢年金の支給が停止されてしまいます。したがって、「64歳11カ月」に退職するのがベストタイミングです。

ただし、法律では誕生日の前日に年齢が上がるルール。「64歳で退職した」とするなら誕生日の前々日までに退職しないといけない点に注意しましょう。また、会社によっては65歳を待たずに退職することで退職金や賞与が少なくなってしまうことがあるので、事前に会社に確認しておきましょう。

公共職業訓練を受ければ失業手当を長く受け取れる

再就職のためにスキルアップしたい場合に役立つのが職業訓練です。失業手当を受給している人は、公共職業訓練を受けることができます。

公共職業訓練の科目は情報処理、建築、電気、Webデザインなどさまざま。受講期間はおおむね3カ月から2年となっています。受講料は無料(別途教材費など、実費負担あり)。自費で専門学校に通うより費用負担が少なくて済みます。

記入書類の指摘を受けているシニアの手元
写真=iStock.com/kazuma seki
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公共職業訓練のメリットで大きいのが、失業手当がもらえる期間が延長されることです。60歳以上65歳未満の場合、失業手当の給付日数は90~240日(雇用保険の被保険者期間により異なる)ですが、公共職業訓練を受けている間は、その訓練終了日まで失業手当の支給が延長されます。

また、公共職業訓練では1日500円(上限2万円)がもらえる「受講手当」、最高4万2500円がもらえる「通所手当」、月額1万700円がもらえる「寄宿手当」など、金銭的なサポートを受けつつスキルが身につけられます。

65歳以上で雇用保険に加入できる「マルチジョブホルダー制度」

複数の事業所に勤務する65歳以上の労働者が雇用保険に加入できる制度に「マルチジョブホルダー制度」があります。「65歳以降は複数の職場で働きたい」「65歳以降も雇用保険に加入したい」という人に適した制度です。

以前は、雇用保険に加入するには、主に働いている勤め先で「1週間の所定労働時間が20時間以上」「31日以上の雇用見込み」がある必要がありました。その点マルチジョブホルダー制度では、「65歳以上で、2つ以上の事業所に雇用されていること」「複数の事業所での1週間の所定労働時間が合計20時間以上であること」「雇用見込みが31日以上であること」を満たせ満たしていれば、雇用保険に加入できます。これにより、複数の事業所で働く人でも雇用保険に加入しやすくなります。

また、一定の要件を満たせば、失業後には高年齢求職者給付金の受け取りができるようになります。

なお、マルチジョブホルダー制度の利用手続きは労働者本人がハローワークに「雇用被保険者資格取得届」を提出して行います。

個人事業主と法人でトータルコストはどちらが安いか

個人事業主のなかには、法人を設立しようと考える方もいます。法人化すると、事業の信用が高まります。取引先を法人に限定している企業とも事業ができますし、金融機関の融資を受けやすくなります。

また、法人化すると節税につながる可能性があります。たとえば、個人事業主の所得税の税率は所得に応じて5~45%ですが、法人税の税率は15~23.2%。課税所得が1000万円を超えると、法人のほうが有利になる場合があります。そのほか、給与や退職金・社会保険料・生命保険料・欠損金の扱いなどの点で法人のメリットが大きくなります。

しかし、まずは個人事業主でスタートしてはいかがでしょうか。個人事業主はすぐにスタートできますし、初期費用もかかりません。所得が少ないうちは、法人よりも税金・社会保険料を抑えられます。事業が軌道に乗ってきたら、法人化を検討すればいいでしょう。

23年10月スタートの「インボイス制度」はどう影響するか

2023年10月から導入される「インボイス制度は、登録を受けた課税事業者」のみがインボイス(適格請求書)を発行できる制度。

頼藤太希『大きな文字でとにかくわかりやすい 定年後ずっと困らないお金の話』(大和書房)
頼藤太希『大きな文字でとにかくわかりやすい 定年後ずっと困らないお金の話』(大和書房)

消費税の納税が免除される「免税事業者」との取引では消費税を控除(仕入税額控除)できなくなるため、免税事業者と取引をしない取引先が出てくる可能性があります。免税事業者のままだと、仕事が減る可能性があるというわけです。課税事業者の登録も法人化も手間は大差ないため、今後は法人が優勢になるでしょう。

個人でも法人でも、もしものときに備えて小規模企業共済に加入しましょう。小規模企業共済は、個人事業主や小規模な企業の経営者・役員などがお金を積み立てることで、将来事業を廃止したときの「退職金」が作れる制度です。掛金は月々1000円~7万円までで、500円単位で設定可能です。

小規模企業共済を優先して余裕があればiDeCoも利用

小規模企業共済はiDeCoと同様、掛金が全額所得控除の対象にできるため、所得税や住民税を減らすことができます。また、資金繰りが厳しいときや病気やケガをしたときにも貸付制度があるため、万が一のときにも役に立ちます。掛金納付月数が20年(240カ月)未満で途中解約すると元本割れしますが、廃業する場合は6カ月以上加入していれば元本割れしません。

小規模企業共済はiDeCoと併用することもできます。個人事業主でも会社設立でも、まずは小規模企業共済を最優先で活用し、余裕があればiDeCoも利用するのがおすすめです。