夫にモラハラを受けてつらい思いをしている場合、モラハラを理由に離婚することはできるのだろうか。モラハラ離婚に詳しい弁護士の堀井亜生さんは「相談者に『モラハラでは離婚できない』と言う弁護士もいるようだが、それは間違い。それよりも、離婚後の生活の見通しを立てられるかどうかの方が、女性にとっては離婚への障壁になりやすい」という――。
机の上に突っ伏して苦しんでいる女性
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ささいなことで激高、朝方まで怒鳴り続ける「モラハラ夫」

先日、会社員のA子さん(30歳)が私のところに相談にいらっしゃいました。

A子さんは3歳年上の会社員の夫と結婚した後、激しいモラハラに悩むようになりました。

夫は毎日のようにささいなことで激高し、ひどい時には朝方まで怒鳴られることもあります。「つらいからやめてほしい」と言うと、夫は「お前が悪いのに、俺を悪者にするのか!」とさらに激しく怒鳴ります。

そんな日々が1年続き、A子さんは心身の不調を感じるようになり、「これはモラハラではないか。離婚したい」と考えるようになったそうです。

しかし、インターネットでモラハラについて検索したところ、「モラハラは単なる性格の不一致なので離婚できない」と書かれたサイトが出てきました。ショックを受けたA子さんは、何とか離婚できないものかと近所の法律事務所に相談に行き、「夫の暴言でつらいから離婚したい」と言いました。

弁護士は「証拠はあるんですか」と聞くので、夫の暴言の数回分の録音を出すと、「証拠が足りないからこのぐらいじゃ離婚できないですね」と言われたということです。

離婚はできないと言われてしまい、A子さんは我慢して結婚生活を続けようとしたものの、やはり夫の暴言がつらく、心身ともに限界になって私の事務所に相談に来たそうです。

「夫の言動はモラハラではないのでしょうか。私は一生離婚できないんでしょうか?」と、A子さんは私に聞きました。

「モラハラ」の法律上の定義はない

モラハラとは、モラルハラスメントの略です。近年よく耳にするようになった言葉で、実は法律上の正確な定義はまだありません。

私は、「相手を追い詰めるほどの精神的な暴力」を指してモラハラと呼ぶようにしています。

法務省が公開している司法統計の中には、離婚調停を申し立てた動機の割合という項目があります。これは離婚調停を申し立てた人が、申立書の離婚理由のうちどの項目につけたか(複数回答可)の割合で、1975年から公表されています。

複数回答が可能なため、「性格が合わない」という項目にまず丸を付ける人が多く、この項目はいつも上位に入っています。

それ以外の項目の割合は、時代ごとの離婚事情を反映して大きく変化しています。

統計に見える「モラハラで離婚」の増加

以前は、女性の側からの申立て理由は「異性関係」や「暴力」「酒の飲みすぎ」が多かったのですが、それらは年を追うごとに減少しています。また、「家庭を省みない」「家族と折り合いが悪い」といった理由も減少しています。

代わって増え続けているのが、「生活費を渡さない」「精神的に虐待する」で、これはまさにモラハラの特徴です。

そして令和2年度(2020年度)の司法統計によると、離婚調停を申し立てた女性の動機の1位は「性格が合わない」、2位が「生活費を渡さない」、3位が「精神的に虐待する」になっています。

このように、司法統計からは、不倫やDV、飲酒や嫁姑問題といった、離婚と言われて思いつくような、いわばオーソドックスな理由での離婚は年々減っていて、代わりにモラハラでの離婚が増えていることがわかります。

日本の離婚の9割は協議離婚

それなのに、「モラハラでは離婚できない」という情報が出回っているのはなぜでしょうか。

それを考えるために、次は離婚の手続きについて説明します。

離婚の主な手続きには、協議離婚、調停離婚、裁判離婚があります。

まず、協議離婚とは、調停や裁判をしないで、夫婦が話し合って合意して離婚することを指します。日本の離婚のうち約90%はこの協議離婚です。

次に、調停離婚とは、家庭裁判所で話し合いをして離婚することを指します。離婚のうち約9%がこれにあたります。裁判官が判断を下すのではなく、調停委員を交えて話し合いを行うことで、当事者同士での合意を目指す手続きです。

調停でも合意に至らない場合は、裁判を行います。裁判では両当事者が主張立証を行い、離婚原因があると認められれば、離婚を認める判決が下されます。裁判による離婚は、離婚全体の約1%です。

「離婚する」というのは、これらの手続きのどこかで離婚することを指します。

協議離婚の次は調停離婚を目指す

モラハラをしている夫は、自分が暴言で妻を苦しめているという自覚がなく、自分が悪いことをしていると認めたくないため、離婚を申し入れられると拒否することがほとんどです。

そのため協議離婚は難しいですが、調停を行えば、多くの場合離婚が成立します。

調停でも合意ができない場合は裁判を行いますが、どういう場合に裁判で離婚が認められるかは、民法に定められています。

離婚原因にはいくつかの種類があり、民法第770条第1項では、①不貞行為、②悪意の遺棄、③3年以上の生死不明、④回復の見込みのない強度の精神病、⑤その他婚姻を継続しがたい重大な事由がある時の五つが定められています。

離婚届
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夫婦関係がやり直しのできない状態か

実際の裁判では不貞行為以外の②から④が離婚原因になることはまれで、多くの場合、争点になるのは、⑤の「婚姻を継続しがたい重大な事由」があるかどうかです。

これは一般的に、「婚姻関係が破綻して、回復の見込みがないこと」を意味します。つまり、夫婦のどちらが良いか悪いかではなく、夫婦関係が客観的にやり直しのできない状態にあると認められれば、離婚を求める判決が下るということです。

破綻の具体的な内容としてよく知られているのは暴力や借金ですが、暴言や嫌がらせによって精神的虐待に至るほどの言動があると立証できれば、夫婦関係の破綻が認められて、離婚の請求が認容されます。そのため、皆さんが「モラハラ」と呼んでいる個々の言動を立証できれば、離婚はできるのです。

とはいえ、モラハラの場合、「LINEやメールでは暴言を書いてこない」「夫の目の前で録音するのが難しかった」「夫に証拠のデータを消されてしまった」といったケースもあります。

もし十分な証拠がなく、裁判で夫の言動が立証できなくても、3~5年ほど別居をしていれば、その事実をもって、夫婦関係が破綻しているものとして判決で離婚が認められます。つまり、別居を始めれば、モラハラの証拠がなくても離婚できるのです。

これが「モラハラで離婚する」ということの全体像です。

ここまで読めば、「モラハラでも離婚できる」ということがおわかりいただけたと思います。

行動を起こせば必ずゴールにたどり着く

さて、最初の事例に戻って、A子さんのこれからについて考えてみましょう。

女性から離婚についての依頼を受けた場合、私はまずは夫と話し合いを行います。そこで離婚したい理由や条件面について伝え、夫と合意ができればもちろん離婚できます。

夫と合意ができない場合には、離婚調停を申し立て、調停委員を交えて話し合い、調停が成立すれば離婚できます。

仮に裁判までもつれても、証拠によって、夫がA子さんに暴言を言っていたこと、それによって夫婦関係が破綻していることが認定されれば、離婚が認められる判決が下ります。

一方、もし裁判で夫婦関係の破綻が認定されるような状況でなくても、A子さんは離婚できないということはありません。別居をして3~5年後に裁判をすれば、その事実をもって、破綻が認められ、判決で離婚が認められます。

このように、行動を起こせば必ず離婚というゴールにたどり着くことができます。

法律相談で私がこのように説明すると、A子さんは大きく息をついて、「安心しました」と言いました。

「まずは証拠をもう少しそろえつつ、夫と別居する準備を始めようと思う」とおっしゃいました。こうしてA子さんは離婚に向けて歩み出しました。

なぜ「モラハラで離婚できない」と言われるのか

モラハラで離婚するためには、このようなステップを踏むことになります。

ただ、法律相談で「モラハラでは離婚できない」と答える弁護士がいまだに多いのも事実です。

それにはいくつかの理由が考えられます。

まず、冒頭に書いたように、法律上では、モラハラはまだ定義されていないということです。裁判実務上も、モラハラを定義付けて「これはモラハラにあたるので離婚を認める」と明言した判例はまだないのです。

それは、夫婦関係の破綻を認めるには「暴言」や「精神的暴力」という既存の言葉だけで十分で、モラハラという新しい言葉をわざわざ定義して認定する必要がないからだと思われます。

そのため、「モラハラが認められて離婚できた判例はない」という事実を字面通りに解釈している弁護士が、「モラハラで離婚できますか」という相談を受けた際に、「モラハラでは離婚できない」と説明しているのだと思います。

次に、モラハラという言葉の意味が広く解釈されすぎて、単なる夫婦げんかや価値観の違いを「夫にモラハラされています」と表現する相談者も少なからず存在します。

弁護士の中には、そういったケースも見ているために、「モラハラくらいでは離婚できない」と答える人もいるのだと思います。

「不倫や暴力でないと離婚できない」という誤解

あとは、その弁護士が離婚の最新実務に詳しくないという可能性もあります。

離婚問題の実務は、時代によって大きく変わります。昔は「離婚理由として認められるのは不倫、暴力、借金のみ」といった通念がありました。

最新の離婚問題を担当していないと、知識がアップデートされず、「不倫や暴力でないと離婚できませんよ」とアドバイスしてしまうのかもしれません。

これが、世間で言われている「モラハラでは離婚できない」の実態です。

モラハラに該当する行為で離婚を認めた判例は多い

モラハラという言葉が判例で明言されていないだけで、モラハラに該当する激しい暴言、精神的暴力を理由に離婚が認められている裁判例は多々あります。

それを、「夫からの暴言に一生耐えなければいけない」ととらえて、A子さんのように追い詰められてしまう方がいます。弁護士の中に、「離婚したい」という相談者の希望をかなえる道筋を示さず、紋切り型の法律的な回答をしてしまう人がいることもその一端です。

不倫や暴力、金銭問題など、モラハラ以外の理由で離婚している夫婦はたくさんいます。これといったトラブルがなくても、「すれ違いが続いた」などの理由で離婚する夫婦もいます。

それなのに、激しい暴言を受け続けている人が一生離婚できないはずはありません。

モラハラという言葉が広まり、さらに「モラハラでは離婚できない」という言葉が独り歩きしたことで、正確な知識が広まりにくくなっているのが現状です。

「モラハラかどうか」よりも「生活の見通しが立てられるか」

また、モラハラで離婚を考えている方が、「これはモラハラと言えるのか」という判断を弁護士である私に求めてくることもあります。相談に行ったら、弁護士に「こんなのはモラハラじゃない」と笑われたという話もよく聞きます。これは、モラハラであれば離婚できる、そうでなければ離婚できないという考えからだと思われます。

しかし、ここまでに解説した通り、「モラハラであれば離婚できる」「モラハラでなければ離婚できない」という二元論はどこにもありません。

むしろ現実的に問題なのは、離婚後の生活の見通しを立てられるかどうかです。どんなに証拠が豊富にあっても、住む場所がない、生計を立てる手段が全くないと、そのことの方が離婚への障壁となってしまいます。

「つらい、離婚したい」と思うのであれば、一歩を踏み出せば必ずゴールにたどり着けます。法律はその手助けになるので、解決の道筋を示してくれる弁護士に相談するようにしましょう。