政府は少子化対策の一環として、児童手当の拡充を決めた。しかし同時に16~18歳の子どもがいる世帯の税負担を軽くする「扶養控除」を見直すことが検討課題に挙げられた。ファイナンシャルプランナーの井戸美枝さんは「これでは高所得世帯にとっては可処分所得がかえって減るし、年収800万円世帯であってもほとんど可処分所得が増えないままだ。扶養控除は現行のまま維持したうえで、児童手当を支給しなければ、少子化対策としての効果は薄まるだろう」という――。
記者会見する岸田文雄首相=2023年6月13日、首相官邸
写真=時事通信フォト
記者会見する岸田文雄首相=2023年6月13日、首相官邸

“異次元”の少子化対策の主なメニュー

6月13日、政府は「こども未来戦略方針」として、少子化対策の主なメニューを公表しました。

少子化対策の主なメニュー
・児童手当の拡充
・保育施設利用
・育児休業給付
・出産支援

悪い意味で話題になってしまったのが「児童手当」です。

主な改正は3つ。1点目は支給期間を高校生まで延長すること。2点目は所得制限を撤廃すること。3点目は、第3子以降への3万円の給付です。

児童手当の拡充
図表=筆者作成

現在の児童手当は、中学生までの支給で所得制限が設けられています。夫婦と子ども2人世帯の場合、収入が多いほうの親の年収が960万円以上だと月5000円に減り、1200万円以上は対象外となります。

児童手当が「全ての子どもを支援する」という趣旨の制度であることを考えると、所得制限の撤廃は妥当な判断といえるでしょう。

その一方で、16~18歳の子どもがいる世帯の税負担を軽くする「扶養控除」を見直すことが検討課題に挙げられました。こちらが悪い意味で話題になってしまった原因です。

仮に、扶養控除がゼロになった場合、世帯の年収によっては、児童手当の支給よりも税負担のほうが大きくなってしまいます。

扶養控除がなくなると

仮に扶養控除が廃止され、児童手当が月1万円支給された場合、実際に家計に入るお金「可処分所得」はどうなるのでしょうか。

本稿では、話をシンプルに理解するために「40~60歳の会社員」「専業主婦・夫」「高校生の子ども」の3人世帯を前提に、シミュレーションを行いました。

年収800万円だと、可処分所得が月783円しか増えない

結論から述べますと、税負担のほうが大きくなる世帯は、おおよそ年収1200万円の人がボーダーラインとなりそうです(※)。ただし、それ以外の世帯でも、児童手当が額面通りに家計に入らず、可処分所得はそれほど増えない可能性があります。

具体的にみてみましょう。

年収が500万円の人の場合、扶養控除が廃止されると、5万2400円の負担増となります。児童手当は12万円(1万円×12カ月)支給されますので、+6万7600円です。月5600円程度の可処分所得の増加です。

年収500万の場合 現行
図表=税理士 馬場敦子氏

年収が600万円の人は、扶養控除廃止による負担増が7万1800円で、児童手当との差額は+4万8200円。

年収750万円の人は、扶養控除廃止の9万9000円の負担増で、差額は+2万0100円。年収800万円の人は、11万0600円の負担増で、差額は+9400円となります。つまり月783円しか可処分所得が増えないということになります。

年収800万の場合 現行
図表=税理士 馬場敦子氏

年収1200万円を超えると、負担増が12万2200円となり、支給される児童手当分を超えて、2200円の損となります。つまり、所得制限が撤廃されて児童手当が支給されることになるこの年収層にとっては、もし高校生がいる場合、かえって可処分所得が減ってしまうことになるのです。

年収1200万の場合 現行
図表=税理士 馬場敦子氏

年収1500万円を超えると、負担増が16万1000円で、児童手当との差額は−4万1000円です。

所得税は年収が高いほど税率が高く、控除廃止の影響を受けやすくなります。

扶養控除の廃止は決定ではありません。縮小もあり得ます。

ただ、扶養控除は現行のまま維持したうえで、児童手当を支給しなければ、少子化対策としての効果は薄まるように思えます。

(※)各種の控除によって、負担増のボーダーラインは前後します。たとえば、控除が基礎控除や配偶者控除・扶養控除のみであれば、年収800~900万円の人が負担増になる可能性があります。ただし、所得の高い人は、多くの場合で、協会けんぽなどの社会保険料、生命保険料控除(最大4万円)を給与所得から控除しています。本稿ではそれに基づいて、ほぼ現実に近い形で試算しています(医療費控除やふるさと納税などを行った場合は、ボーダーラインとなる年収はさらに高くなります)。

少子化対策の費用対効果の検証を

なぜ、少子化対策の財源を同じ子育て世代から徴収するのか。可処分所得が減っては逆効果ではないのか。そうした不満はもっともでしょう。高校の授業料を支援する「高等学校等就学支援金制度」も所得要件があり、その目安は年収910万円(※)。高年収層を中心に負担が大きくなっている世帯がすでに一定数あり、子育て世代間での不公平感が高まっています。高所得世帯は多くの税金を納めているにもかかわらず、子育て支援の対象から外されてしまう。そこに不満を持つのは当然と言えるでしょう。

(※)両親のうちどちらか一方が働き、高校生一人(16歳以上)、中学生一人の子供がいる世帯(https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/mushouka/1342674.htm

今後も、少子化への対策は実施され、その負担が増えることは避けられません。少子化は国家存続の危機ともいえる由々しき事態だからです。

ブロックに文字 教育資金
写真=iStock.com/Seiya Tabuchi
※写真はイメージです

国民から政府の対策に不満が生じる要因には、前述の不公平感のほかに、費用対効果の問題があります。月に1万円の児童手当が増えたとして、それが少子化対策として機能するのか、疑問に思う人も多いはずです。

いま政府に求められることは、それぞれの対策の効果を細かく検証すること。そして、その検証・結果に応じて、制度の改正や廃止が柔軟にできる体制を整えることです。

年約3兆円半ばの増額という「異次元」の財源規模だけでなく、成果が期待できる対策が優先的に実施されることが望まれます。