※本稿は、堀井亜生『モラハラ夫と食洗機 弁護士が教える15の離婚事例と戦い方』(小学館)の一部を再編集したものです。
虐待レベルの「教育熱心モラハラ」
・先取り教育への異様なのめり込み
・誕生日プレゼントは「頭の良くなるパズル」
・「東大を“あえて”選ばなかった」
胎教から始まった夫の「独自教育」
モラハラ離婚の案件を担当するうちに見えてきたことがあります。それは、モラハラ夫にはいくつもの共通点があること。なかでも、非常によく見られる異常な教育熱心さが引き起こした事例をご紹介しましょう。
B美さんは、地方女子大出身の27歳。小さな頃から夢だった子ども教育に関わる仕事に就いて5年目、知人の紹介で現在の夫と出会いました。
4歳上で地方国立大学の出身、医療機器メーカー勤務。すぐに「優秀そうな人だから教育にも興味がありそうだし、子どもも頭のいい子に育つかも」と、お見合いからトントン拍子に結婚へと進みました。
子どもを授かると、夫はまず、胎教にのめり込みました。クラシック音楽を流すこと、一日5冊、英語の絵本の読み聞かせをすること。この2つを、出社前に必ず指示するのです。
そして帰宅後の第一声は「今日もちゃんと胎教をやったか?」でした。夫の教育に対する想像以上の熱量に驚きながらも、その熱心さをほほえましく思っていたのですが……。生まれた男の子が3歳になった頃から、違和感を覚え始めたと振り返ります。
幼稚園から九九、間違えるとテーブルを叩いて激怒
夫は長男に先取り教育を開始。足し算、引き算、五十音の暗記。幼稚園に入ると次は九九。暗唱につまずくと「2×4は8だろう⁉ こんなこともわからないのか!」と、テーブルをドンドンと叩いて、ヒステリックに怒るようになりました。
九九が終わると次はローマ字。浴室の壁に防水のアルファベット表を貼り、すらすら言えるまで風呂から出しません。長男がのぼせて泣き出したので、B美さんが風呂から出そうとすると、「これからは英語の時代だ! 低学歴が邪魔するな!」と罵倒します。
長男が小学校に入ると、夫の「教育」はさらにエスカレート。誕生日プレゼントは頭が良くなるパズルの本で、それ以外のおもちゃは禁止。トイレの壁には「頭が良くなる風景写真」なるものを貼り付けて、長男がトイレに入ってすぐ出てくると、「写真をじっくり見ないとバカになるぞ」と怒鳴り、またトイレに押し込めます。
テストで100点を取れなかったら、長男をクローゼットに閉じ込めて、泣いても出してあげません。このままでは長男がおかしくなってしまうと思い、B美さんは塾に入れることを提案しました。しかし話を聞いた夫は顔をしかめ、「塾はお前のようなバカを相手に金儲もうけをしているだけ」「塾講師は応用力のない人間の集まり」と、学習塾への悪口をせきを切ったように言い出したのです。
そこでB美さんは今までの違和感の正体に気がつきました。夫は子どもを賢くしたいのではなく、自分の管理下で何かをやらせたいだけなのではないか。
その頃から、長男は父親が帰ってくる頃になるとお腹が痛いと言うようになりました。子どもを泣かせてまで独自教育に走る夫の姿に、真剣に離婚を考えるようになりました。
音声や動画の証拠が決め手に
B美さんから離婚したいと相談を受けた時、争点は子どもの親権になるだろうと考えました。夫は、まさか自分の「教育」が子どもを精神的に追い込んでいるとは思ってもみないはずです。むしろ、妻よりも教育熱心で優秀な自分が育てたほうが子どものためになると言って、親権は自分が持つべきだと主張してくると考えました。
そこで、別居する前にしっかりと証拠を取るようにお話ししました。「算数パズルを解かないとバカになるぞ」と怒鳴って長男にゴミ箱を投げつける音声、泣いている長男が出られないように夫がクローゼットの扉を押さえている動画、テストの結果に「俺の子どもとは思えない」と怒鳴る音声。
離婚調停が始まると、こういった証拠を提出しました。夫はモラハラなんてしていない、子どもに勉強を教えていただけだと否定しましたが、こういった証拠を目の当たりにすると、裁判官も「父親と住むほうが子にとって良いことだ」とは言いませんでした。
親権が取れないとわかると、夫は定期的に子どもに会うことを条件に離婚に応じました。親権は無事にB美さんに渡り、長男はのびのびと勉強やスポーツに取り組むようになりました。
「東大はあえて選ばなかった」
独自教育に走るモラハラ夫の背景には、何があったのか。B美さんは「大学の話になると、夫はいつも『東大はあえて選ばなかった』と言っていました」と教えてくれました。東大には偏差値的に遠く及ばないのに「あえて選ばなかった」と説明するところから、この夫が学歴に強いコンプレックスを抱いていることがうかがえます。子どもへの強い態度も、自分のコンプレックスを埋めようとしていたのかもしれません。
この事例以外にも、独自教育系モラハラ夫を何人も見てきました。胎教に始まり、九九の暗唱、速読、日本地図の暗記にとどまらず、独自のドリル作成。小学校高学年に入ると、塾や家庭教師はお金がかかると否定し、タブレット通信教育を開始します。
不思議なのは、教育熱心なわりに中学受験という発想は持ち合わせないところです。自分で対応できる昔ながらの勉強法から先のことには興味がなく、高学年になって難しい問題が出てくると、子どもを怒鳴るだけで解き方を教えることもできません。子どもが塾に行きたいと言っても、「寝ずに勉強をすれば塾に行く必要がない」と時代錯誤の返答をするのです。
また、「魚を食べると頭が良くなる」という夫の信念で、子どもにひたすらサバ缶を出す家庭もありました。子どもは泣きながらサバを食べて、夫はその隣で唐揚げをつまみながらビールを飲むというのです。
こじれた学歴コンプレックス
教育熱心なのは悪いことではありません。しかし、子どもを毎日泣かせてまで自分のやり方に固執しても、子どもはストレスをためるだけで、成長には逆効果です。行きすぎた独自教育に生活を支配されていると感じたら、子どもに悪影響が出る前に周囲にSOSを出しましょう。
教育熱心なのか、こじらせた学歴コンプレックスによる支配なのか、よく見極めて
モラハラ離婚で重要なのは証拠集め
インターネットで「モラハラ 離婚」と検索をしたら「モラハラで離婚はできない」と書いてありました。市町村の法律相談に行ったら、弁護士からもモラハラでは離婚できないと言われました……。
私のところに相談に来て、そう話す人がたくさんいます。結論から言うと、モラハラで離婚することはできます。が、そのためにはいろいろと準備が必要で、特に重要なのが、夫が妻に対してモラハラをした証拠集めです。
「離婚したいなら証拠を取ってきてください」と漠然と言う弁護士がいるそうですが、具体的な証拠の取り方まではアドバイスしてもらえないようです。
なかには、日記をつけるように言われたという人はいましたが、日記そのものの証拠価値は低いと思われます。
日記より、録画・録音・メール・LINE
「□月×日 夫は朝から機嫌が悪い。夜に長時間怒鳴られた」
このような記録は、自分自身の記憶や時系列の整理には役立ちますが、それだけではその事実があったこと自体は証明できません。
弁護士の視点で必要と思うのは、録画・録音、それからメール・LINEです。どれもスマホ1台で残せる記録です。
怒鳴られたというメモと、実際に怒鳴っている音声では、裁判官に与える印象が全く違います。
またメール、特にLINEは会話の流れや連絡の頻度をひと目で把握できるため、モラハラ夫の人柄や、その夫婦の関係性が立体的に浮かび上がってきます。最近は判決でLINEやメールが引用されることも多いため、データ保存とスクリーンショットで残しておきましょう。
夫にスマホをチェックされそう、没収されそうという場合は、協力してくれる親や友人に転送しておくと安心です。録音にはICレコーダーを使うのもお勧めです。
証拠を取っても、読むのがつらいと言ってデータを消してしまう人がいます。しかし、戦うためには、つらいと感じたことこそ残しておかないと意味がありません。どうしても目に入れたくないのなら、どこかにバックアップしてからスマホから削除するか、誰かに預けてください。
夫の許可は不要、激しさより回数
録画や録音は、一番激しく怒っている時を押さえられなくても大丈夫です。それ以上に大切なのは回数です。1回より3回、10回と数が揃っていれば、モラハラが長期にわたってくり返し行われていたことの証拠になるからです。一つの確固たる証拠を取ろうとするより、小さな証拠を数多く残すようにしましょう。
ちなみに、証拠を取るための撮影や録音に夫の許可はいりません。隠れて記録したものでも、裁判所は証拠として採用します。
別居した後でも証拠集めは可能
証拠を集めるには別居前に動き出す必要があるわけですが、すでに別居中だったり、すぐに家を出ないと身の危険がある場合には、録音や録画は難しくなります。その場合でも、メールやLINE、電話などのやりとりから、夫婦関係が修復できない状況にあるとわかれば問題ありません。
例えば「戻ってこいと言うのなら子を叩いたことを謝ってください」というメールに対して「叩いたのは教育の一環だ」という返事が来ていたら、叩いたことを認めていると言えます。
別居後に大量の着信や暴言のメールを残すこともあります。相手はモラハラ夫です。必ずどこかにその片鱗は出るものなので、諦めないようにしましょう。