ChatGPTをビジネスに有効活用するにはどうすればいいか。NECのAIを活用した顔認証技術を世界一に導き、令和5年春の紫綬褒章を受章した今岡仁NECフェローが解説する――。

ChatGPTに向く業務、向かない業務はあるのか

ChatGPTに質問を入力すると、事前に学習した膨大な知識に基づき、質問に対する回答をわかりやすく提示してくれます。そのため辞書および質問応答システムとして活用できます。

NECフェロー 今岡仁さん
NECフェロー 今岡仁さん(撮影=宇佐美雅浩)

また、質問を工夫すればチャット以外のさまざまな処理も可能です。例えば、高品質なテキスト処理エンジンとしても活用できるので、「以下はとあるソフトウエアの利用規約です。日本語で要点を3つまとめて列挙してください」と指示を書き、続いてデータとして英文の利用規約を入力すれば、情報の抽出、テキストの要約、言語の翻訳をまとめて実施してくれます。

さらに、日本語や英語などの自然言語に限らず、文字の列であれば何でも扱えるため、プログラミング言語や音楽のコード進行なども生成したり理解したりできます。

このようにChatGPTに代表される大規模言語モデル(LLM)は、人間の思考や判断の背景が言語だからこそ、さまざまな業務で活用でき、効率化をもたらします。

図表1はLLMの活用範囲をまとめたものです。

【図表1】様々な職種・業務でLLMの活用による効率化が可能に

ChatGPTをビジネスに適用するための論点は、どのような職業に使えるのか、あるいは使えないかといったことではありません。誰もが使う言語に関するAIだからこそ、誰にだって使える可能性がある。自分の職業に照らして、全員が自分のことだと捉えて考えてみることがとても重要なのです。

ChatGPTをうまく使いこなすために

ChatGPTは誰もが手にでき、誰もが利用できるツールであり、誰の仕事にも役立ちます。それだけに、自分の仕事での利用用途を早く考え出せる人が有利になるわけです。

ところが、ChatGPTにできることが多く、インプットとアウトプットが共に言語であり、ある人にとってはインプットであっても別の人から見るとアウトプットであるため混乱しがちです。そこでおすすめするのは、図表2のように、自分(人)を軸に置くヒューマンセントリックな視点で、インプットとアウトプットに分けて考えること。これならChatGPTをどのように使っていけばいいのかを自然に導き出せます。

【図表2】ヒューマンセントリックな「ChatGPTの使い方」に対する考え

営業職であれば、インプットでは過去の提案案件情報の集約に役立てられるでしょう。また、アウトプットでは、その集約した情報を基に新たな提案書の原案作成を指示することで、作成の負担を軽減しつつ精度の高い提案書を早く作れるようになります。

別の職業についても考えてみましょう。ライターの場合、インプットは取材のための勉強や質問に漏れがないか確認するのに使えます。一方で、文章を生成するアウトプットも重要な仕事ですから、その支援にもChatGPTは有効です。

事象の不自然さを認識して対処できるChatGPT

私自身の仕事でもChatGPTの用途を考えてみました。例えば、採用面接の質問案を作成するのにChatGPTを役立てられないでしょうか。

まずは研究者に対して転職理由を尋ねる質問案の作成を依頼したところ、「どのような研究業績を持っていますか」といった、納得感のある一般的な質問を作ってくれました。

続いて、少しずつ指示を変えてみます。今度は研究者から研究者への転職ではなく、医師から占い師への転職者に対する質問案を考えてもらったのですが、このような転職は一般的ではないため詳しい検討が必要だという補足がありました。つまり、医師から占い師への転職は不自然だと認識しているわけです。

そこでChatGPTの能力を試してみようと、他にも不自然な設定の質問をしてみたのですが、倫理に反する場合には「不適切」だと返してきました。このように倫理的な観点も備えているのは、AIとして好ましい姿だと思います。

なぜChatGPTは「不自然さ」を認識・対処できるのか

ChatGPTの処理では、GPT-3.5およびGPT-4と名付けられた大規模言語モデルを使用しています。その名のとおりAIの学習に使用するデータは大規模で、膨大なテキスト情報をもとに、「この文字が並んでいるときは、その後にこの文字が出やすいな」と学んでいるのです。

従来の生成系AIでは、人間が教師データを用意して学習させる必要がありましたが、ChatGPTのモデルは勝手に学習して回答できるようになります。そのためインターネット上で類似の情報が多いほど一般的で確からしいと考え、逆に少なければ一般的ではなく、回答の中で注意が必要だと判断しているのでしょう。

インプットが大規模だからこそ誤った情報が淘汰とうたされて正しい情報が残るわけですが、加えて回答に対するユーザーのフィードバックを基に精度を高めているのが、ChatGPTの特徴です。研究者としては人間の知を入れないアルゴリズムで完結させたくなりますが、その気持ちを抑え、人間とともに最適解を求めようという発想に至ったことが今日の結果に結びついていると言えます。

ChatGPT利用の注意点1 間違いもそれらしく返してくる

一方で、現時点ではChatGPTの弱点を指摘する声もよく耳にしますが、ここでは2つだけ取り上げることにします。

その1つが、間違った内容も「それらしく」返すというもので、文章がつながっているので一見すると正しそうでも、よく読めばロジックが破綻しているケースがあります。

例えば、「湖にスイレンの花が落ちた。スイレンは1分たつと2倍に増える。湖がスイレンでいっぱいになるのに48分かかる。では、スイレンが湖のちょうど半分になるのに何分かかるだろうか?」と聞いたところ、考え方や計算の過程が示され、前半はおおむね正しい内容でした。ところが後半は突然ロジックが飛んでしまって、「この結果からスイレンが湖のちょうど半分になる時間は、48分÷2=24分であることがわかります」となるのですが、文章としての流れは正しいので思わず信じてしまいそうになります。なお、正解は池が満杯の状態から逆算すれば簡単に導き出せて、47分です。

【図表3】論理クイズへの回答

ここでは数式の例を挙げましたが、数式に限らずありとあらゆるケースにおいて、ロジックに基づいて回答しているわけではないことに注意すべきでしょう。ChatGPTのアウトプットを鵜呑みにして、そのまま人間のアウトプットとして使用するのは危険です。

とはいえ、もちろん人間のインプット支援では十分に役立ちます。裏付けが必要なのは普段のインターネット利用時と同じで、例えばウィキペディアの情報がすべて正しいわけではありません。この状態をことさら問題視して「ChatGPTは使うべきでない」と結論づけるのは早計ではないでしょうか。

ChatGPT利用の注意点2 著作権を侵害する恐れがある

ChatGPTのもう一つの大きな弱点は、著作権の問題がクリアになっていないことです。みだりに引用して出典の著作権を侵害してしまうケースだけでなく、さまざまなデータを学習して導き出した文章であっても、既存の文章とたまたま完全に一致してしまう可能性も考えられます。思考の助けにするだけなら問題ないとしても、それをアウトプットとして転載する場合には気をつけなければなりません。

ただ、これも今までのネットリテラシーと変わらない話であり、著作権を侵害している可能性を視野に入れて有効活用すればいいのです。

ChatGPTの活用方針は企業や自治体によって異なるようですが、それぞれが実態に沿って判断を下すのは正しい姿勢だと思います。個人情報を入力するのは情報流出につながるためNGですが、倫理感やリテラシーが備わっているのなら有効活用できるでしょう。100%使えないものでもなければ、100%自由に使っていいものでもない。それはインターネットの利用における一般的な注意点と変わりありません。