イギリスの公共放送・BBCや『週刊文春』がジャニー喜多川氏によるジャニーズ事務所所属タレントへの性加害を報じたが、新聞やテレビはこの問題に沈黙を貫いたままだ。エンターテインメントに詳しいジャーナリストの松谷創一郎さんは「被害者が少しずつ声を上げ始めたが、ジャニーズ事務所は疑惑に応えず、企業が求められる説明責任を果たしていない。ジャニー氏が遺していった巨大な負の遺産の前で身動きが取れなくなっている」という――。
日本外国特派員協会 オフィシャルサイトFCCJchannelより
日本外国特派員協会 オフィシャルサイトFCCJchannelより、2023年4月12日に行われた元ジャニーズJr.岡本カウアンの会見

もしアイドルを目指す男子中学生がデビューするなら

アイドルとしての成功を志す男子中学生がいるとしよう。彼は、業界最大手の芸能プロダクションに所属している。

このとき、所属プロダクションの社長による性的虐待を我慢すれば、デビューできる可能性が高まる。しかし、それを拒否して退所すれば圧力や忖度そんたくによって一生日本の芸能界では活躍できないリスクがある。

とどまるも地獄、離れるも地獄──若者は二重に支配されている。芸能プロダクション内における支配と、芸能界(業界)における支配だ。

ジャニーズ事務所は、こうした手法で若者たちを支配してきた可能性がある。それが人権上きわめて大きな問題であることは、だれでも理解できるだろう。

ジャニー喜多川氏のセクハラ行為は既に裁判で認定済み

現在、故・ジャニー喜多川氏の性的虐待問題が再燃している。ジャニーズJr.の未成年男性に対して、創業者が長年にわたって性的虐待を続けていた疑惑だ。

そのきっかけは、3月に放送されたイギリスの公共放送・BBCがドキュメンタリー番組『J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル』だ(現在、Amazonプライムで観ることができる)。そこでは15歳のときに性的虐待を受けた男性・ハヤシ氏(仮名)が、声をつまらせながら証言をしている。

ジャニー氏の性的虐待は、1960年代からときおり報じられていた。1980年代以降は、当事者である北公次氏(元フォーリーブス)や中谷良氏(元ジャニーズ)などの告発もあったが、それが一般に広く伝わることとなったのは、1999年の『週刊文春』の報道だ。

だが、ジャニー喜多川氏とジャニーズ事務所は『週刊文春』を名誉毀損きそんで訴えた。この民事裁判は一審と二審でその判断が分かれたが、2004年にジャニー氏の性的虐待(裁判では「セクハラ」とされている)が事実認定されて結審した。具体的には、「ジャニー氏が、少年らが逆らえばステージの立ち位置が悪くなったり、デビューできなくなるという抗拒不能な状態にあるのに乗じ、セクハラ行為をしている」との記述が事実とされた(『文春オンライン』2023年3月18日)。

つまり、ジャニーズ事務所の社長がデビューや報酬と引き換えに、未成年者に対して性的虐待を加えていたことが明らかとなった。

元ジャニーズJr.が実名・顔出しで性的虐待を告発した

ジャニー氏の性的虐待行為については、他にも複数の証言がある。つい最近も、元ジャニーズJr.の岡本カウアン氏が実名で証言したばかりだ(『文春オンライン』2023年4月5日)。そこでは岡本氏が中学卒業間近(15歳)の2012年3月の性的虐待について話しており、動画も残しているという。

以上を踏まえると、1960年代から2010年代までの約50年にわたってジャニー氏が常習的に未成年者に対して性的虐待を繰り返していた疑いが生じる。被害者がどのくらいの人数かはわからないが、デビュー人数やジャニーズJr.の規模を考えると数百人以上の可能性も十分にある。

これがジャニーズ事務所内における支配の構造だ。

テレビには競合タレントを使わないよう圧をかけてきた

2019年7月17日、ジャニーズ事務所が公正取引委員会から「注意」を受けたことが報じられた。ジャニー喜多川氏の死去から8日後のことだ。具体的には、ジャニーズ事務所が民放テレビ局などに対し、元SMAPの3人(新しい地図)を「出演させないよう圧力をかけていた疑いがある」とされた。

ジャニーズが競合するタレントや退所したタレントに対して圧力をかけるという噂は、それまでもさまざまに囁かれていた。それがはじめて表沙汰となったのがこのときだった。

ジャニー喜多川氏が、直接“圧力”をかけようとしていたことを示す証言もある。『ミュージックステーション』のプロデューサーだった皇達也氏は、他のプロダクションの男性アイドルの出演を考えていた際、ジャニー氏から「出したらいいじゃない。ただ、うちのタレントと被るから、うちは出さない方がいいね」と、いわゆる“タレント引き上げ”をほのめかされたと話している(『週刊新潮』2019年7月25日号)。

「ミュージックステーション」を制作・放送するテレビ朝日
撮影=プレジデントオンライン編集部
「ミュージックステーション」を制作・放送するテレビ朝日

これに対して皇氏が反論すると、結果的にジャニー氏は引き下がったとこの記事ではまとめられているが、実際のところ『Mステ』にはジャニーズと競合するアイドルグループが出演しにくい状況がいまも続いている。たとえばそれが『紅白歌合戦』にも出場したJO1やBE:FIRST、Da-iCEなどだ。そこで“圧力”は確認できないが、なんらかの不自然な状況──おそらく“忖度”が生じている。

この4年でどんどん増えている“辞めジャニ”の動向に注目

このケースで注目しなければならないのは、“辞めジャニ”と呼ばれるジャニーズ出身者がそれらの競合グループに少なからず含まれていることだ。K-POP系のJO1やINIにひとりずつ、ジャニーズJr.時代にLove-tuneとして活動していた7ORDERの全員がそうだ。

さらに今後は、ジャニーズ事務所を退所予定のIMPACTorsや、滝沢秀明氏が立ち上げた新会社・TOBEのグループにも“辞めジャニ”が含まれる可能性は高い。なにより現在もっともその去就が注目されているのは、退所予定のKing & Princeの3人──岸優太・平野紫耀・神宮寺勇太だろう。ファンの多くが心配しているのは、退所後の彼らの活動が圧力や忖度で妨害されることだ。

これが、芸能界(業界)におけるジャニーズ事務所の支配の構造だ。

成功するために性的虐待を覚悟するというつらい選択

ジャニーズ事務所にとどまっても離れても、彼らにはつらい現実が待ち構えていた。これが二重の支配だ。

日本で男性アイドルを志すことは、こうしたリスクと常に隣り合わせだった。性的虐待を受ける覚悟をするか、それから逃げて芸能界で干されるか、あるいは売れないことを覚悟して最初から他のプロダクションで活動するか──選択肢はこの3つだ。

ジャニー氏の性的虐待が看過されてきたのも、ジャニーズ事務所の業界支配があったからこそだ。この問題は、ジャニー氏個人の問題ではなく構造的に読み解く必要がある。

もちろん、現在はこうしたリスクはかなり弱まった。ジャニー氏が亡くなり、公取委がジャニーズ事務所を「注意」し、そしてK-POPや競合他社などの選択肢も増えたからだ(もちろん『Mステ』のような“忖度”もあるが)。

BBCの再検証番組の後も無言を貫く大手マスコミ

だがいま問題とされているのは、ジャニー氏が存命中かつ公取委の「注意」よりも前──つまり2019年7月以前のことだ。ジャニーズ事務所内でも芸能界でも、長年にわたってスターを志す若者たちの人生が破壊され続けた可能性がある。

大手マスコミ、とくにテレビはNHKも含めてジャニー氏の性的虐待をいまだに報じていない。新聞も朝日と毎日では外部執筆者による記事は掲載されたが、他紙はまだ触れていない。現在積極的なのは、この問題を長らく追い続けている『文春』以外では、筆者も執筆した『朝日新聞GLOBE+』とこの『PRESIDENT』、そして『FRIDAY』くらいである。

こうなるのは、テレビ局や出版社にとってジャニーズ事務所が重要な取引先だからだ。とくに民放にとっては、ジャニーズタレントがいなければ多くの番組が成立しない。

たとえば以下(図表)は、地上波テレビの夜の時間帯におけるジャニーズタレントの出演番組だ(4月第4週目)。レギュラー、ゲスト問わず、多くの枠にジャニーズが食い込んでいることがわかる。

【図表】ジャニーズタレント地上波テレビレギュラー番組 2023年4月23日~30日(19時~24時)
図表作成=松谷創一郎

喜多川氏亡き今、検証報道のハードルは低くないが…

新聞やテレビの社会部にとっても、この問題を取り上げるハードルは決して低くない。忘れたい過去として告発を躊躇する被害者も多いだろうし、加害者が鬼籍に入っている以上、事実確認は簡単ではない。なかには、ジャニー氏の性的虐待を「被害」として認識していない証言者も少なくない(それは性的虐待における典型的な「グルーミング=手なづけ」だと捉えられるが)。さらに、そうした調査報道には時間も人員も要する。

しかも、ジャニー氏の性的虐待は刑事事件として処理される可能性は低い。ジャニー氏が亡くなっているため、起訴されることはないからだ。そして2017年に強姦罪が強制性交等罪に改正されるまで、男性は性犯罪の被害者にはなりえなかった。さらに時効の壁もある。

しかし、立件されないから、あるいは時効になっているから問題はない──ということにはならない。この性的虐待は、たとえ他の社員が関わっていなくとも、株式会社の社長が自社の業務に携わる未成年者に対しておこなった行為だからだ。

ジャニーズ事務所本社
撮影=松谷創一郎
ジャニーズ事務所本社

企業コンプライアンスとして過去を清算すべき

現在のジャニーズ事務所の社長は、ジャニー喜多川氏の姪である藤島ジュリー景子氏だ。ジャニー氏の性的虐待が事実認定されていた2004年、ジュリー氏はすでに取締役副社長だった。状況的にも同社を世襲することは既定路線であり、実際にそうなった。

だが、この2004年以降もジャニー氏の性的虐待行為は続いていた疑惑がある。BBCや『週刊文春』の取材でそのケースが見られるからだ。前者の性的虐待未遂は被害者が16歳だった2007~2008年、後者は被害者が15歳だった2012年3月が最初で、それ以降も15~20回あったと証言している。

それらが事実であるならば、ジャニーズ事務所はジャニー氏の性的虐待が裁判で事実認定された以降も、それを防止する策を講じていなかったことになる。裁判では、ジャニーズ事務所が原告だったにもかかわらず。

同社の業務に携わる未成年者が被害者である以上、これはけっしてジャニー喜多川氏のプライベートの問題として済まされる問題ではない。あくまでもジャニーズ事務所による組織的な性的虐待疑惑であり、現在も同社はそれに正面から向き合っていない。

テレビ業界にも性的虐待に加担した責任を感じる人が

「われわれは当事者なんです」

筆者にそう話したのはある放送局の社員だ。会社はBBCの報道を当然把握している。しかし、いまもジャニーズ事務所とは仕事をしている。そこから発せられたのが「当事者」としての認識だ。要は、長い期間にわたってジャニー氏の性的虐待行為──ジャニーズ事務所の組織犯罪的行為に間接的に加担してきた自覚がある。だからこそ、現在も沈黙が続いている。

たしかに事件化もしておらず、ジャニー氏は亡くなっているので追及にも限界がある。そして、もしこの問題の蓋を開れば、番組表の多くに穴が空いて放送自体が成立しなくなる事態になりかねない。彼らはそれを怖れ、そして自分たちにも批判の矛先が向けられていることを回避しようとしている。

当然のことながら、放送局にはコンプライアンス意識はある。彼らは有限の電波利用を国に認められた許認可事業者だ。放送法や第三者機関のBPO(放送倫理・番組向上機構)もあるように、NHKだけでなく民放も公共性が強い。しかし、だからこそジャニー氏の性的虐待問題に沈黙を続けるのだろう。いちど蓋を開けると、ちゃんと対処しなければならなくなるからだ。

今後、大手メディアの沈黙が破られるか、あるいは沈黙を貫いてジャニーズ事務所とともに逃げ切るかは、まだわからない。

だが、某社の上層部が議論を始めたとの情報を耳にした。また、博報堂は自社の広報誌『広告』でわざわざ「配慮」を宣言して、ジャニー氏の性的虐待についての言及を削除した(『J-CASTニュース』2023年4月4日)。そして、4月12日に行われたばかりの岡本カウアン氏の記者会見では、共同通信やNHKなどが質問をしており、今後報道が活発化する可能性もある。

山田涼介出演のドラマなどをスタートさせるTBS
撮影=プレジデントオンライン編集部
山田涼介出演のドラマなどをスタートさせるTBS

ジャニーズが問題を放置しても事態は好転しない

最後に、あえてジャニーズ事務所の視点に立って考えてみよう。

ジャニー氏の性的虐待を事実と認めることは、ジャニーズ事務所としては大きなダメージとなる。社名変更すら検討しなければならなくなる事態だ。だから簡単にその事実を認めることはできない。

だが、このまま放置しても事態が好転することはない。2004年の事実認定は大手メディアの協力で逃げ切れたが、現在はインターネットメディアが一般化している。BBCのドキュメンタリーは今後も動画配信サイトで観ることができるようになるはずだ。なにより、SNSでファンの多くもこの問題を注視し、ジャニーズ事務所の姿勢に疑義の視線を向けている。

人権意識に反すればタレントの海外進出は難しい

さらにこの一件にちゃんと向き合わなければ、今後ジャニーズ事務所の海外展開は絶望的となる。昨年10月には7人組のTravis Japanがデビューしたが、このグループは当初から海外展開をしている。海外のレーベルと契約し、全編英語曲で、しかもジャニーズが熱心に取り組んでこなかったストリーミングサービスへの配信もしている。K-POPからずいぶん遅れたが、コンテンツのグローバル化が当然となった時代に、やっとジャニーズも海外展開を始めたばかりだった。

しかしBBCがここまで報道し、それに対処しないのであれば海外進出の道はほぼ閉ざされる。21世紀に入ってから、欧米ではカトリック教会の聖職者による性的虐待が相次いで発覚し、2012年にはイギリスの人気司会者ジミー・サビルの200件以上の性的虐待事件が死後に発覚したこともあった。欧米の先進国において、未成年者の人権を守ろうとする意識は日本と比較できないほど高い。よって、ジャニーズ事務所がこの件をスルーすることとは、海外市場をすべて失うことにつながる。

こうした状況のなかで、ジャニーズ事務所は昨年夏のBBCの取材に対して「2023年には新体制の発表と導入を予定しております」と回答するのが精いっぱいだった。

2019年9月4日、東京ドームで行われた「ジャニー喜多川お別れの会」
撮影=松谷創一郎
2019年9月4日、東京ドームで行われた「ジャニー喜多川お別れの会」

ジャニー喜多川という「創業者」にして「負の遺産」

それは今年の元旦に日経新聞へ全面広告を掲載した内容でもある。そこでは、藤島ジュリー社長の署名で「2023年“私たち”の約束」が4つ並べられている。これらはいまもジャニーズ事務所のオフィシャルサイトに掲載されており、そのうちのひとつはコンプライアンスについてだ。

コンプライアンス体制の整備・実践
企業が求められる責任を果たす
独立性・中立性のある経営監視・監督体制の整備
経営者・スタッフ・タレントの聖域なき法令遵守徹底
透明性の高い企業としてのルール策定・研修実施等
ジャニーズ事務所「明日の“私たち”へ。一歩づつ。」(2023年4月6日確認)

この声明が発表されて4カ月が経つが、現状「企業が求められる責任」はなにひとつ果たされていない。ジャニーズ事務所は、ジャニー喜多川氏が遺していった巨大な負の遺産の前で身動きが取れなくなっている。

つまり──。

“ジャニー喜多川”にとどまるも地獄、“ジャニー喜多川”から離れるも地獄──そんな大きなブーメランが返ってきている。