老後資金をためることに躍起になっている人は多い。経済コラムニストの大江英樹さんは「人生を豊かにするには『お金を増やしたい』という呪縛から逃れることが必要です。お金は増やすよりも減らす方が楽しいのです」という――。

※本稿は、大江英樹『90歳までに使い切る お金の賢い減らし方』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

クレジットカードとラップトップコンピュー
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お金を減らすことで得られるもの

「お金は増やすよりも減らす方が楽しい」――この文言を見て、「それは増やすことよりも使う方が楽しい」の間違いではないかと思った人は多いでしょう。

たしかに、お金を増やすのは楽しいことに使えるようにするためですから、「増やすよりも使う方が楽しい」というのであればわかるけれど、「減らす方が楽しい」というのは、ちょっと違うのではないか? お金が減れば不安になるのではないか? と考えるのは当然かもしれません。

でも私は、あえてここで「減らす」という言葉を使いたいと思っています。

それは、前回お話ししたように、「お金を増やしたい」という呪縛から逃れることを、まず考えるべきだと思うからです。

前回の記事で紹介した『DIE WITH ZERO』には、「ライフエネルギー」という考え方が出てきます。ライフエネルギーとは、人が何かをするために費やすエネルギーのことで、お金というのはそのライフエネルギーを表すものだというのです。この場合、金額の多い少ないは関係なく、たとえば1時間働いて得たお金を使うことは、1時間分のライフエネルギーを使ったとされます。

少しわかりやすい例で考えてみましょう。

年収300万円と年収1000万円、どちらの人が豊かか

年収300万円の人と年収1000万円の人を比べたら、誰もが1000万円の人の方が豊かだと思うでしょう。

でも、もし1000万円の収入を得るためにかけるコスト、たとえば毎日の長い通勤、高収入にふさわしい見栄えのよい洋服の購入、地位を維持するために地方での単身生活もいとわないこと、そして長時間労働といった隠れたコストを考えると、年収1000万円の人の方が本当に豊かなのかどうかは何ともいえません。

なぜなら、年収1000万円の人は、ライフエネルギーを無駄に使って、それを「お金」という紙切れに変えているだけともいえるからです。

さらに、その収入を得るために犠牲にしている楽しみがあるなら、余計にライフエネルギーを無駄遣いしていることになります。

これは言い換えれば、人生においてはライフエネルギーを有効に使うことで、人生を豊かにすることができるということなのです。

だとすれば、無駄にライフエネルギーを使ってお金を手に入れるのとは逆に、手に入れたお金を使ってライフエネルギーをあがなうことも可能です。これがすなわち「お金を減らす」ことの効用なのです。

お金を増やすことに無駄なエネルギーを使っていないか

そしてこれは、お金を使って何かを手に入れることだけを意味するのではありません。お金を減らすことで「経験」という貴重なものを手に入れたり、人のために使うことでお金を減らしたりすることによって、大切な「満足」を手に入れることができます。

さらにいえば、無駄遣いをしたりしてお金を減らすことですら、有効な場合が出てくるのです。

私たちはお金に関しては、あまりにも表面的な効率性だけを意識して、それを増やそうとしていますが、じつはそのことによって、一番大事なライフエネルギーを無駄に消費しているかもしれないということに気付くべきだと思います。

ゴールドのコイン上のチャート
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新しい富裕層が興味を持っているもの

2022年1月2日の『日本経済新聞電子版』に、非常に面白い記事が出ていました。

主に30~50代で、「新富裕層」といわれる人たちが増えてきているようです。これは自分が起業した会社のIPO(株式公開)などによって、大きく資産を増やした人たちのことです。

実際に私もそういう人を何人か知っていますが、いずれも数百億円の資産を保有しています。もちろんその大部分は自社株であるため、それらの資産を一度に現金化することはできませんが、ときおり一部を売却して、他に投資をしたりしているといいます。

こういう新しい富裕層の人たちが興味を持っているものとは何かというと、「新興企業への出資」「現代アート」「教育」といった事柄なのだそうです。

これに対して、50~80代に多い従来の富裕層が関心を持っているのは、「資産運用」「節税」「相続」といった項目です。

これは単なるイメージにしかすぎませんが、比較してみると、新しい富裕層の方がスマートな感じがします。旧世代の富裕層は、功成り名を遂げて資産家になっても、相変わらず「我欲」に凝り固まっているような印象を受けるからです。

新富裕層が考える「お金を減らす」楽しみ

お金を運用してもっと増やしたい、税金はビタ一文払いたくないので節税に励む、そしていかに税金を取られずに自分のお金を子孫に相続するか、そういうことばかりに関心がいくというのは、どことなく精神が貧しいような気がしてなりません。

もちろん新富裕層が興味を持つ事柄だって、いずれも投資に関連するものではあります。でも彼らの方がスマートに感じられるのは、彼らの関心事が、投資を通じて世の中をよくしようとすることにあるという印象があるからでしょう。

手描きのアクリル画
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新しい富裕層の多くが起業で成功した人たちですが、彼らは自分が創業した時に、銀行などからなかなかお金を融資してもらえずに苦労をした、あるいは思いがけないところから支援を受けたりした、といった経験から、次の世代へ資金援助をしたり、教育に高い関心を持ったりするのだろうと思います。

これもまた「お金を減らす」ことの楽しみといっていいのではないでしょうか

“天引き消費”という発想

作家の森博嗣さんの近著に『お金の減らし方』(SB新書)という本があります。その中で彼は、「どんなに貧乏なときでも、僕は収入の1割を、自分の趣味のために使った」と書いています。そして奥さんにも「渡したお金の1割を遊ぶために使いなさい」と言って、それを実践していたそうなので、収入の2割はあらかじめ遊ぶために取っておいて、残りの8割で生活をしていたということになります。

最初から給料の1割とか2割を天引きで貯蓄しなさいというのは、資産形成の第一歩で、どんな本を読んでも「天引き貯蓄が王道である」と書いていますが、森さんのやり方は、いわば“天引き消費”でしょう。いったいどうしてそんなことをするのかと聞いてみたくなりますが、おそらくそれを森さんに聞いたら、「どうしてそんなことを聞くの?」と返されるような気がします。森さんは「好きなことをやるために、生きている」そして「人生の目標は自己満足である」と言います。

本当に欲しいものを突き詰めると、自然と無駄がなくなる

したがって、彼の家計哲学は「欲しいものは何でも買えばいい、でも必要なものはできるだけ我慢すること」なのだそうです。

大江英樹『90歳までに使い切る お金の賢い減らし方』(光文社新書)

ちょっと考えると、普通の人とは逆のような気がしますね。でも森さんは、本当に欲しいものとか、あるいは自分がしたいことは何かということを徹底的に考え、突き詰めていくと、自然に無駄はなくなると言います。だからこそ、趣味に使うお金を最初にのけておく“天引き消費”をやっているのでしょう。

前にもお話ししましたが、多くの人は、『DIE WITH ZERO』のように死ぬまでにお金を使い切ってしまうということは、なかなかできないでしょう。また森さんのように「遊ぶお金を最初に取っておく」というのも、実行するのは難しいと思います。

でも、ひたすらお金を貯めて増やすことばかりに一生を費やすのではなく、お金を減らすことで手に入れることができるものの大切さを、もう少しだけ考えてみる必要があるのではないでしょうか。