増加する独身男女
近年、少子化が大きな注目を集めています。これに伴って同じく注目を集めるのが未婚率の上昇です。
国立社会保障・人口問題研究所が公表する50歳時の未婚率の推移を見ると、1990年では男性で5.6%、女性で4.3%だったのですが、2020年には男性で28.3%、女性で17.8%となり、この30年間で急速に伸びています。50歳以降に結婚する割合は非常に低いため、この結果は、生涯にわたって結婚しない独身男女が増えていることを意味します。特に男性は3割近くが生涯にわたって独身であり、無視できないボリュームです。
経済学の視点から幸福度を研究する筆者にとって、このような独身男女の増加で気になってくるのが彼ら(彼女ら)の幸福度です。独身男女の幸福度が高かった場合、社会全体の幸福度を押し上げる効果があると予想されます。しかし、逆に独身男女の幸福度が低かった場合、社会全体の幸福度が低下する可能性があります。
はたして実態はどうなっているのでしょうか。
今回は既婚男性、既婚女性、独身男性、独身女性の幸福度を年次別、年齢別に見ていき、独身者の幸福度の現状について明らかにしていきたいと思います。
目立つ独身男性の幸福度の低さ
図表1は、既婚男性、既婚女性、独身男性、独身女性の幸福度の平均値を示しています(*1)。なお、使用しているデータは、社会科学の学術研究で多く利用される日本版総合的社会調査(JGSS)です。分析対象は2000~2018年までの20~89歳の男女で、幸福度を1~5の5段階で計測しています。
この図から明らかなとおり、最も幸福度が高いのは既婚女性です。そして、最も幸福度が低いのは独身男性です。幸福度の平均値を見ると、独身男性の低さがやや目立つ形になっています。
次の図表2は2000~2018年までの各年別の幸福度の平均値を見ています。この図を見ると、おおむね幸福度の高さの順位は変わっていないことがわかります。最も幸福度が高いのは既婚女性であり、最も幸福度が低いのは独身男性です。
この結果から、ある一時点で独身男性の幸福度が低いわけでなく、経年的に幸福度が低くなっていることがわかります。
生涯にわたって独身男性の幸福度は低い
図表3は年齢別の幸福度の平均値を見ています。年齢別に幸福度を見た場合、いずれの場合も緩やかなU字型になっています。幸福度の高さの順位については、これまでの図表とほぼ同じです。最も幸福度が高いのは既婚女性であり、最も幸福度が低いのは独身男性です。
図表3で注目されるのが70歳以降の幸福度の推移です。高齢者の幸福度は高くなりやすく、既婚女性、既婚男性、独身女性の幸福度の差はかなり小さくなっています。これに対して独身男性の幸福度は70歳以降に上昇するものの、やはり一番低く、他の場合との差が明確です。
これらの結果から、年齢別にみても生涯にわたって独身男性の幸福度が低い傾向にあることがわかります。
独身男性の幸福度は、年次別、年齢別のいずれにしても最も低くなっているのです。
独身男性の幸福度の格差が最も大きい
次に見ていきたいのは幸福度の格差です。既婚男性、既婚女性、独身男性、独身女性の中で幸福度の格差が大きいのは誰なのでしょうか。
この点を検証するために幸福度のジニ係数を計算してみました(図表4)。ジニ係数とは格差を測る場合に使われる指標であり、1に近づくほど格差が大きいことを意味し、逆に0に近づくほど格差が小さいことを意味します。
図表4の結果から、独身男性の幸福度のジニ係数が2000~2018年のいずれの年でも最も高いことがわかります。幸福度の格差が大きい場合、社会全体に対して不信感を募らせる傾向があることがわかっており、独身男性はこの傾向がほかの場合よりも強いと予想されます(*2)。
不安定な雇用形態が独身男性の幸福度を低下させる
これまでの結果から明らかなとおり、独身男性の幸福度は最も低くなっています。これにはさまざまな原因が考えられますが、独身男性の不安定な雇用形態が大きな原因の一つとして考えられます。
この点は結婚相手を探す行動を理論化したメイトサーチ・モデルを使って説明していきたいと思います。このモデルは、労働者が仕事を探す際の行動を理論化したジョブサーチ理論を結婚相手探しに応用したものです。
メイトサーチ・モデルでは、結婚市場という出会いの場が存在し、ある一定の確率で潜在的な結婚相手と出会い、結婚するかどうかを決めていくという構図を考えています。このモデルでは、潜在的な結婚相手が望ましいと思うスペックを持っている人ほど良い出会いに恵まれ、結婚も早くなると想定しています。
男性の場合、この望ましいスペックとは、ズバリお金です。
高い所得や安定した雇用形態が結婚市場で高く評価されることになります。この結果、所得が相対的に高く、雇用が安定的な正規雇用者ほど結婚しやすく、逆に所得や雇用が不安定な非正規労働者ほど結婚しにくくなるわけです。
中京大学の松田茂樹教授の分析によれば、既婚男性の場合、88.1%が正規雇用者ですが、独身男性の場合、62.7%が正規雇用者です(*3)。また、独身男性では非正規雇用者が17.9%、自営等が9.1%、無職が10.3%となっており、不安定な雇用形態の割合が多くなっています。
失業や低い所得水準は男性の幸福度へのマイナスの影響が大きいため、不安定な雇用形態の比率が相対的に高い独身男性の幸福度が低くなると考えられます。
結婚以前の段階からハンディキャップとなる
ちなみに、非正規雇用という働き方では、結婚以前の段階からハンディキャップがあると指摘する研究があります。神戸大学の佐々木昇一研究員の分析によれば、非正規雇用で働く場合、相対的に所得水準が低く、これが現在恋人のいる確率を低下させることがわかっています(*4)。また、非正規雇用で働く場合、結婚意欲も低下する傾向にありました。
性別役割分業意識が依然として残る日本において、男性には「稼ぐ力」が求められます。非正規雇用で働く男性の場合、この力が相対的に弱く、交際や結婚へのハードルになっていると考えられます。
なお、2010~2020年までの直近の動向を見ると、25~34歳の非正規雇用労働者数は、労働力不足を反映して、緩やかに低下しています。しかし、35~44歳の非正規雇用労働者数の低下幅は小さく、45~54歳の非正規雇用労働者数は緩やかに増加しています。
この背景には就職氷河期の影響があると考えられます。学卒時が就職氷河期にあたり、非正規で働かざるを得なかった世代が中年層となり、非正規雇用労働者としてそのまま働いている可能性があります。これが独身割合の上昇および出生数の低下につながっていると予想されます。
独身男性の増加は男性全体の幸福度を低下させる
これまでの検討結果から明らかなとおり、独身男性の幸福度は低く、格差も大きい傾向にあります。このため、生涯にわたって独身を貫く男性割合の増加は、男性全体の幸福度を押し下げる効果があると考えられます。
結婚する・結婚しないは個人の選択であり、その選択は尊重されるべきです。ただ、独身男性の幸福度が低い背景には、不安定な雇用形態が影響しています。これ自体は重要な課題であり、所得や雇用を改善する経済政策の実施が求められます。
中でも就職氷河期世代への支援策は重要度が高く、非正規から正規への転換を促す能力開発支援等の持続的な支援策が重要となるでしょう。
(*1)佐藤一磨(2023)「子どもの有無による幸福度の差は2000~2018年に拡大したのか」PDRC Discussion Paper Series , DP2022-006.
(*2)Goff, L., Helliwell, J.F. and Mayraz, G. (2018), INEQUALITY OF SUBJECTIVE WELL-BEING AS A COMPREHENSIVE MEASURE OF INEQUALITY. Econ Inq, 56, 2177-2194.
(*3)松田茂樹(2010)「若年未婚者の雇用と結婚意向 ―少子化対策としても若年層の経済的自立支援の拡充を―」Life Design REPORT, Summer, 2010.7, 28-35.
(*4)佐々木昇一(2012)「結婚市場における格差問題に関する実証分析──男性の非正規就業が交際行動や独身継続に与える影響」『日本労働研究雑誌』, 620, 93-106.