2021年には小室圭さんへの誹謗中傷が問題に
日本最大のニュースプラットフォームであるヤフーニュースにて、2023年2月末に「悪質な投稿者が半減した」というニュースが話題になった。この背景には、2022年11月にYahoo! JAPANが実施した、コメントの投稿に携帯電話番号登録を必須とした措置がある。
近年、ヤフーニュースコメント欄での誹謗中傷が大きな問題となっていた。記事で扱われている人物への攻撃が後を絶たないのだ。2021年には小室眞子さん・圭さんへの誹謗中傷が話題になったが、それ以前からヤフコメの誹謗中傷問題は何度も批判されており、報道もされていた。
Yahoo! JAPANは2007年からコメント欄を設けている目的として、利用者が多様な意見を共有しあい、新たな視点を得るきっかけを創出することとしている。しかし、誹謗中傷が溢れていてはその目的は達せられないだろう。批判が高まる中、以前からYahoo! JAPANは様々な対策を実施してきた。
AIによる対策で短絡的な罵倒は減ったが…
代表的なものに、建設的コメント順位付けモデルがある。これはAIによって、「客観的で、必要であれば根拠を提示している」「新たな考え方や解決策、見識を提供する」などの条件を満たす建設的なコメントをスコアリングし、スコアが高いものを上位表示させる技術である。
2018年から運用を開始し、2020年には本モデルを外部へ無償で提供し始めた。実際にコメント欄を見ていると、導入前と後では上位に表示されるコメントの質が異なっており、以前のように短絡的な罵倒が上位に来ることが激減した。
他に、AIを使って不適切なコメントを自動削除したり、不適切なコメントを繰り返し投稿したアカウントについては、それ以降の投稿ができなくなるよう投稿停止措置を行ったりしている。AIによって違反と判定されたコメント数などの基準に従って、記事単位でコメント欄を閉鎖する取り組みも2021年から導入された。
電話番号の登録を必須にしたらどうなったか
そのような流れの中で、冒頭に書いたような、電話番号登録を必須にするという措置に踏み切ったのである。インターネットは長年、匿名であるからこそ、自由な議論が可能であるとされてきた。それを考えると、大手プラットフォーム事業者がこのような措置をとるのは、大きな転換点ともなり得る。
効果は2つ考えられた。第一に、抑止効果だ。携帯電話番号を登録すれば、運営企業から個人がある程度特定されている状態で投稿することになるため、投稿への責任感はより強くなるだろう。発信者情報開示請求で、電話番号が開示される可能性も高まる。
第二に、直接的効果だ。これまでは、ヤフコメで不適切な投稿をして投稿停止措置を受けても、別のアカウントを作り直すことで、再度コメントを投稿することが可能であった。2019年からYahoo! JAPAN IDそのものにおいて、新規にIDを取得する際には携帯電話番号登録が必要になっていたが、ID取得後に登録を解除することもできたし、2019年以前から保持していたIDで新たにヤフコメに書き込むこともできた。
実名制にすると自由な意見が言えなくなる恐れも
しかし、コメント投稿に当たって携帯電話番号の登録が必須になったということは、IPアドレスを変えようと何をしようと、同じ電話番号のアカウントでは投稿停止となる。電話番号は容易に変更できるものではなく、不適切なコメントを繰り返す人を投稿欄から排除することができるわけだ。
施策のネガティブな効果としては、巨大プラットフォーム事業者による、実質的なインターネット実名制による表現の萎縮効果が考えられた。巨大な言論の場において、一民間企業の意向で、匿名性が制限されたともいえるためだ。個人の特定が比較的容易な携帯電話番号の登録によって、正当な批判までも委縮してしまうのではないかという懸念があった。
それでも筆者としては、本施策はポジティブな効果がネガティブな効果を大幅に上回ると考えており、透明性の観点から、施策の結果が明らかになるのを期待していた。
投稿停止措置を受けるIDは驚くほど激減
実際の効果は、筆者が考える以上だった。Yahoo! JAPANのリリースによると、施策後には新たに投稿停止措置を受けるような悪質なID数が56%も減少したようだ。また、不適切なコメントを投稿しようとして投稿者に警告が表示される回
誹謗中傷は線引きが難しく、対策が困難であるとされてきた。法律で強い規制をすれば、法の拡大解釈によって示威的に運用される可能性もあり、表現の萎縮が懸念される。そのため、企業の自主的な対応が大いに期待される分野であるわけだが、1つの施策でこれほどの効果を生み出すのは他に類を見ない。
Yahoo! JAPANには今後、さらなる透明性の確保のために、全体のコメント投稿数、不適切な投稿数、不適切な投稿を繰り返すアカウント数、などがどのように変化したのか、より中長期的な詳しいデータの公開が求められる。同時に、ポジティブな効果が大きいことが明らかになったため、他の企業にも波及していくことが期待される。
誹謗中傷はなくならない
一方、今回の措置で全ての問題が解決するかといえば、もちろんそのようなことはない。問題は大きく分けて2つある。
第一に、依然として誹謗中傷コメントは少なくない点だ。残念ながらコメント欄を見ると、未だに誹謗中傷コメントが散見される。
もちろん明らかに問題のあるワードを含む投稿はAIが自動的に削除しているだろうが、自動削除を強くしすぎると、正当な批判や一般的な投稿まで削除する可能性があり、そのような対策は中々講じにくい。その結果、文章全体でみると誹謗中傷と考えられるような内容がまだまだ残っているという現実がある。
反ワクチンのような意見の偏りも残っている
第二に、コメント欄が大きく偏ることが多い点だ。争点のあるような記事について、どちらか片方の意見が優先的に表示されてしまっているのをよく見る。
記憶に新しいのが反ワクチン的なコメントだ。コロナワクチンに関する記事の多くで、上位の目につきやすいコメントが反ワクチン一色となっていたことが少なくなかった。しかしそのような記事であっても、コメント欄の下の方にスクロールすると、実はワクチンを肯定するようなコメントも多く存在していた。
ワクチン接種率を考えれば、これは奇妙な現象だ。もちろん反ワクチン的なコメントが存在することは良いと思うのだが、同時にワクチンを肯定するようなコメントも優先的に表示されなければ、多様な考えを学ぶ場とはならない。
Amazonレビューのような両論表記はありか
期待されるのは、争点のあるような記事について、コメント欄の上位に両意見が優先的に表示されるような仕組みの開発だ。例えばAmazonであれば、全てのレビューを参照すると、「上位の肯定的レビュー」と「上位の批判的レビュー」を見ることができる。即座に両論を見ることができるわけだ。
これら2つの点に関する対策は容易ではない。誹謗中傷については、人間の目で確認できる量をはるかに超えて毎日コメントが投稿されている中で、適切に、確実に削除していく難易度は高いだろう。また両論併記についても、ユーザが点数をつける通販サイトと異なり、一朝一夕にAIを作ることはできないだろう。
巨大プラットフォームとして前例を作ることを期待
しかし、Yahoo! JAPANが「利用者が多様な意見を共有しあい、新たな視点を得るきっかけを創出する」という目的を達成し、有意義な言論空間として発展させていきたいのであれば、今後も改善のための努力を継続的に重ねていくことが求められる。
海外では、荒れたことを原因にCNNやReuter(ロイター)などの大手メディアのコメント欄が次々と閉鎖された。ヤフーニュースほどの大量のユーザ数を誇るニュースサイトで、適切なモデレーション方法を見つけ、ユーザに議論の場を提供し続けていくことができるならば、それは世界的に見ても先駆的な取り組みといえるだろう。