トヨタ自動車が1月26日、14年ぶりの社長交代を自社メディア「トヨタイムズ」で発表した。コラムニストの河崎環さんは「テレビや新聞、雑誌などのマスコミは衝撃を受けただろう。これはマスコミがニュースを独占する時代の終わりを象徴している」という――。
トヨタイムズ」トップページ(2023年2月3日のスクリーンショット)

マスコミはスクープできなかった

佐藤恒治執行役員(53)がトヨタ社長に昇格、豊田章男氏(66)は代表権を持つ会長職へ。1月26日、トヨタの社長交代は自社メディアである「トヨタイムズ」のYouTube番組「トヨタイムズニュース」緊急生配信で発表された。

第一報は自社サイトでの速報、そして「詳細はトヨタイムズニュースで」との導線が引かれた。存在そのものが「ザ・日本経済」であるトヨタという世界企業の重大人事。しかも混迷に終始した10、20年代の世界経済の中で13年にわたり、一挙一動に創業家出身ゆえの注目を浴びて、批判や中傷を受けながらも日本のファーストブランドたるトヨタを毅然と輝き続けさせたアイコン、豊田章男氏のトップ退任。

だが国内経済はもちろん、世界的にも大きなインパクトを持つこれほどの大ニュースであるにもかかわらず、トヨタに食い込むどこかの新聞社が内部から情報を引き出して速報したわけでも、週刊誌がスクープしたわけでもなかったのだ。

報道各社は、大手もそうでないものも、豊田氏、佐藤氏、そして豊田氏の会長就任に伴って退く内山田竹志・現会長(76)が居並ぶトヨタイムズのニュース会見をみな行儀よくオンライン視聴し、いまや「トヨタ所属ジャーナリスト」となった前・テレビ朝日アナウンサーの富川悠太氏が進行を取り仕切る中、数社が質疑応答を許された。

結果、各社横並びの速報となり、大きな情報差はつかなかった。経済ニュース番組さえもがトヨタイムズニュースの画面をそのまま使用し、分析にも追跡情報にも欠けた「特報」を流したのである。

2019年に始まった「トヨタイムズ」

オウンドメディアという手法が大いに流行ったのは、2010年代のことだ。「弊社はこんな商品を取り扱っていますよ」「地球のためにこんな活動をしていますよ」「こんな理念で会社をやっていますよ」「経営状態はこんな感じですよ」なんていう、IRに目配せする自社広告媒体の流行で、広報部が編集部を名乗るメディアサイトが次々と生まれた。

それも終わりがけの2019年になってトヨタが自社メディアたるトヨタイムズを始めるという時、「いまさら? なんで?」というかすかな冷笑が大手マスメディアの側に生まれていなかったとはいわない。「あ、CMと連動するの? 社長がラジオやったり動画出したり、へえ、電通と組んだ仕事か」

やっとわかった「トヨタイムズ」の本当の意味

その後もCMで“編集長”という役柄を与えられていた香川照之がセクハラで活動自粛するに伴い降板、報道ステーションキャスターを務めた富川悠太がテレ朝を退職してトヨタへ移ったことがニュースとなり、そういった一種スキャンダル含みの扱いの中で、トヨタイムズが大手マスメディアの目に非常に大きな脅威として映っていたとはいえなかった。

ところが今回、マスメディア、特にテレビや新聞、雑誌などのいわゆるオールドメディアは、世界企業トヨタと長い歴史をかけて繋いできた自分たちの関係性が「トヨタイムズ」の前で一律リセットされたことに衝撃を受けただろう。

トヨタイムズは情報を厳格に社内にとどめ、マスメディアから「ニュースバリューを奪う」、つまりマスコミ外しのための仕組み。本当にニュースがあるのは事業会社の現場である、何がニュースであるかはマスコミではなく自分たちが決めるのだ、と。

「8割減益」報道への違和感

もちろん、トヨタの意図に既に気がついていた者も少なくはなかった。トヨタイムズのスタート以来、決算後の会見は中間と本決算の年2回に減らされ、豊田章男社長は大手メディアのインタビュー依頼にもほとんど応じず、情報発信をトヨタイムズに事実上集約させていた。トヨタイムズがあるから、ごく限られた(章男氏に信頼された)記者やジャーナリストくらいしか本人の生の声を聞くことができない、という状況が常態化していた。

その中でささやかれていた、豊田章男氏のマスコミに対する姿勢が大きく変節したきっかけとはコロナ禍での「トヨタ8割減益」報道である。

先の見えぬコロナ禍、社会が活動自粛の只中にあった2020年5月の本決算で、トヨタは他社が発表を見合わせる中、一社のみ果敢にも5000億円の黒字予想を発表した。それは日本を代表するグローバル企業であり、国内外に傘下企業や従業員を数多く抱えるトヨタならではの、「何があろうとも5000億円の利益は確保する」と未曽有の疫災にすくむ世界に向けた決死のメッセージ発信であったという。

ところがそのポジティブなはずのメッセージは、翌日の新聞では「トヨタ衝撃、8割減益の5000億円、危機再び」というまるでネガティブな扱いを受けた。真意とは真逆の報道に豊田章男氏は幻滅し、それまでにも感じてきたマスコミへの不満や不信から、トヨタイムズへの全面シフトを開始。マスコミ外しを徹底した結果が、今回の「トヨタイムズしか知らない」トップ交代劇となったのだ。

報道記者
写真=iStock.com/suriya silsaksom
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青ざめるマスコミ、留飲を下げた企業PR

YouTube記者会見へオンライン参加して必死に質問の手を挙げ、青ざめるマスコミ側とは異なり、そのマスコミの姿を見て「トヨタ、さすがだ」と留飲を下げていたのは、錚々そうそうたる大企業の広報や経営企画など、自社広報とマスコミの間で忸怩じくじたる思いを抱えてきた人々だ。

彼らもトヨタ同様、マスメディアと持ちつ持たれつ自社の商品や経営などをPRする一方で、経営者の真意が伝わらずゆがんでジャッジされる、労災事故やリコールや投資、M&Aの失敗などがあった場合に容赦ない叩かれ方をするなど、マスコミに「資本の犬」「民衆の敵」扱いされることに傷つき、憤りを抱えてきたのだ。

あるメーカーのPRは筆者にこうこぼした。

「消費者や投資家に向けた企業イメージの担保や情報開示など、事業会社の安定した経営には有効な企業広報が不可欠です。それにはマスメディアとの友好的な関係を築き続けることが大切なのですが、我々の側がどれだけメディアに対して誠実な姿勢をとっていても、特に新聞などは取材先に記事チェックをさせない方針を堅持しておられますから、思いもかけない見出しや一方的な記事内容を紙面で見て、社内で大問題になることもあるんです。裏切られたような悔しさの中で恨めしく思うんですよ、『あなたたちは、自分たちが売れればそれでいいんですか』って」

「第4の権力」と呼ばれてきたマスコミだが、企業が自社PRの進んだ方法論を身につけることで、マスコミ依存を脱却しよう、力学を変えようとする動きがある。ましてトヨタほどの資金力と人材の収集力があれば、自社媒体の持つ力は決して無視できない。ゲームチェンジの一端は、今回のトヨタ社長交代で確かに目撃できたのではなかろうか。