「“問題行動”は起こしてませんが……」
その男性は、背中を丸めたまま、膝の上に置いたデイパックを抱えるように座っていた。
発言を求められれば顔を上げ、ぼそぼそと話はするが、それ以外は硬く目を閉じ、ずっとうつむいている。
上下ともに黒のトレーナーとパンツ。短髪。30代半ばくらいに見えるが、どことなくスティーブ・ジョブズを思わせる風貌で、IT企業に勤めていると言われたら誰もが納得するかもしれない。20~30人が会議で使えそうな部屋の真ん中には長テーブルが「ロ」の字に配置されているが、彼はテーブル席には着こうとせず、壁際に置いたスチール椅子に座っていた。
「この一週間、食事は……、ずっと食欲がなくて、睡眠不足も続いています。“問題行動”は起こしてませんが、気持ちが落ち着かなくて、どうすればいいか。早くこの状態から抜け出したい」
近況報告を求められた男性は、こんなふうに応えた。
男性が口にした“問題行動”というのは、彼らが犯した罪のことだ。たとえば、痴漢、盗撮などの迷惑防止条例違反やストーカー規制法違反、強制わいせつ罪、強制性交罪(旧強姦罪)、準強制性交罪(旧準強姦罪)等々だ。これらの性犯罪を、ここでは“問題行動”と呼んでいた。
性犯罪に手を染めた男性が受けるプログラム
性犯罪を犯したとき、原因が精神的な疾患にあるとみなされたら心療内科もしくは精神科での治療が求められる。精神的な疾患とは、性的な衝動を抑えられない状態に陥り、性犯罪に及ぶことを言う。理性をコントロールできなくなるから、痴漢や盗撮などを繰り返すと言い換えてもいい。児童に性的興奮を覚えるなどの性癖が犯罪につながるケースもあり、それらを総じて“性嗜好障害”あるいは”パラフィリア”と称されることもある。
横浜市中区にある大石クリニックは、こうした性嗜好障害のほか、強迫的性行動症(ホストクラブ通いやキャバクラ、ソープランド通い、浮気など、性的な行動をやめることができず多額の借金を抱えるなどして社会生活に支障をきたす依存症)やギャンブル依存症、薬物依存症、ゲーム依存症などの治療が専門の医療機関だ。
“問題行動”を起こした人たちの多くは、逮捕、拘留、示談交渉もしくは起訴を経て“治療が必要”とみなされ、大石クリニックで治療を受けていた。彼らは個別精神療法(診察)と並行して週に一度開かれる「再犯防止プログラム」という集団認知行動療法にも参加し、診察との相乗効果を高めている。冒頭で紹介した黒ずくめの男性は、再犯防止プログラムに参加した患者のひとりである。
その日の再犯防止プログラムには、計11人の男性が参加していた。換言するならば、何らかの性犯罪を犯した男性が一室に集まっていた――、ということになる。
妻や子どもをもちながら性犯罪に走る男性も
プログラムは夜7時から始まったからか、一度帰宅し、私服に着替えて参加したと思われる男性と、仕事帰りらしくネクタイにスーツを着用したままという男性とが半々だった。私が座った隅の席から確認できた範囲では、左手の薬指に結婚指輪をしていた男性は4人だ。つまりは、妻や子どもを持ちながら性犯罪を犯す男たちがいるということだ。
大石クリニックの再犯防止プログラムでは、早稲田大学人間統計学部大学院・臨床心理学研究室と共同で作成した独自のテキストが使われていた。テキストは全12セッションで構成され、それぞれがいくつかのステップに分けられている。
たとえば、第1セッションは「二度と繰り返したくない?」というテーマで、
ステップ1「なぜ問題行動をやめるのか」、
ステップ2「あなたの大切にしているものは」、
ステップ3「願いがかなうなら」、
ステップ4「問題行動をやめた先にあるもの」……、
といった感じの設問が続く。第3セッションでは「性的問題行動を起こした状況」について、時間や場所、そのときに抱いていた感情、思考、できごと(なぜ問題行動に至ったか)等々の細かい設問もある。
電車が混んでいればバレないと……
プログラムの参加者は自分自身に問いかけるかのように、それぞれが思うことをテキストに書き込み、発言していく。見学は許されたが、私は彼らとの接触を禁じられていたので、参加者がどのような問題行動を起こしたのかは、彼らの発言から推測するしかなかった。参加者の一人が言う。
「満員電車で痴漢をしたり、女の人のあとを尾けたりしました。問題行動を起こしているときは、自分を満たしたいという気持ちに支配されていた。電車が混んでいればバレないと思ったし、何をやっても許してもらえるような気がしていた。自分は他の人ができないことをやっているという優越感もありました」
別の参加者も打ち明ける。
「携帯をぶつけたり落としてしまった拍子にカメラ機能が壊れてしまいました。問題行動を起こそうと思ってもできないので、結果的によかったのかと……、そのうち携帯は買い替えると思うんですが、そのときにどうなるかちょっと心配しています。問題行動を起こしていたときは被写体をいつも目で追っていたし、録った動画を何度も繰り返して見られることに高揚感がありました」
自分をコントロールできない病気
自分がやってきたことをさらりと口にする彼らが、私にはちょっと驚きだった。
大石クリニックの院長・大石雅之は、性嗜好障害とは、性欲を抑制できないことだと言う。
「成人女性や十代の若い女の子を性欲の対象と見て、その欲求を抑えられない。それが性嗜好障害。5歳くらいの幼い女の子を見て興奮するやつもおる。これを小児性愛と言うんやけど、性的な嗜好、欲求を抑制できないという意味では盗撮や痴漢も同じ。痴漢なんてね、一流大学を出て、一流企業に勤めているサラリーマンも大勢おる。そんなことやっちゃいかんと頭ではわかっているのに、朝、満員の通勤電車に乗る。好みの女性を見かける、すると、何かに取り憑かれたかのようにふらふらっとその女性に近づいて、気がついたときにはもう身体を触っとる。自分をコントロールできないんよ、だから病気なんやね」
精神科医らしくない精神科医
広島出身の大石は、ところどころにお国言葉が混じっていた。地声もかなり大きい。もう20年以上も前になるが、私はオーストラリアに渡り、ベトナム帰還兵が抱えるPTSD(心的外傷後ストレス障害)や彼らの治療、カウンセリングを続ける精神科医らを取材していた。数人の精神科医に会って話を聞いたが、彼らの話し方はまるで詩でも朗読しているかのように、文節を丁寧に切り、穏やかに話すのが常だった。仕事柄そんなふうに話すようになるのだろうと思っていたが、大石は正反対だ。診察にもジーンズ姿で臨み、白衣も着ていない。見た目も、話し方も、およそ精神科医らしくないのである。
だが、この道30年のベテランは、あえてそうやって患者と接しているのかもしれなかった。扉が少し開いた診察室からは、そうそう、そうなんよと患者の言葉に同意しているような声も聞こえれば、逆に、言ったとおりじゃろ、それがいかんのよと患者を叱責するような声も聞こえてくる。広島弁に馴染んでいないと言葉遣いが乱暴に聞こえなくもないが、少なくとも、よそ行きの言葉で語られるよりは、本音で患者とぶつかろうという姿勢は伝わってくる。だから、大石と患者の距離も近く感じるのだ。広島弁で話すのは大石の性格の一端が出ているだけなのかもしれないが。
服役すると治療の空白期間ができてしまう
性嗜好障害は心の病気だが、痴漢や盗撮なら抑制できないことはないとも大石は言う。
「よほどのことがない限り、痴漢盗撮はほとんどが罰金刑ですむ。法律のことはよぅ知らんけど、強制わいせつや強制性交は捕まったら実刑は必至で、一件につき10年は食らうと考えていい。罰金を払って娑婆におられるか、実刑で塀の向こうに行くか、この違いが大きい」
痴漢、盗撮は示談に持ち込むケースが多く、仮に起訴されたとしても執行猶予がつく判決がほとんどだ。実刑は逃れられるが、しかし、同じ犯行を繰り返したら問答無用で収監される。そうならないように、治療に専念する患者が多いのだという。問題は、強制性交罪などの罪で有罪判決を言い渡され、服役するような場合だ。すぐにでも治療が必要なのだが、刑期を終えるまでが治療の“空白期間”になるのだという。
「刑務所内でも再犯防止プログラムみたいなことをやっとるようだが、うまくいってるとは言えんわね」
にべもなかった。刑務所内の矯正プログラムがうまく機能していれば、再犯率をもっと下げられるはずだからだ。厄介なのは、出所後、時間が経つにつれて再犯率も上昇していくことだ。
危ない場面を避けることから治療は始まる
「10年ぶりに娑婆に出てきました、20年ぶりに娑婆に出てきましたという患者もおる。10年刑務所におれば、世間と遮断された10年の空白期間を埋めていかにゃいかん。これが容易じゃない」
性嗜好障害の治療は、問題行動を起こす“きっかけ”を探り、患者自身が衝動を抑え、自分をコントロールできるようにすることだ。痴漢や盗撮の治療なら、危ない場面を避けるところから始まる。たとえば満員になる特急や快速電車を避け、時間はかかっても通退勤には各駅停車を利用する、ミニスカートの女性がいたら目を背け、できるだけ近寄らないようにする――、治療はこんな感じで進められていく。
性犯罪はなくならない
「今週は問題行動を起こしませんでした、今週も特に問題はありませんでしたと続いても、次の週には気がついたら満員電車に乗っていたというようなことはある。そうしたら、何で満員電車に乗ったんやとなる。前の晩に眠れなくて、朝起きたときからもう苛々して……、じゃあ何で苛々した。仕事でちょっとうまくいかないことがあって、というようになれば、苛々せんようにするにはどうすればいいか、苛々している自分に気づいたらどう対処すれば苛々が治まるか。簡単に言えばこうやって”きっかけ”を探っていくんやけど――」
どこまでさかのぼれば自分をコントロールできるところまでを探るだけで、ゆうに1年や2年を費やすこともある。苛々がまだ小さく、欲望が起こる初期の段階で自分を抑えられるようになればいいが、欲望が大きく育ってから自分を抑えようとしてももう遅いのだそうだ。性嗜好障害は、性的な衝動に駆られたら、その衝動を抑えることができないのである。服役などの空白期間が長ければ、きっかけにたどり着くまでの道のりも長くなる。だから容易ではない。
「残念ながらな、性犯罪はなくならん。痴漢、覗き、強姦なんてのは、むかしっから一定比率であった。ということは、性犯罪も、性犯罪者も、この世から排除することはできんということなんよ」
それは、これまでも、そしてこれからも、性被害で苦しむ人がいなくならないということだ。
厳罰化が必要ではないか
私見を述べさせてもらうなら、性犯罪に関しては、さらなる厳罰化を求めてもいいと私は思っている。強制性交だ準強制性交だと呼び名を変えたところで実態は強姦という卑劣な犯罪であることに違いはない。男性も被害者になり得るとの理由から名称変更に踏み切ったらしいが、そんなおためごかしのような役所仕事に腐心するより、アメリカではワシントンD.C.をはじめ、ほとんどの州で性犯罪者へのGPS装着を義務化しているように、日本も同じような取り組みに着手するとか、刑期をさらに長くするなどの検討をすべきだろう。強制性交の有期懲役が5年以上からなんて軽すぎる。
正義感ぶるつもりはないが、性犯罪者を罵倒し、批難する言葉なら私は心の中の抽斗にいくつもしまってある。児童虐待や動物虐待、強制性交など、弱者をいたぶる者たちを私は単純に許せないのだ。だが、この取材を通して、私の中に違和感が湧き上がってきているのもまた事実だ。
再犯防止プログラム参加者の明と暗
ひとつは、再犯防止プログラムに参加していた男性たちの表情が、はっきりと明と暗に分かれていたことだ。表情が明るめの参加者は発言内容もどことなく前向きで、出口に近いところまで来ているような印象を与えた。対照的なのは、眉間に皺を寄せ、苦悶の表情を浮かべているような参加者だ。自分のやったことを後悔しているというよりも、気持ちの置きどころがまだ見つかっていないように見えると言ったほうがいいのかもしれない。
プログラム参加者の一人は、自分には“認知の歪み”があると言い、被害女性に対して、何をすればいいのかがわからないと言った。
「私はしばらく服役していました。問題行動を起こす前から、できれば他人とは関わりも持たず、誰にも迷惑をかけたくないと思っていたのに、性犯罪に関してだけは理性が働かなくなって、感覚もねじ曲がってしまう。性犯罪はやってはいけないとわかっていたし、自分が悪いことをしたこともわかっているのに、自覚につながっていない。はっきり言ってしまえば、罪を犯しているとき、被害者のことをどうとも思っていなかった。性犯罪は、自分が望んでいることと、被害者が望んでいることは正反対です。だから、本当はどうすればいいかわかっているのに、まだ感情がついていかない。正常な価値観を持った自分になりたいと思って、このプログラムに参加しています」
問題行動を起こしている時は罪の意識がない
別の参加者は、こんなことを続けていたらいつかは捕まるとわかっていながら自分をやめられなかったと言った。
「問題行動を起こしている時は、罪の意識もありませんでした。自分はこういう人間だから、こういう性癖があるからやってるんだと都合のいいように考えて罪を犯していました。被害者には弁護士を介して謝罪文を送り、更生を誓いました。その約束を果たしたい。被害者にその姿を見せることはできませんが、約束を果たすことが大事だと思っています」
別の参加者も、同じように自分を抑えられなかったと言う。
「捕まった時はちょっと安堵したというか、これでやめられる、これで解放されると思ったんですが、ぜんぜん解放されなかった。ここで治療して自分を変えていかないと……、被害女性に対しては、まだ心の整理ができていません。身勝手なことをしたことも、全ての責任が自分にあることもわかっていますが、私がやったことの全てに謝罪していけるかというと、できないようにも思っています」
性犯罪の根深さ
プログラムの参加者は誰もが同じことを口にした。罪を犯している時、被害女性の気持ちなどこれっぽっちも考えていなかったと。そして、続けるのだ。問題行動を二度と起こしてはならないし、起こしたくない。自分の身勝手さだけでなく、被害女性がどれだけ不快な思いをし、どれだけ怖い思いをしたかもようやくわかった。更生こそが唯一の謝罪になるように思うと。やはり服役経験があるという参加者も、同じように言っている。
「普通の人生を歩めるように自分を変えていきたい。被害者には直接の謝罪ができないから、自分がこれからどう変わっていくかで示すしかない。それが謝罪になると思っている」
中には罪を犯していた自分に嫌悪感を抱き、世界中の女性を敵にまわしたかのような錯覚に陥って、一時期は女性に接することさえも怖くなったという参加者もいる。だが、性犯罪を繰り返していた時、彼らは誰一人として被害者の心の苦痛にまで思いを馳せることはなかった。それが性犯罪の実態であり、問題の根が深いところだ。
ニュースになった数々の性犯罪
俳優の香川照之は、銀座のクラブホステスが着けていたブラジャーを剝ぎ取ると同席の仲間と匂いを嗅ぎ、服の中に手を入れて乳房をなでまわすなどのわいせつ行為に及んだ。ENEOS会長(当時)の杉森務も、同じように沖縄のクラブホステスのドレスを強引に脱がし、上半身を裸にするなどの蛮行に及んだ。そのときに言い放った言葉が「銀座では普通だよ、こんなの」「いいから乳首、触らせろ」だったという。
ミシュランで一つ星をもらった大阪市浪速区の日本料理店店主は、女性客に睡眠導入剤を飲ませ、意識が朦朧としているところを性的暴行に及んだ。余罪もあったとされ、2件の準強制性交罪で起訴されている。岡山県里庄町の人気ゲストハウス店主も女性客に睡眠薬を飲ませての性的暴行が発覚して逮捕された。被害に遭った女性客は数人に及ぶと見られている。
盗撮容疑で現行犯逮捕された千葉県警捜査四課の課長補佐は、押収した動画やこれまでに起きた強制性交事件の現場に残されていたDNAと照合した結果、3件がこの課長補佐による犯行だったことが判明した。刃物で女性を脅しての犯罪だったこともわかり、2件の盗撮容疑と3件の強制性罪交容疑とで逮捕は計5回を数えた。警視庁でも公安部の巡査部長が路上で見かけた女性のあとを尾け、自宅に侵入。約1時間近くにわたって性的暴行を加えたという事件を起こしている。
更生を誓う性犯罪者を受け入れるべきなのか
江戸川区の美容整形クリニック元院長は、美容外科手術を施した女性患者の全身麻酔がまだ効いているうちにわいせつ行為を繰り返した疑いが持たれている。自らの犯行を録画した動画には10人以上の被害女性が写っており、元院長の逮捕は5回に及んだ。
滋賀医科大の医大生3人は共謀し、嫌がる知人女性を無理やり部屋に連れ込むと、逃げようとする女性を押さえつけるなどしたうえで代わる代わる性的暴行を加えた。その模様もまた、3人は動画撮影していたという。
同志社大学アメフト部の部員4人は、泥酔した女性を自室に連れ帰り、それぞれが性的暴行を加えた。4人はバーで女性に声をかけ、泥酔状態にしたという――。
この数カ月を振り返っただけで、世の中にはこんなにも性犯罪が氾濫している。もちろん、実際はこんなものではない。
性犯罪者に同情の余地はない。だが、大石クリニックの再犯防止プログラムの参加者のように、彼らが己の過ちに気づき、これからの人生を謝罪と共に歩んでいくと覚悟を決めたのであれば、もしかしたら、私たちは考えを改めなければならないのかもしれない。更生を誓う性犯罪者たちを、私たちは受け入れるべきなのか――?
私にはわからないのだ。
そして、その答えを導き出すヒントを、誰に問えばいいのかもわからないのである。