アメリカが海のルートを支配できた2つの要因
今の世界の覇権国はアメリカですが、なぜアメリカが覇権を握ることができたのか。1つは海の「ルート」を支配しているからです。ルートとは、通り道のこと。たとえば日本の地方では、市街地の渋滞を解消するために、よく郊外にバイパスを通します。それで市街地の渋滞は緩和されるけれど、人が来なくなり路面店がつぶれてしまう。つまり街から郊外にルートが変わり、経済活動の中心地が変わった。街よりも郊外がもうかるようになったわけです。
かつての世界は、シルクロードなど陸のルートが中心でしたが、中世からは航海術の発展によって、海のルートが主役になりました。海が物流の中心になり、国家運営の命綱となりました。ですからルートを支配できれば、経済力も上がるし、国力も上がる。それは、いまだに変わりません。
アメリカが、ルートを支配できた要因は2つあります。1つは「シーパワー」と呼ばれる海洋国家であること。もう1つは「チョーク・ポイント」をおさえていることです。
そもそも地政学には「ランドパワー」と「シーパワー」という概念があります。ランドパワーとは、ロシアや中国、ドイツなどユーラシア大陸内陸部の国々のこと。一方、シーパワーとは、日本やアメリカ、イギリスなど国境を海に囲まれた国々のこと。歴史的には、ランドパワーの国が海側に進出し、海上交通を制するシーパワーの国と衝突するという流れを繰り返しています。20世紀後半から現在に至るまで、太平洋戦争の戦勝国であるアメリカ、そしてその支援を受けた日本といったシーパワーの国が台頭しています。
そして「チョーク・ポイント」とは、ルートを航行するうえで、必ず通る関所のことです。チョーク・ポイントをおさえれば、他国に対して大きな影響力を持つことができますが、現在、世界に10カ所ほどあるチョーク・ポイントの多くを支配しているのが、アメリカ海軍です。アメリカが世界ナンバーワンに君臨しているのは、軍事力でチョーク・ポイントを握っているからです。
航海術の発展で、ルートは陸から海へと変わった
ルートの重要性を念頭におくと、かつてヨーロッパに世界帝国が誕生した理由が見えてきます。
1300~1400年代、ヨーロッパよりも、むしろアフリカやアジアのほうが経済的に強い時代がありました。それが急速にヨーロッパの国々が力を得て、次々に帝国を生み出したのは、ポルトガルやスペインで航海術が発展したからです。
ヨーロッパを出発した船は、大西洋を南下し、アフリカ回りで喜望峰を通り、インドまで行って交易を行っていました。シルクロードという陸のルートもありましたが、海のルートに比べると規模がはるかに小さいものでした。
そもそも海は平らなので、そこに物を浮かべたら、弱い力でも引っ張って移動できます。ですから、たとえ船5隻で出発して、難破などして戻ってくるのが1隻だったとしても、高価な香辛料を大量に安く運ぶことができるためもうかるのです。
陸から海にルートが変わり、さらに運ぶ量を増やすことで、ヨーロッパにどんどん富が集中し、国力がドカンと上がりました。
そして1600年代にはオランダ、1700年代からイギリスが覇権を握るように。海運がさらに発展し、やがて世界の4分の1を植民地化して「太陽の沈まない国」と呼ばれるようになりました。
しかし1800年代からアメリカが国力を上げ始め、イギリスをしのぐようになります。もともとアメリカには、経済を発展させやすい広大な国土があったため、安いものを大量生産できるシステムをつくりやすかった。歴史がないぶん、規制もなく革新的な町工場をつくりやすい土地柄だったのです。ヨーロッパからも移民が集まり、どんどんイノベーションが起こり、生産力も上がっていきました。
やがて98年に米西戦争でスペインに勝利したアメリカは、カリブ海を制覇すると同時に、フィリピンをめざして太平洋に進出しました。またパナマ運河を建設し、太平洋と大西洋をつなぎ、海のルートを確立していきました。
物を安く効率的に運ぶ、海運という貿易システムをつくったアメリカは、経済的にも強くなっていったわけです。
日本もアメリカと海の支配権をめぐって戦争を起こしています。太平洋戦争です。結局、1945年に太平洋の覇権をアメリカに受け渡しましたが、アメリカのシステムに頼る形で結んだのが、日米同盟なのです。
今まさに海に進出しようとしている中国とロシア
現在、海を支配しているアメリカに対して、挑戦しているのが中国です。これまで中国の海運が発展しなかったのは、毛沢東の時代まで海外貿易を最小限にしていたからです。毛沢東の死後、政権を受け継いだ鄧小平は資本主義を取り入れようと海外貿易を始めましたが、そのシステムは、すでにアメリカが主導していたため、ここ30年はアメリカのシステムに便乗して大きく発展してきました。
しかし、こういった国力を得た国というのは、今度は自分たちが海のシステムを経営したいと思い始めるものです。アメリカが持っているような空母を自分たちも手に入れたい。「遼寧」「山東」「福建」といった空母を、アメリカ海軍のように運用して、世界の貿易システムに挑戦していこう、アメリカをしのぐ海軍力を持とうというのが、世界ナンバー2になった今の中国の狙いです。
そのためには、まず海に出て、ほかの国を排除したい。南シナ海や東シナ海にアメリカの空母を入ってこさせたくない。だから中国は東シナ海に出て、尖閣諸島周辺を航行したり、南シナ海に人工島を建設したりしているのです。また2017年にはアフリカ東部ジブチに初の海外基地を建設しましたが、22年現在、カンボジア南部のリアム海軍基地も第二の海外基地にするのではないかといわれています。
そして中国以外に、もう1つ気になるのがロシアの動きです。冷戦時代はアメリカと対峙し、軍事大国になった歴史を持つロシアは、核兵器や豊富な天然資源を持っていることから、今も世界に対して影響力があります。しかしながらロシアは内陸中心の国なので、海のルートを確立できず、経済的には厳しい状態。そこで、かつての主要貿易ルートである黒海の支配権をウクライナから取り返そうと動いています。今回のウクライナ侵攻は、まさに海のルートを支配しようというロシアのあらわれといえるでしょう。
中国やロシアはいずれも、積極的に海に進出しようとしています。アメリカや日本は、中国の進出によって世界秩序がくずされて、それに付随した民主主義や自由さ、公平さまでつぶされてしまうのではないかという恐怖心を持っています。ヨーロッパもまた、ロシアにウクライナを取られてしまうと、西側の自由で公平なシステムが脅かされてしまうのではないかと恐れています。今まさに地政学的にも、専制主義と民主主義の戦いが起こっているのです。