子どもの教育費がかかり、定年時の貯蓄はわずかばかり。老後を心配なく迎えるにはどうすればいいか。経済コラムニストの大江英樹さんは「私は定年時の貯蓄が150万円のみでしたが、不安はまったくありませんでした。定年前にお金の見える化をしていたからです」という――。

※本稿は、大江英樹、大江加代『定年後夫婦のリアル』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。

机の上にノートと通帳と電卓
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定年時150万円しかないのにお金の心配をしなかった理由

定年後のお金の話をしましょう。私も妻も同じ証券会社出身ですし、今も広い意味では、「お金」にまつわる仕事をしていますので、我々の本業部分といってもいいかもしれません。

ただ、本書のテーマは「夫婦で定年」です。お金に関するテクニック的なことに偏るのもいけませんし、お金は大事ですが、定年後に考えるべきことはお金ばかりではありません。

いや、むしろお金以上に考えるべきことはたくさんあります。コミュニケーションや健康の問題のほうがお金よりもはるかに重要だと私は思っています。

こういうと、「それは経済的に恵まれた環境にあるからそんなことが言えるのだ」と突っ込まれるかもしれません。たしかに今の時点では生活に困っていることはありません。

でも、定年時の私の預貯金はたった150万円しかなかったのですから(商売に失敗した父親の借金の肩代わりもしたし子どもの教育費も馬鹿にならず)、決してたくさんお金を持っていたわけでも、経済的に恵まれていたわけでもありません。

ですが、私はお金に関してはまったく心配はしていませんでした。その最大の理由は定年になる前に自分の老後のお金を「見える化」していたからです。

「老後の不安」はお化け屋敷と同じ

老後不安、特に老後のお金に関する不安の最大の原因は「見えないこと」「わからないこと」にあります。

私の知人に有名なファイナンシャルプランナーの深田晶恵さんがいらっしゃいます。とても優秀な方で、彼女の記事を私はいつも参考にしているのですが、NHKの報道番組「クローズアップ現代」に出られた時に、「老後の不安は遊園地のお化け屋敷みたいなものだ」と言われていたことがとても印象に残っています。

子どもの頃、お化け屋敷に入るととても怖かった、その理由は、暗くて先が見えないからです。薄明かりがついていて、次にどうなるかがわかっていれば、怖くも何ともありません。

老後のお金も同様で、その不安は“わからないから”というところにあります。

でもそれはそうです。だって定年前の人で「自分はかつて一度70歳だったことがある」という人は一人もいません(笑)。みんな、これから行く世界ですから、わからないのは当然です。

であるならば、わからないことを、なんとかわかるようにすれば不安はなくなるのです。

誰も教えてくれない老後の現実

ところが、誰も老後不安を解消するために現実を語ってくれません。

マスコミは老後不安をあおる記事ばかりですし、金融機関も年金不安をあおります。彼らにとっては「老後不安」は最大の商材だからです。メディアは、不安をあおるような報道をするほど記事もよく読まれますし、視聴率も上がります。金融機関にとっては、年金があてにならないほうが、金融商品がよく売れるので、ますます不安をあおりがちになります。

見出しには「経済停滞」の文字
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いちばん参考になりそうなのは“老後”の体験者、すなわち高齢者ですが、困ったことに彼らも不満は声高に言うものの「年金があるから安心」とか「生活はそれほど問題ない」とは決して言いません。「十分な年金をもらっている」などと発言しようものなら「年金が減らされるのではないか?」と思うからです(笑)。

誰も教えてくれないならどうすればいいのか、それは自分で調べるしかありません。それが「見える化」なのです。

「見える化」は意外に簡単

私は定年前に老後のお金の「見える化」をしたわけですが、これはそれほど難しくはありません。要は「入」と「出」を把握すればよいのです。

サラリーマンの場合は比較的簡単です。

サラリーマンにとって老後の収入の最大のものは公的年金です。公的年金がいくら受け取れるかは年に一回送られてくる「ねんきん定期便」を見ればわかります。

もっと簡単に見ようと思うなら、2022年4月から厚生労働省が試験運用を始めた「公的年金シミュレーター」を使えば簡単に自分の年金額がわかります。

60歳まで働いたサラリーマン夫婦世帯であれば、仮に90歳まで生きたとして、公的年金の受取総額はおよそ6500万円を超えるぐらいになります。

これだけでずっと安泰というわけではありませんが、何もしなくても老後はこれだけのお金が入ってくると考えれば一定の安心感はあります。

それにサラリーマンなら会社によっては退職金や企業年金が受け取れる場合もあるでしょう。

要は、「自分の貯めたお金以外に、定年後に何もしなくても入ってくるお金がどれくらいあるか?」を調べればよいのです。

家計簿アプリで使途不明金をあぶり出す

次に「出」を調べます。

これは現役時代と定年後ではかなり金額が違ってきますが、まずは今の時点での支出を確認します。

そのために必要なのは家計簿をつけることです。私も定年になる2年前からこの習慣を身につけて支出金額を把握しました。今は家計簿をつけるといっても「家計簿アプリ」を使えば簡単にできます。

家計簿アプリは支出の「見える化」だけでなく、もう一つの効用があります。それが「使途不明金」の把握です。

スマホのアプリで月の収入支出を確認
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大体、お金というものは「いつの間にかなくなってしまっている」という性格が強いものです。

「何に使ったのかわからない」という使途不明金が結構あるからです。

ところが、家計簿アプリを使うと、会社の帰りに毎日寄っているコンビニの利用状況とか、アマゾンや楽天などの通販サイトで買った金額がずらーっと並ぶことで、いかに自分がそういうものをたくさん利用していたかが白日のもとに晒されるのです。

漠然とした不安は見える化で解消できる

このように家計簿アプリ等を使って日常生活の使途不明金を把握することは重要ですが、それと同じくらい、いや場合によってはそれ以上に大事なのが惰性でほったらかし状態になっている固定費です。具体的には不要な保険や使っていないサブスクのサービスといったものです。どこかの時点でこういった無駄な固定費がないかどうかのチェックはすべきでしょう。

このように定年後のお金に対する漠然とした不安は、この「見える化」をすることで解消されます。私自身が定年になる少し前からこの「見える化」を続けてきたので、それはよくわかります。

結局、大事なことは特別なノウハウでもなんでもなく、収支をちゃんと把握するというごく当たり前のことなのです。

老後のお金、夫ほどには楽観的になれず【妻・加代の視点】

夫は定年以降のお金に関して「心配ない」と当時も言っていましたし、著書にもそう書いていますが、私自身は正直不安がありました。

自分に一定の定期収入があり、その範囲で暮らすことしかやってこなかっただけに、夫の収入、それも年金で暮らすということにリアリティがなかったからです。

そこで、徹底的に数字、つまり金額に落とし込んで、私が90歳まで生活していけるのかを「見える化」してみました。

老後のお金の収入の柱は公的年金ですが、条件によって受取額が変わります。

例えば、共働き夫婦の場合、二人とも生きていれば、それぞれ老齢基礎年金と老齢厚生年金がもらえるため、年金もダブルインカムとなります。

しかし、片方が亡くなれば老齢基礎年金は一人分になりますし、老齢厚生年金ももちろん支払われません。厚生年金部分はその4分の3が遺族厚生年金に衣替えしてパートナーに支払われるのですが、私の厚生年金額を上回った部分しか受け取れません。

つまり、夫が死ぬと遺族である私の生活収入が激減するわけです。

また、加給年金という公的年金版の家族手当は、夫が厚生年金を受け取り始めると年間39万円くらい支給されるのですが、これも私が65歳になると受け取れなくなるのです。

夫婦で老後資金をためているイメージ
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企業年金や退職金も条件いろいろ

勤め先の企業年金や退職金も条件がいろいろ異なります。

例えば退職事由が、定年か自己都合退職かによって金額が異なるというのはよくある話だと思いますが、企業年金では、一時金と年金を一定の割合で組み合わせて受け取れたり、年金で分割して受け取る年数を選べたりと、いろいろな選択肢があります。

夫の勤めていた会社の企業年金には年金で受け取る際に保証期間というものがありました。一時金と違って年金で受け取る場合は公的年金同様に本人が亡くなった時点で年金支払いがストップされるのが普通ですが、受け取り開始してまもなく亡くなったとしても、この保証期間の間は遺族に年金額の支払いが継続されるというものです。

ここでも“夫が何歳で亡くなるか”ということが遺族となる私の生活収入に影響することがわかりました。

そう考えると、老後の収入を前もって正確に計算することは事実上、不可能なのです。

90歳までの収入を複数のパターンで試算

支出は家計簿をつけていたので夫婦で毎月約22万円、一人になっても半分にはなりませんから月約17万円、年間200万円くらいは確保したいと考えていました。

そこで、夫と私のそれぞれの企業年金の一時金と年金の選択割合、そして夫が亡くなる年齢が遺族である私の生活収入に大きな影響を与えるため、それらを組み合わせて7パターンくらいで老後の収支の予測を試算してみました。

電卓片手に書類と格闘中
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ところが具体的に金額に落とし込む作業をしてみて、「自分の場合、この条件にあてはまると考えて大丈夫?」という疑問がいくつも湧いてきた記憶があります。

そしてそのつど、公的年金の問い合わせ窓口である年金事務所や企業年金の問い合わせの窓口である担当部署にお世話になりました。

何度も細かい質問で問い合わせるのは悪いような気がして躊躇することもありましたが、少しでも疑問があると試算結果に対して確信が持てず、心配や不安を消すことはできません。最終的には「こうした問い合わせに答えるのも彼らの仕事」と割り切り、何度も電話して確認するに至りました。

夫の死後の生活費は足りるか

試算した結果から、夫の企業年金について年金で受け取る割合を大きくすれば、夫が言うとおり、定年以降まったく収入を得られなかったとしても、夫の公私の年金収入で当面は家計を賄っていけることが確認できました。

しかし、私が本当に心配していたのは、夫が亡くなって私が一人になった時のことです。前述のとおり、公的年金も企業年金も夫の死亡と同時に消滅または大きく減額になるからです。

夫と年の差のある私は、一人になってからも暮らせるのか、そこが最も心配でした。

試算すると、夫の遺族厚生年金と私の基礎年金だけでは目標とした生活費をクリアすることはできませんでしたが、私の企業年金を一時金では一切受け取らず、すべて年金にまわすと生活費が賄えそうなことがわかりました。医療や介護でプラスアルファがどれくらいかかるかは不明ですが、まずはひと安心です。いくら、「大丈夫、大丈夫」と言われても消えなかった不安が、ここまでやってようやく消えていきました。

夫婦がほぼ同時に会社員を辞める選択ができた理由

もう一つ「見える化」して大きな効果があったのは、「どういうところが不安なのか」が具体的な金額で示せるようになったことで、私の不安な気持ちを本当の意味で夫と初めて共有化できたことです。モヤモヤを一人で抱えなくてよくなり、楽になったのを覚えています。

大江英樹、大江加代『定年後夫婦のリアル』(日本実業出版社)
大江英樹、大江加代『定年後夫婦のリアル』(日本実業出版社)

「見える化」して課題が明らかになれば、あとは二人で対策です。

わが家の場合は、私が家を買うために貯めていた金融資産について、それを生活費には一切回さず温存し、さらに少しずつ増やしていけば、将来、私が医療や介護でまとまった資金が必要になってもなんとかなるだろう、ということになりました。

見える化して得られた「安心感」があったからこそ、夫婦して一気に会社員としての立場を捨てるという、崖から飛び降りるような選択をすることができたのです。

老後のお金は、寿命なども影響するため、その収支は本当にわかりません。

それでも、いくつかのパターン(90歳や100歳まで生存した場合など)を具体的にシミュレーションしてみると、霧が晴れたようにスッキリすると思います。

なかには、「金銭的な手当てを考えなければいけないことが判明しモヤっとした」という厳しい現実を見ることになるかもしれません。その場合も、計画していたリフォームや定年時のご褒美旅行などの大きな出費にかける金額を少し減らすといった対策もできます。

出費をした後で「もっと早くわかっていれば○○しなかったのに」というような後悔を避けるためにも、未来に向けた行動を選択できるようにするためにも、50代のうちに老後のお金の「見える化」をしておくことはとても大切だと思います。