人が豊かになるためだったDX
コロナ禍でのリモートワークの進展とあいまって、企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)が加速しています。そもそもDXとはなんなのか。単なるデジタル化と何が違うのか――。私たちの生活はそれによってどう変わるのでしょうか。
DXは2010年頃からビジネスの文脈で使われ始めましたが、もともとは、04年にスウェーデンのエリック・ストルターマン教授によって提唱された概念でした。電子情報のツールが普及することで、人間の認知の範囲が広がり、人類が豊かになることを指し、人間のためにテクノロジーを使うという、人間が主体の発想だったのです。
しかし、ビジネスにおけるDXでは、主客が転倒します。進化する技術を使ってビジネスやビジネスモデルを変え、技術に人が合わせることで、効率化が進み、新しいビジネスチャンスが生まれ、利益も生まれる。つまりテクノロジーが主体なのです。
DXについては、以上の2つの側面を知っておく必要があります。
現在のDXの影響とは
では、現在のDXの影響とはどんなものなのか。
これまではある商品の評価を企業が知りたい場合、アンケートを実施し、その回答という形でデータを得ていました。現在は、ウェブで何が検索されたか、どのページにどのくらい滞在したか、どこから来てどこへ飛んだかなどのユーザーの行動履歴は、自動的に収集され、AI(人工知能)や機械学習によって把握されます。
しかし、AIは分析結果は示してもその理由を示しません。理屈はわからないけれど結果だけが出るという状況にもなりかねない。その結果にどう合わせていくかがビジネスの方法になります。
YouTubeの番組は10分を超えると視聴されにくくなりますが、理由はわかりません。10分以上でユーザーが離脱することをデータが示しているので、それに合わせてコンテンツをつくっていく、これがビジネスで行われているDXのあり方です。
商品やサービスでいえば、ハイエンドのものは実現したい価値によって技術を取捨選択し、ローエンドのものは技術に人間の生活やモデルを合わせて効率化を進めるということが並行して起こるでしょう。普段はロボットがつくる回転ずしをタッチパネルで注文し、記念日には、高級すし屋で、職人の経験とセンスで温度調節され、店のこだわりの方法で熟成されたネタがのったすしを食べるなどの使い分けをするといった具合です。
DXの先鋭的な例はグーグルの兄弟会社が進めていた「トロント・プロジェクト」やトヨタの「ウーブン・シティ」などのスマートシティや計画都市です。
街にセンサーを埋め込み、クラウドで情報を吸い上げる都市OSを開発するトロント・プロジェクトは頓挫しましたが、人間に技術を合わせる例です。
反対に、人間が技術に合わせ、技術を生かしやすい街をつくるという性格が強いのがウーブン・シティです。歴史的にも都市計画は人間に合わせて街をつくる手法と、街に人間が合わせる方針の間を行ったり来たりしてきました。
DXにおいて、私たちが技術にどう合わせるのかが重視されてきていますが、技術と人間、どちらが強くなっているのかのバランスを見る目が今後は必要になるでしょう。