「男系男子」にこだわっていたわけではなかった
政治記者の中で最も故・安倍晋三元首相に食い込んでいたと評価される元NHKの岩田明子氏。彼女は現在、「文藝春秋」に「安倍晋三秘録」を連載中だ。今月号(12月号)のタイトルは「『愛子天皇』を認めていた」。
このタイトルを見て「あれ?」と思った人も少なくないだろう。安倍氏といえば、皇位継承問題について「男系男子」限定という明治以来の“縛り”に頑固にこだわっていた政治家、というイメージが強いからだ。しかし、そのような一般的イメージと安倍氏の実像には少しズレがあったようだ。
興味深いリポートなので中身の一部を紹介し、私なりのコメントを加えて、皇位継承をめぐる今後の議論の参考にしたい。
「愛子天皇誕生への道筋に向けて責任ある議論を」
少し長くなるが、重要な部分をまとめて引用する。
長年にわたり、安倍は「男系男子」の皇位継承に強いこだわりを持つと見られてきた。確かに男系男子を原則としていたのは事実だ。……しかし、20年にわたり、安倍を取材してきた中で、その時々の安倍の言葉から見えてくる皇室像は「男系男子」以外を完全に否定するものでもなかったと感じている。
「安倍内閣の体力のあるうちに、有識者会議を立ち上げる。そして将来、愛子天皇誕生への道筋に向けても責任ある議論を進めなければならない」
ここ数年の間に、安倍が何度かそう口にするのを私は聞いている。
実は安倍は新型コロナの対応に当たりながらも、第2次政権の退陣直前まで、今後の皇室のあり方について、ずっと思案を繰り返していた。その頃に私が安倍本人から聞いた皇室像を要約すると、以下のようになる。
「男系継承を維持することを大前提とし、現在の悠仁さままで皇位継承順位は変更しない」
「過去に皇籍離脱した旧宮家を皇族に復帰させることはしないが、女性皇族は婚姻後も皇族の身分を持ち続ける」
「現在の宮家を維持し、旧皇族の男系男子を養子にすることを可能にする」
「旧皇族の男系男子が、現在の女性皇族の配偶者または養子になる場合は、その男性も皇族となり、その子どもは皇位を継承し得る」
「男系女子による皇位継承もあり得る」
以上の引用を見て、「どこかで見たようなプランだ」と感じた人もいるだろう。先頃、政府が国会に検討を委ねた皇族数の確保策をめぐる有識者会議報告書の内容と、要点がほぼ重なっている。
報告書になかった「男系女子による皇位継承」
これについて、岩田氏は以下のように述べている。
菅(義偉)政権から岸田(文雄)政権に至るまで続いた皇位継承をめぐる有識者会議の議論では、安倍も陰ながら意見を述べていた。
「旧皇族の男系男子を養子に迎える」という案も安倍自身の意向が反映している。
有識者会議への安倍氏の影響をストレートに述べている。令和3年(2021年)3月23日から同年12月22日にかけて13回にわたって行われた同会議での検討は“出来レース”だったのか、という印象を拭えないかもしれない。
ただし「男系女子による皇位継承もあり得る(=女性天皇を認める)」という点は、報告書に盛り込まれていなかった。
先般の有識者会議報告書は、頑固な男系論者と見られていた安倍氏の持論よりも、もっと腰が引けていたことになる。
「安倍プラン」の自己矛盾
それにしても、岩田氏が紹介する安倍氏の見解に明らかに不整合な部分があるのは、どう理解すればよいだろうか。
たとえば「安倍内閣の体力があるうちに……愛子天皇誕生への道筋に向けても責任ある議論を進めなければならない」という発言と、「現在の悠仁さままで皇位継承順位は変更しない」という考え方は、はっきりと矛盾している。
何しろ、悠仁親王殿下より敬宮(愛子内親王)殿下の方が5歳、お年が上でいらっしゃる。将来、もし悠仁殿下が皇位を継承されたら(決してあってはならない不測の事故でもないかぎり)「愛子天皇」の誕生は決してあり得ないはずだ。
「愛子天皇」を可能にする改正を棚上げ
そもそも安倍氏は、小泉純一郎内閣で「愛子天皇」誕生を可能にする皇室典範の改正が実現の一歩手前まできた局面で、秋篠宮妃紀子殿下ご懐妊の報道があった時に「神風が吹いた!」と大喜びで岩田氏に電話を入れていた。
当時の小泉首相を説き伏せて、皇室典範の改正を“先延ばし”させてしまったのは、他ならぬ内閣官房長官だった安倍氏がしたことだ。
しかし改めて言うまでもないが、たったお一人の悠仁殿下のご誕生によって、皇室典範改正の必要性がなくなったわけではない。それは当時、私が力説したことである。
正妻以外の女性(側室)のお子様など(非嫡出子・非嫡系子孫)に皇位継承資格を認めない現在のルールの下で、明治以来の「男系男子」限定をそのまま維持すれば、皇位の継承が行き詰まるのは火を見るよりも明らかだ。現在、政府・国会で再び皇位の安定継承への検討が求められている現実を直視すれば、あの時、「愛子天皇」誕生を可能にする制度改正を棚上げしてしまったことの無責任さは、改めて批判されて当然だろう。
安倍氏はいまさら、どういうつもりで「愛子天皇誕生への道筋に向けて……」などと口にしていたのだろうか。
「女性天皇」と「皇位継承順位の変更なし」は矛盾する
敬宮殿下は「男系女子」でいらっしゃる。だから安倍氏のプランでは「皇位継承もあり得る」ことになる。
女性天皇を認める以上、安易に特例法で対処するわけにはいかない。皇位継承の資格を定めた皇室典範第1条を改正する手順をきちんと踏む必要がある。
「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」
この条文にある「男子」という限定を解除しなければならない。では「男子」限定を解除すれば、どうなるか。皇室典範第2条の“直系優先”の原則にしたがって現在の皇位継承順位は変更され、直ちに「皇長子(天皇の最初に生まれたお子様)」が皇位継承順位第1位になる。
現在の皇室に当てはめると、もちろん敬宮殿下が第1位になられる。そうすると、秋篠宮殿下はもはや継承順位が第1位ではないので「皇嗣」ではなくなられる。一方、敬宮殿下は「皇嗣たる皇子」となられるので「皇太子」と呼ばれることになる(皇室典範の用語法では“皇子”も“皇太子”も男女どちらも含み得る)。
つまり、「男系女子による皇位継承もあり得る」というプランと「現在の悠仁さままで皇位継承順位は変更しない」というプランは、少なくとも皇位継承において天皇のお子様を他の皇族より優先する「直系主義」をこれまで通り維持するかぎり、両立できない。安倍氏はその事実に気づいていたのだろうか。
報告書よりも整合性が取れている「安倍プラン」
その矛盾点はともかく、女性天皇の可能性を認めたことで、「女性皇族は婚姻後も皇族の身分を持ち続ける」というプランとの整合性を取ることはできている。
近代以降、皇位継承資格を持つ男性皇族(親王・王)は婚姻後も皇族の身分を持ち続ける一方、皇位継承資格を持たない女性皇族(内親王・女王)は婚姻後は皇族の身分を離れるという制度を採用した。皇室は突き詰めると“皇位の世襲”を支えるためにあるので、皇位の継承資格を持たない皇族を婚姻後も皇室に抱え続ける合理的な理由・根拠がないためだ(その一方、皇位継承資格を持たない方々について、婚姻後もその自由や権利を制限し続ける理由・根拠もない)。
ところが、先の有識者会議報告書では女性天皇に踏み込まないのに、女性皇族が婚姻後も皇族の身分を維持するという、無理筋で整合性を欠くプランになっている。公平に言って、この点は安倍氏のプランの方がより整合的と言える。
女性皇族の配偶者の身分をどうするか
ただし女性皇族の配偶者について、皇族の身分を取得するのか、それとも国民のままなのか、その位置付けが気になる。
国民の中の「旧皇族の男系男子」については、「現在の女性皇族の配偶者」になると「皇族」の身分を取得することが明言されている。それとの対比で考えると、「旧皇族の男系男子」“以外”は皇族の身分を取得できず、国民のままというつもりだろう。
しかしそれでは、もともと同じ国民なのに門地(家柄・家格)の違いによって皇族になれるケースとなれないケースに分かれるから、憲法が禁止する「門地による差別」(第14条第1項)に当たる。皇室の方々の場合は第1章(天皇)が優先的に適用されて「門地による差別」禁止の例外であるのに対して、「旧皇族の男系男子」は当たり前ながら“純然たる国民”なので、第3章(国民の権利及び義務)が全面的に適用される。完全にアウトだ。
皇族の配偶者が「国民のまま」の場合に起きる問題
しかも婚姻後も国民のままであれば、同じく第3章が国民に保障するすべての自由と権利は最大限に尊重されなければならない。
その一方で内親王・女王方は天皇のお務めを全面的に代行する「摂政」への就任資格を持っておられる(憲法第5条・皇室典範第17条第1項)。天皇の全面的な代行者になる可能性がある女性皇族の配偶者が国民のままという制度は、天皇の「日本国の象徴」「日本国民統合の象徴」としてのお立場を致命的に損なうおそれがあるのではないか。
たとえば「信教の自由」(憲法第20条第1項)。
問題点が分かりやすいようにあえて少し極端な仮定をすれば、内親王・女王方の配偶者やお子様が、反社会的な活動が問題視され、安倍氏暗殺事件の背景ともなった宗教法人「世界平和統一家庭連合(旧・世界基督教統一神霊教会、いわゆる旧統一教会)」の信者になり、熱心に布教活動を進めても、国民であればそれを止めさせることは憲法上、許されない。
あるいは「選挙権・被選挙権」(憲法第15条、最高裁昭和43年[1968年]12月4日大法廷判決、公職選挙法第9条・第10条など)。
これもリミット的な想定をすれば、天皇の代行者になり得る内親王・女王方の配偶者やお子様が政治家を目指し、ついに内閣総理大臣にまで登り詰めることも排除しない制度設計は、果たして天皇・皇室に対して国民が寄せる期待と合致するのか、どうか。
そもそも、憲法の「国政に関する権能を有しない」(第4条第1項)という規定が事実上、空洞化する危険性も否定できない。
養子縁組プランは採用できない
その他にも安倍氏のプランには欠陥が目につく。
たとえば「旧皇族の男系男子を養子にする」と言っても、内廷と秋篠宮家はもちろん除外して、「現在の宮家」の実情に照らすと、常陸宮家・三笠宮家・高円宮家のうち、一体どの宮家が民間からの養子を迎え入れられるだろうか。一方、旧宮家のうち養子縁組の候補になり得る男子がいるのは久邇家・賀陽家・東久邇家・竹田家の4家のみ。それらの中で、国民としての自由や権利、やりたい仕事、人間関係などを犠牲にして、自ら養子に入ろうと決意する人物がいるのか、どうか。
安倍氏は産経新聞の阿比留瑠比記者に「普通は職業選択の自由のない宮家になりたいという人は、そういない」と語っていたようだ(産経新聞11月11日付「阿比留瑠比の極言御免」)。
私が首相経験者の方から伺ったところでは、サシ(一対一)の場で安倍氏に皇室に入る意思を持つ人が実際にいるのか尋ねたところ、その時の回答は「いない」だったという(このあたりの機微な情報は岩田氏の文章にはさすがに出てこない)。
しかも、「旧宮家の男系男子」は皆、国民だから、それらの人たちだけを対象として“特権的”に養子縁組を可能にする制度は、先にも触れた憲法が禁止する「門地による差別」に当たる。養子縁組プランは憲法との関係からも実際には採用できない。
女性天皇と女系天皇はセット
安倍氏が「女性皇族の皇位継承資格=女性天皇」を認めていたことは、岩田氏が紹介した通りだったろう。しかし、女性天皇を認めて「女系皇族の皇位継承資格=女系天皇」を否定するのは筋が通らない。
この点は、現在の皇室典範が制定される際に法制局(内閣法制局の前身)が以下のように指摘していた。
「(男系限定を前提とした場合に)女帝(女性天皇)を他の男子の皇位継承資格者があるにもかかわらず認めることは、皇位世襲といふことに添はぬことであり、他に男子の皇位継承者がなくて女帝を認めることは、天皇制を一世だけ延命させるだけのことにすぎない」(「皇室典範案に関する想定問答」昭和21年[1946年])
つまり、女系継承を認めないのであれば、女性天皇は“意味がない”ということだ。女性天皇と女系天皇については制度上、認める場合も排除する場合も、“セット”で判断しなければならない。そもそも「愛子天皇」が実現した場合に、その配偶者が国民のままだったり、そのお子様に皇位の継承資格が認められないような制度を想像できるだろうか。
安倍元首相はなぜ「女系」を認めなかったのか
安倍氏は女性天皇を認めながら、なぜ女系天皇を排除しようとしたのか。今回の記事には説得力のある根拠が示されていない。わずかに1箇所、小泉内閣当時の平成17年(2005年)11月7日夜の発言として次のようにあるだけだ。
「女系も認めてしまえば、あらゆる人が天皇家に関われることになる。それには抵抗を感じる」
これは曖昧で不思議な発言だ。「あらゆる人が……関われることになる」とは何を意味するのだろうか。皇室と国民の区別さえ厳格に守られれば(つまり民間から養子を迎えたり、女性皇族の配偶者を国民のままとしたりしなければ)、皇室の「聖域」性が損なわれるおそれはない。
イギリスではこの度、女系のチャールズ新国王が即位された。だが、ご本人の資質や人柄、実績などとは別に、女系の血統が原因で王室の権威が一挙に低落したという事態にはまったくなっていない。またオランダでは、今のウィレム=アレクサンダー国王の前に3代の女王が続き、女系継承が重ねられている。しかし「あらゆる人が王室に関われることになる」(?)とか、それによって王室が混乱や危機に陥ったという事実はどこにもない。
男系限定には無理がある
そもそも、皇位継承資格がわが国の歴史で初めて「男系男子」に限定された明治時代当時(その頃のわが国では側室制度が当然と見られていた)はともかく、現代の世界において一夫一婦制の下で君主の資格を「男系」だけに限る無理なルールを採用している国は、日本以外には人口わずか4万人ほどの“ミニ国家”リヒテンシュタインぐらいしか存在しない。
安倍氏が女性天皇を認める自らの立場を踏まえて、より深く真摯に「思案を繰り返して」いれば、女系もあわせて認めざるを得ない事実に気づいていた可能性が、わずかでもあったかもしれない。しかし非業の死を遂げられたことは、その意味でもとても残念だった。