「騙されている?」と思われるほどのありえない好待遇
働き方はここ数年で大きく変わった。フレックス制度を導入する企業は圧倒的に増加し、リモートワークの実施も一気に進んだことで、格段に育児と仕事の両立がしやすくなったという女性の声も多い。さらに10月には改正育児・介護休業法が施行され、男性の育児休業取得も促進されることになり、企業の雇用環境整備は進む。
こうした法改正を念頭に、新たな企業づくりを進めてきたのが、設立5年の「ライフ&ワークス」(東京都千代田区)だ。同社は子育て世代の社員がコンサルタントとして活躍するIT企業。設立時から続けている求人には「さばききれないほどの応募が殺到する」と踏んでいた。しかし、その予想に反して代表の秋葉尊社長が「魅力がある会社なのに、求職者が思ったより少ない」と嘆くにはワケがある。
同社のグループ会社のオデッセイは、SAP(※)を使った人事コンサルティングの老舗で、フルタイムの新卒初任給は40万円台という業界でも高水準で有名な企業だからだ。ライフ&ワークス社の給与テーブルはオデッセイと同じ。時短勤務だと時給計算になるが、1日6時間の勤務でも場合によっては年収740万円にはなるという。秋葉社長が「魅力のある会社」と自認する理由は高給だけではない。
「SAPコンサルタントの経験がある方に来ていただきたいのですが、SEなどの経験があり、ITコンサルタントをめざす意欲がある方も大歓迎です。働き方は、週4日勤務や1日6時間勤務などを自分で決めることができます。そのうえでおもにオデッセイのプロジェクトチームで、プロジェクトマネジャーが振り分けるタスクを担当してもらいます。しかもフルリモートなので出社する必要もありません」(秋葉社長)
(※)ドイツのSAP社が提供する企業内の業務を一元的に管理する統合型パッケージソフト(ERP)。SAP導入に当たるエンジニア、コンサルタントは同社の認定制となっている
創業当時、“SAPコンサルタントは激務だから時短ではうまくいかない”という批判も受けた。
「時間に制約があるというだけで、放っておいたら埋もれてしまう人材を掘り起こしたいと考えました。SAPコンサルタントの仕事は非常にハード。当時、オデッセイ以外の多くのIT企業ではフルタイムはもちろん、残業も多く休日返上で対応することも珍しくない状況でした。なので、そんな仕事を時短の社員がこなせるわけがないと、周囲からは批判の嵐でした」(秋葉社長)
否定的な声を背中に受けながらも、秋葉社長は工夫次第で時短でも十分通用すると確信していた。背景にはIT業界の慢性的な人手不足がある。特にSAP認定資格を取得し、現場で経験を積んだコンサルタントは需要に供給が追いつかないほど。従来とは違う視点で戦力を開拓できれば、業界にも自社ビジネスにもプラスになるはずなのだ。さらに女性活躍が比較的進んでいるIT業界でさえ、女性がライフイベントを経て復職し時短勤務を選ぶと、スキルが生かせる元のポジションに戻れず、悔しい思いをするケースも少なくないという残念な実情もあった。
「フルタイム社員と同じ会社では時短の人は働きづらい。だからこそ、働き方に制約のある人だけを雇う子会社をつくったのです。子育てなどで時間は限られるけれど資格を生かして働きたい人や、経験があり仕事に意欲があるシニアの方など、男女問わず多くの方に門を叩いていただきたいのです。けれど、求人情報が届かないのが悪いのか、情報を得ても『時短でこんなにいい条件のわけがない』『裏がある、怪しい』など、騙されると思うのか、説明会にも数人しか参加してくれません――」(秋葉社長)
しかし、いぶかしがりながらも会社説明会に参加した人は「こんな会社が本当にあったのか!」と一様に驚くのだそうだ。
設立から5年、社員2人でスタートした会社は、当初の期待にはほど遠いものの、社員も7人にまで増えた。時短社員がほとんどで、子育てに余裕ができてフルタイムに転換した社員もいる。それでも秋葉社長は、「もっともっと埋もれている人材がいるはずだ」と、時短社員雇用への意欲は衰えていない。
ひと月分のジョブをこなせるならお迎えも付き添いも自由
社員の働く環境への満足度をほかのどのような指標よりも重視し、大胆なフレックス制度も導入。コアタイムはあるものの、極論をいえば、1日6時間の時短勤務なら6時間×20日分=120時間分のジョブを月内に完了すればよし、ということだ。子育ての経験もある執行役員の菅佐都美さんは言い切る。
「保育園の送迎で中断して、子どもが寝たあと仕事を再開する日があってもいいし、早朝5時始業なども自由です。時短でも復職して成果が出せたことで『上を狙える』とモチベーションがアップした人や、今は時短でもいずれフルタイム勤務にシフトしたい、マネージャーをめざしたいという人、すでに管理職に昇進した人も出てきています」(菅さん)
例えば転職当初は2人の子どもを育てながら時短で働き、現在はフルタイムで管理職を務めるコンサルタントの田中弥生さんは、フレックス制度がなければとっくにキャリアを諦めていたと語った。
「求職中はキャリアブランクが長いうえに時短を条件としていたので、転職先はないだろうとあきらめていました。当初は1日5時間勤務。子どもが急に体調をくずした時に早めに終業して後日振り替えたり、業務時間をずらして授業参観に出席したり、時間をやりくりすることで、子育てと仕事が上手に両立でき、担当できる業務が増えました。もちろん昇進は無理だし一作業者として仕事ができればいいと思っていましたが、時短でも生産性を基準に公平な評価をいただけたことで、キャリアアップに夢が持てたのだと思います」(田中さん)
フルタイムの人と同じ土俵で評価される公平性
田中さんがいう「公平な評価」とは、オデッセイとライフ&ワークスに共通する評価基準として「業務の生産性」を取り入れた独自の評価制度のことだ。「業務の生産性」は客観的数値によって表され、上司の主観が入らない。しかも勤務時間の長短は評価に影響しないので、時短勤務でも昇進・昇給に希望がもてるのだ。秋葉社長はそうした公平でオープンな評価こそ社員のモチベーションアップにつながると語る。
「社員は母体のオデッセイと同じ定量的な評価軸でランク付けされていて、ランクによって達成すべき生産性のレベルが決まっています。昇進や昇給はランクと生産性に紐づいており、自分のランクに相当する生産性を超えていればランクアップの対象に。なかには入社3年半でチームリーダーに昇進し、報酬が1.5倍になった社員もいます。時間が短くとも、密度の濃い仕事をすればフルタイムと同様の評価となり、やりがいにつながっていくと考えています」(秋葉社長)
時短社員とフルタイム社員とのトラブルはなし
通常の業務ではグループ会社であるオデッセイのプロジェクトの一員として働くため、チーム内にはオデッセイ所属のフルタイム社員とライフ&ワークス所属の時短社員が混在する。現場では“フルタイムVS.時短”の確執はないのだろうか。
子育てに注力するために、エージェント経由でライフ&ワークスに転職したSAPコンサルタントの佐伯哲也さんは、「時短はもちろん、フルリモートが転職の必須条件でした。そんな都合のいい会社はあるわけないと半ばあきらめかけていましたが、エージェントに『こんな会社がありますよ』と紹介されました。面接を受けたところ求人条件に相違はなく、すぐに決めました」と語る。会社側の条件であるからこそ、時短で働くこと、フルタイムの人より早く終業することに、後ろめたさはまったく感じていないという。
「プロジェクトは、時短社員の事情や条件が織り込み済で計画されています。担当業務がこなせていれば、フルタイムのメンバーに迷惑をかけていると思う必要はないです。進捗の遅れなど、ハプニングがあった場合も、協力して吸収する努力はしますが、時短ですからこちらの働く時間は増やせない、ときにはプロジェクトとしてリカバリーするために10やりたいところ7しかできないこともあり、納期をお客様に相談することも選択肢に上がります。仕事だから何がなんでもやれ、ということにはならない、そこがこれまでの職場との違いですね」(佐伯さん)
「時間制限ハンデ」が普通なら、精神的にも安定する
フルリモートで滅多に出社しないとなると、社内のコミュニケーション不足が課題になりそうだ。しかしその点は、時短という属性が揃っていることが功を奏し、かえって密になるという。自然発生的に開催されるオンラインのランチ会などで、子育てについての相談をしたり、先輩の経験談を聞いたりする機会が得難いと、執行役員の菅さんは日々実感するそうだ。
「同じ仕事で、似た境遇の人が集まるコミュニティーがあり、コミュニケーションが取れるのもこの会社のよさです。経験を共有できる相手になら、悩みも真剣に打ち明けられます。女性のロールモデルが豊富だと若い人も安心して子どもを産めますね。職場に子育てをしている人が少ないと、マタニティーハラスメントなど、つらい目に合うこともありますから。わが社は定着率が高いのですが、それにはコミュニティーの力も大きいと思います」(菅さん)
企業では「多様性」が重視され、さまざまな社員が混在するのは当たり前の時代となった。しかし、マイノリティや、事情により働き方に制限がある人の本音は「混在するからこそ、精神的負担が大きい」という声もある。特に時短では、自分の仕事を誰かに補ってもらう、仕事の途中で帰ることに引け目を感じる、など悩みは尽きない。そんな中「働き方に制限がある人だけ」の会社であれば、「時間制限のハンデがあるのが普通」だから、誰に負い目を感じることなく仕事ができる。
「転職してから、時短だからとできないことを数えるより、できることをアピールすることの大切さに気づきました。制限を抱えた社員だけの会社なので、お互いが協力し合うことへのハードルは無いに等しい。マネジメントの立場として、みんながもっと働きやすくなるよう協力していきたい」(田中さん)
働き方への意識はここ数年激変しているが、自分のライフスタイルを中心に働き方を選択できる人はまだまだ少数派だ。これからもっと多くの迷えるワーキングママやパパがライフ&ワークスのような会社と出合い、望むキャリアを実現すれば「時短で正社員」が普通になる日もそう遠くはないだろう。