「介護脱毛」は本当に必要なのか
最近新たな脱毛マーケットとして注目されているのが、中高年の「介護脱毛」だ。介護脱毛とは、将来、自分が寝たきりになって介護してもらうときに備えて、介護者に負担をかけないようにあらかじめアンダーヘアを脱毛しておくというもの。「介護脱毛」というキーワードでインターネット検索をすると、脱毛クリニックや美容皮膚科などが、そのメリット・デメリットを語っており、認知が急速に広がっていることがうかがえる。
では、本当に介護現場では「介護脱毛」のニーズがあるのだろうか。茨城県介護福祉士会副会長・伊藤浩一さんは、「介護現場において介護脱毛が必要だとは感じていない」と明言する。
「介護脱毛の対象である『アンダーヘア』をどうしたいかは、あくまでも本人の考え。もちろん、処理したければしてもらってもいいのですが、本来、あってしかるべき体毛なので、介護者はアンダーヘアがあるのが基本と考えて排泄ケアなどを行っています」(伊藤さん)
伊藤さんによると、介護脱毛をしなくても、現場では問題なくケアできるような仕組みやスキルがあるという。「逆に、“介護脱毛は介護してくれる人に迷惑をかけないための常識”という誤った情報が拡散していることのほうが問題。脱毛にはお金と手間がかかるため、誰もができることではないはずです。将来の介護に対して、そのような不安を感じる必要はないことをぜひ知っていただきたいですね」(伊藤さん)
介護脱毛=高齢者のエチケットという勝手な思い込み
しかしながら、介護現場のニーズというより、ブームにあおられて「介護脱毛をしておくのが、これからの高齢者のエチケット」と勝手に思い込んでしまっている人は多い。その背後には、「みんながやっているなら自分も……」という一種の同調圧力が隠れている。口では「人と違ってもいい」「自分らしさが大切」と子どもたちに言っている大人自身が、「人と同じ」であることや「他人の目」にこだわっていることを象徴している。さらに、使用機器の特性により“アンダーヘアが白髪になると脱毛できない”ことも、人生の終盤に向けて「40代、50代のうちに“介護脱毛”を」と、選択を迫られている気になるのかもしれない。
前出の伊藤さんも話すように、介護のプロたちは「介護される人が自分らしくあることを最大限尊重しよう」としてくれる。にもかかわらず、自分の意思よりも「周りはどうなのか」という他人目線に流される風潮がある。
この「脱毛」というトピックひとつ取っても、「自分らしい選択をする」「自分は自分のままでいい」「他人が自分と違っても受け入れる」という多様性を考えるきっかけといえよう。
なぜ、そこまで多様性を意識しなくてはいけないのか。それは多様性を認め、違いを尊重し認め合う「D&I」(ダイバーシティ&インクルージョン)が、社会課題というだけでなく、企業の重要な経営戦略でもあるからだ。特に、将来を担う子どもたちへのD&I教育は、最重要課題ともいえるだろう。
性教育は、多様性を認めるD&I教育の第一歩に
子ども向けD&I教育のひとつとして、今「性教育」が見直されつつある。ひと口に「性教育」といっても、その学びの範囲は多岐に渡る。今の親(中年)世代では、男女別の教室に分かれて女子だけ生理について教わるというパターンが多かった。男女の体の違いや、受精の仕組みについては学校で教わっても、どうして妊娠するのかという具体的な部分はあやふやなまま、きちんと学ぶ機会がなかったという人のほうが多いはずだ。
そういったひと昔、ふた昔前の性教育と今との違いとして、最初に挙げられるのが「性の違い」についてどう認識するか、という点だ。
「性別は身体的な違いに限らない」と語るのは、産婦人科医であり、小中高校生向けに数多くの性教育授業を行っている「サッコ先生」こと、埼玉医科大学産婦人科助教兼同大医療人育成支援センター・地域医学推進センター助教の高橋幸子医師だ。
「人には4つの性があります。生まれ持った“身体的特徴の性別”のほかに、自分自身を男性、女性と認識する“心の性別”、服装などの“表現の性別”、そして“好きになる相手の性別”がある。4つの性の存在を子ども時代から知ることは、“自分と他人が違ってもいい”と気付く、きっかけのひとつとなります」(高橋医師)
体が男性であれば、その人の心や振る舞い、服装も男性であるべきで、恋愛対象も女性のはず。そう思い込むのは、幼い頃からの刷り込みであり、完全なステレオタイプのバイアスといえる。同様に、大人が何気なく口にする「男らしさ」「女らしさ」というフレーズも、多様性の観点ではNGワードとなる。
「からだの毛」をどうするかは自分軸で決めていい
思春期の第二次性徴では、子どもたちは自分と他人の違いを強く意識するようになる。特に体の成長による変化は、そのスピードも程度も個人差が大きい。そういう中で、「人と違ってもいい」「体が成長して変化することを恥ずかしがらなくてもいい」と、繰り返し子どもたちに伝えることは、「性教育」のひとつの役割であり、D&I的な感性を育むことにもつながる。
思春期の体の成長の変化のひとつが、「からだの毛=体毛」だ。体毛が濃くなるのは、思春期の正常な成長の証しであるが、正しい知識がないがゆえに、あるカミソリメーカーの調査(※)では、小中学生の女子生徒の約7割、男子生徒の約5割がからだの毛が気になり、これと同等の割合で、それぞれからだの毛をそったことがあると回答している。
具体的にどの部分の「毛」が気になるのかというと、トップが「あし・太もも・すね」で、以下「うで」「わき」「かお」「むね・おなか・せなか」「性器のまわり」「おしり」と続く。調査結果からもわかるように、圧倒的に「他人の目に付く」部分の毛を気にする傾向が強く、そこには「他人と同じじゃないと恥ずかしい」「体毛がないほうがキレイに見える」「つるつるじゃないと嫌われる」「他人のムダ毛が気になる」など、周囲の目を気にするメンタルの強い影響が感じられる。
※出典:「小中学生の体毛に関する意識調査(2022年)」シック・ジャパン/9〜15歳男女
こうした周囲を気にするメンタルは、先の「介護脱毛」をしたい大人たちにも通じる。本来、脱毛をする・しないは自分主体であるはずなのに、「みんなしている」「他人に迷惑をかけたくない」「つるつるだと介護しやすい」と他人軸にすり替えているのだ。
「性」について、学校現場でオープンに語り合う重要性
そんな中、高橋医師は9月中旬、東京都渋谷区立加計塚小学校で小学4年生約40人を対象に、「からだの毛」に焦点を当てた特別授業に講師として登壇。これから第二次性徴を迎える子どもたちに、性の違いや命の誕生、体毛の役割について解説した。
実は体毛について学ぶ機会はほとんどないため、他人の目を気にして間違った方法や危険なやり方で自己流の処理をする場合も多いという。正しい知識を得たうえで「自分はどうしたいのか」と、自分自身の意見を持つことの大切さを伝える目的もある。
「授業では、【体毛を3割の子どもが恥ずかしいと考えている】というスライドを紹介しましたが、その時に子どもたちが“なんで?”という表情をしていたのが印象的でしたね。まだ4年生ですから、体の変化を恥ずかしく感じるのはこれから。今回のように、恥ずかしいと思う前のタイミングで、素直に正しい知識を得られることが、この先、その子自身や周りの子を助けることになると思います」(高橋医師)
また、高橋医師は、学校のような場でみんながオープンに「性」や「体毛」といった話題を口にする重要性についても指摘する。
「学校で正しい知識をきちんと伝えることで、“体毛が生えることは恥ずかしいことではない”“体毛が生えるのが早かったり、体毛が濃かったりする子がいても、それはその子の個性”と自然に受け止められるようになります。その結果、この先、性や体の変化のことで悩んだり、困ったりしても、“周囲の誰かに相談してもいいんだ”という安心感を与えることにもなります」(高橋医師)
この授業では、性の違い、個人の成長の違いなどと併せて、「体毛は決してムダ毛ではない」と学ぶことで、今後、体毛の処理をどうするかを自分軸で考えることの大切さも伝えている。
「学校現場でもD&I教育の重要性は高まっています。今回のように、専門家の言葉として、性や体と心の成長について、科学的視点でわかりやすく伝えてもらうことで、子どもたちも他者を受け入れやすくなったはず。教員としても、子どもたちと第二次性徴の体や心の変化について話しやすくなりました」(同校教員)
小学校高学年からは、修学旅行などの宿泊行事も増え、子どもたちが共に入浴する機会もある。そんなときに成長期の体の違いを自然と受け入れられるように、事前に正しい知識を得ることは、子どもたちの精神面でも大きなメリットにつながるはずだ。
自分らしい選択が多様性を受け入れるきっかけに
子どものうちから「性」という、最も身近な多様性を正しく学び、受け入れること。それによって性別以外の多様性への視野も広がり、受容し、尊重する土壌となっていく。実際、このような経験をさまざまなシーンで培っている今の子どもたちは、「介護脱毛」ブームをうのみにして流されがちな中高年よりも、多様性を自然と受け入れているように感じられる。
今、われわれが直面しているのはハイスピードで進化し、これまでの常識が大きく転換しつつある世の中だ。極めて個人的な「体毛」をどうするかという問題でも「自分らしい選択」をすることにより、より幅広い多様性を受け入れられるようになるひとつのきっかけとなるのではないだろうか。