会議を上手に進める能力もリーダーシップの資質のひとつ
企業を取りまく急速な環境変化のなかで、成長を持続するために、組織の多様性や新しい発想力を高める取り組みが進んでいます。当然、会議でも誰もがお互いの意見を自由に交わし合いながらスピーディーに合意形成を図っていくのが理想の状態です。
しかし、こうした会議運営に慣れていないと、時折、参加者の間で意見の対立が起こると感情的になり、会議そのものが険悪な雰囲気へと変わってしまうことがあります。
そうなると、関係を悪化させないようにと自分の意見を控える人や、結論を先送りしてしまうことがあるのも事実です。このような事態を避けるためにリーダーシップの資質のひとつとして、会議での意見対立を解消して自由な発言を支援するファシリテーション能力がより一層求められるようになりました。
そこで、今回は、会議での意見対立の場面を取り上げ、ファシリテーターとして効果的なフレーズを通じて、会議でのコミュニケーションを円滑に進めるポイントを見ていきましょう。
「前例がない」で部下をシャットアウトする上司たち
ある企業の研究開発チームの新任課長・Aさんは、顧客志向の研究開発を行おうと、顧客アンケートを実施したいと会議で発言しました。ところが、司会進行役の部長から、「顧客アンケートの類はマーケティング部門の管轄だった。研究部門では前例がないから予算はつけられない」と強い口調で一蹴されてしまいました。
Aさんはその場の空気を読んで、嫌な雰囲気の会議にならないようにと、それ以上自分の意見を伝えませんでした。
こういう事態に陥りがちなのが、上司が司会進行している会議です。部下の発言に対して、「それではうまくいかない」「前例がない」などと否定し、上司の既定路線での会議に終始してしまうことも。これでは、部下は「どうせ何を言っても無駄」と考え、新たな発想が生まれず、意見を言うことを諦めてしまいます。
クッション役となる「ファシリテーター」を活用
この事例のように、長い間年功序列が続いてきた日本型企業の組織では、「空気を読む」「長いものに巻かれる」というように、会議での目立った対立を避けてきた傾向が強いようです。
しかしこのような状況が続くと、活発な会議ではなく、意見が出ない会議となって、新しい発想がうまれず、組織としても沈滞してしまいます。
そこで、おすすめなのが、上司が司会進行をするのではなく、別にファシリテーターを置く方法です。ファシリテーターとは会議などがうまく運ぶために支援をする役割。会議での意見対立に慣れていないと、反論されるのを怖がる人も多くいますが、直接意見を交わすより、ファシリテーターがクッション役となることで、安心して発言ができるようになります。
ファシリテーターになるスキル「ファシリテーション」は、誰でも身に付けることができます。では、ここからファシリテーションのポイントと活用したいフレーズを見ていきましょう。
感情が高まった人に「少し落ち着いてください」は禁句
ファシリテーターの一番の役割は、場の雰囲気づくりです。意見対立はポジティブだという認識を率先して言動で示し、全員と分かち合います。
会議の冒頭で、目的やゴール設定、参加ルールを決めると円滑に進みやすいのですが、それでも意見の対立で険悪なムードになってしまうことはあります。そのときに避けたいのが、感情的な人をなだめようとするフレーズです。
たとえば、「そう感情的にならないでください」「少し落ち着いてください」といった言葉です。発言した本人に悪気はなくても、このフレーズをみんなの前で言われると、当の本人は「真剣に話しているだけだ」と反発したり、軽くあしらわれたと受け取ってプライドが傷付いたりするなど、かえって気持ちを逆なでしてしまう場合があります。
むしろ、多少感情的になっていたとしても、意見を伝えてくれたことに対して、「ご意見をお聞かせいただいてありがとうございます」とプラスの言葉を伝えてみてはいかがでしょうか。そして、「闊達な意見交換ができましたね」と、場をポジティブに捉える発言を積極的にして、対立意見の交換はウエルカムという姿勢を示しましょう。
「意見」と「人格」は切り分ける
私自身、イベントや研修でファシリテーターを担当することがありますが、まずは「何を話しても安心安全な場である」という環境づくりを大切にしています。
こうしたファシリテーターの言葉が、意見が言いやすい会議の環境をつくっていきます。
場づくりをした上で、「時間も限られているので、いったん、方向性を確認しませんか」など声をかけて、ディスカッションを進めていきましょう。
意見の食い違いが続くと、時々意見の批判と人格の否定が混ざった発言が飛び出すことがあります。たとえば、「あなたはいつも優柔不断だから/詰めが甘いから、こんな事態になってしまったんだ」といった発言です。個人の性格を攻撃し始めると、議論が袋小路に入り込んでしまい会議が停滞してしまいます。
そこで、こういう場面では積極的に介入をして、意見と人格に対する部分を切り離し、「期日に間に合わせるためにできることを考えませんか」と、論点を整理して話し合いを先に進めましょう。
「それはいい意見ですね」は“傾聴”ではない
次のステップは、それぞれの意見を理解する時間です。
お互いの対立点の背景や理由を確認するために、ひとりずつ質問で意見を具体的に引き出していきます。このときにホワイトボードなどで議論の構造を図式化して、全員で共有しながら進めるといいでしょう。
ここで大事なのが、それぞれの発言者の良き理解者になることです。ただし、ここに落とし穴があります。しっかり傾聴姿勢を示す必要がありますが、「それはいい意見ですね」「それは素晴らしいですね」というあいづちのフレーズは状況を悪化させる危険性をはらんでいるので要注意です。
ファシリテーターは「自分の意見を言わない」「中立を守る」「どちらの見方にもならない」というのが基本です。メンバーの意見も一人ひとりさまざまだからです。
この不用意な一言のせいで、せっかくの発言を控えようと思ったり、反発したりすることもあります。ファシリテーターは、対立する意見には良しあしをジャッジせず、「なるほど、そういう意見もあるのですね」というように、客観的な立場であいづちを打ちながら話を整理していきましょう。
このようにファシリテーターにとって傾聴は必須スキルです。なぜなら、誰もが「自分を理解してほしい」と思っているからです。この段階で、しっかり意見を引き出して「教えていただきありがとうございます。私は○○と理解しました」というフレーズで、いったん発言の内容を受け取ったという合図を送ると安心するので、感情的になっていた人も落ち着いてきます。
意見の対立は認識のズレが原因であることも
この過程で「Nさんの主張は○○と解釈してよろしいでしょうか」「私は、○○と理解しました」というように意見を自分の言葉で要約しながら確認をしていくと、「いやそうではなくて××なんですよ。」と、認識がズレていることに気付くときがあります。
実は、これが合意形成をしていく大切なプロセスになります。
意見が対立している人たちでも同じ組織にいるため、高い視点で見れば、「自分たちの会社をより発展させる」という同じ目的を持っています。しかし、ちょっとした認識のズレから意見が対立してしまうケースが散見されるのです。
DX推進部のTさんは、会議で営業現場にDX導入を提案しましたが、営業現場からは、「今のままで特に問題はない」と導入に消極的な答えが返ってきました。
そこで、ファシリテーター役が双方に「生産性の向上という目的は同じ」であることを確認した上で、意見対立の理由を洗い出していきました。すると、そもそも、これまでアナログが主流の営業現場にとって、デジタル化に伴う業務の変化への不安が大きいことが分かってきました。
そこで、まずは「デジタル化は簡単で使いやすさを最重視」という大前提を合意形成しました。すると、大きな意見対立の構造は解消されて、人材不足、営業担当の能力差、各種コストの削減といった、営業現場が抱えている課題を解決すべく、優先順位を付けて段階的にDXを導入していくという方向性がまとまりました。
この事例のように、けっして表面的な言葉だけでは、意見対立の本当の理由や背景が分からない場合もあります。同じ企業でも、立場や年齢や文化・社会環境、価値観、経験の違いなどから、当然個々の意見や考え方は違います。意見が対立したときにはその構造を丁寧にひもといていきましょう。
「一般的には」の根拠を質問で確かめる
本来ならば、議論は事実を数字やデータに基づいて伝えるものですが、時には、曖昧な主張も混ざっています。その場合、数字の根拠、何に基づいて主張しているのか、出所はどこか、誰の発言かなど、実際にあった出来事や数字を確認して事実を明確にしていく必要があります。
しかし、「何に基づいて○○と主張しているのですか?」などと、あまりストレートに聞くと相手の気に障ることもあります。そこで、「もし差し支えなければ、そうおっしゃる理由をもう少し具体的に教えていただいてもよろしいでしょうか?」とクッション言葉を挟む、あるいは「勉強不足で申し訳ありません。ちなみにそういう数字がどこかに出ているのでしょうか?」のように“教えてください”というスタンスで聞くと、角が立ちにくくなります。
また、注意をしたいのが「一般的には~」「普通は~」というフレーズが目立ち始めたとき。自分の意見にもかかわらず、つい話していくうちに「一般的には~」「常識的には~」「今まで~」「みんなは~」と一般論にしがちです。
しかし、確認をすると、「普通は~」が、実は「私としては~」「○○部の慣習としては~」が事実だったということも少なくありません。このように言葉の使い方で気になった際にも、念のため質問をして事実を確認していくことが大切です。
合意形成のために視点を増やす
ファシリテーターは、発言者が偏らないように「他の人の意見も聞いてみたいのですがいいですか」「他に意見はありませんか」「他に気になる点はありませんか」と積極的に他のメンバーにも発言を促しましょう。これには、3つのメリットがあります。
第一に、他の人が発言することで、場の空気を変えることができます。それと同時に意見対立している方に、少し冷静になる「間」を提供することができます。
2つ目は、さまざまな視点から問題を解決する準備ができます。また、情報が欠如していると、物事の認識の違いが生まれて合意が得られにくくなる場合もあります。議題に関する情報はできる限りオープンにし、メンバー全員で共有できるようにすることが大切です。
3つ目は、決定事項への納得感が高まります。この時点で、意見を積極的に引き出すことで、後から「実は不本意だった」「誰かがやってくれると思った」と、責任転換をしたり、人任せにしたりする事態を防止できます。全員が当事者意識を持って仕事に取り組めるようになるでしょう。
話し方でも印象管理をお忘れなく
口調が相手の感情に与える影響も忘れてはいけません。相手に理性的な対応を求めるのと同時に、自分自身の話し方の印象管理も大切です。非難するような強い語調にならないように、落ち着いた低めのトーン、そして早口でまくしたてないように、理解しやすいスピードといったように話し方をコントロールします。
もちろん言葉だけでなく、表情やしぐさなどの非言語のコミュニケーションも周囲は見ています。このようにファシリテーターは話し方や非言語部分でも安心・信頼感を与えましょう。
会議で対立が起きることは健全なことです。むしろ、組織やチームを活性化していくためには、この対立を通してどのように互いを理解し合えるかが大切です。
ファシリテーターとしてリーダーシップを発揮して自由な意見が飛び交う会議の環境づくりに大いに貢献していきましょう。