「結婚相手は自分を映す鏡」を経済学の視点で考える
筆者は「女性の幸せ」を経済学の視点から分析しているのですが、中でも結婚というライフイベントに大変興味を持っています。
この結婚に関連して、「結婚相手は自分を映す鏡」といわれることがあります。
自分の状態を反映した人が結婚相手になっているということを意味するのだと考えられますが、これには次の2つの解釈がありえます。
1つ目は、「自分と似た人と結婚している」という解釈です。いわゆる「似た者同士の夫婦」であり、バックグラウンドの近い人を結婚相手として選んでいると考えられます。
2つ目は、結婚をある種の取引として捉え、その取引に自分のスペック(学歴、年収、容姿、健康等の属性)が反映されるという解釈です。
この場合、結婚相手を選ぶ際に自分のスペックを取引材料として提示し、お互いに納得のいく取引の成立した人同士が結婚していると考えます。この際、自分のスペックに応じた人が結婚相手として選ばれるというわけです。つまり、もし高いスペックを持っていれば、好条件のパートナーとマッチングできていると考えられます。直接的に自分と似ているというよりも、自分の状態を暗に投影している意味で鏡の機能を果たしているという解釈です。
一見すると、「自分と似た人と結婚している」という1つ目の解釈の方がピンとくるのですが、実は後者の「結婚を取引として捉え、その取引に自分のスペックが反映される」という解釈を支持する証拠も確かに存在しています。
これらそれぞれの解釈について、以下で詳しく見ていきたいと思います。
カップルの類似性が高いほど社会階層が固定化される
「結婚したカップルがどの程度似ているのか」という問いについて、これまで社会学者、人口学者、経済学者が興味をもって分析してきました。
その理由は、似た者同士の結婚が多いほど、社会の流動性が低くなっている可能性があるためです。
例えば、所得水準の高い人同士や所得水準の低い人同士の結婚が多く発生する社会の場合、階層の固定化が進み、経済的な格差も改善されないままになってしまう恐れがあります。
逆に、違った属性の人たちが夫婦になることが多い場合、社会全体が流動的になり、階層の固定化が小さくなると考えられます。
このように社会の流動性を測るバロメーターの1つとして、結婚したカップルの類似性が用いられてきました。
学歴でみた場合のカップルの類似性は低下している
結婚したカップルの類似性を測るためにさまざまな指標が用いられてきましたが、代表的なものに学歴があります。学歴のデータは取得しやすく、これまで同じ学歴の夫婦が多いのか、それとも違った学歴の夫婦が多いのかという点が検証されてきました。
国立社会保障・人口問題研究所の福田節也研究員らの分析によれば、同じ学歴の夫婦の割合は1980年に約62%だったのですが、2010年には約49%にまで減少しています(*1)。
このように、学歴という指標で見た場合、日本では似た者同士のカップルが緩やかに減少しているのです。
ただし、同じ学歴の夫婦の割合は2010年時点で約49%と依然として規模は大きく、やはり似た者同士のカップルがまだ主流だといえるでしょう。
(*1)Fukuda, S., Yoda, S., & Mogi, R. (2021) Educational Assortative Mating in Japan: Evidence from the 1980–2010 Census, 人口学研究, 57, 1-20.
夫婦ともに大卒のパワーカップル予備軍は4倍に増加
ちなみに、同じ学歴の夫婦の中でも大卒同士の夫婦の増加の勢いは強く、福田節也研究員らの分析によれば、1980年に約4%だった割合が2010年に約16%にまで増えています。約4倍です。
おそらく、都市部を中心に大卒夫婦の割合が上昇しており、これが夫婦ともに高収入のパワーカップル増加の背景にあると考えられます。
なお、ニッセイ基礎研究所の久我尚子上席研究員の分析によれば、夫婦共に年収700万円以上のパワーカップルは、2021年で31万世帯となり、総世帯の0.56%でした(*2)。また、共働き世帯の1.9%を占めていました。
これらの数値を見る限り、パワーカップルの数はまだ少ないといえるでしょう。ただし、大卒女性が今後とも持続的に増加した場合、大卒夫婦もそれに伴って増え、パワーカップルの数も上昇すると予想されます。
これは、似た者同士のカップルの姿が「高卒同士」から「大卒同士」へとシフトチェンジすることを示唆しており、消費行動や子育てにも影響すると考えられます。
(*2)久我尚子 (2022). パワーカップル世帯の動向――コロナ禍でも増加、夫の年収1500万円以上でも妻の過半数は就労, ニッセイ基礎研所報, 66, 57-62.
肥満度は結婚相手の学歴や年収とトレードされている
「結婚を取引として捉え、その取引に自分のスペックが反映される」という考えについては、エクセター大学のソニア・オレフィス教授らの研究で実証されています(*3)。
オレフィス教授らは、アメリカのデータを用い、調査対象者の肥満度(BMI)とその結婚相手の学歴や年収といったスペックの関係を分析しました。オレフィス教授らの狙いは、「BMIが高いほど、結婚相手のスペックは高くなるのか、それとも低くなるのか」という点を明らかにすることでした。
分析の結果、「BMIが高いと結婚相手の学歴や年収が低くなる」傾向があることがわかりました。この傾向は特に女性で顕著であり、夫の年収が4万ドル(約560万円)と8万ドル(約1120万円)を比較した場合、年収4万ドルの夫をもつ女性の方が5.4キロほど体重が重かったのです。
この結果は、結婚相手を探す際、BMIの大きさが相手の所得や学歴との交換条件として機能することを意味しています。高いBMIだと相手の学歴や年収が低くなる反面、BMIが健康的な水準だと相手の学歴や年収が高くなっていたのです。
この結果は、結婚がある種の取引であり、自分のスペックと相手のスペックをトレードしているという考えを支持するものだといえるでしょう。
(*3)Oreffice, S., & Quintana-Domeque, C. (2010). Anthropometry and socioeconomics among couples: Evidence in the United States. Economics & Human Biology, 8(3), 373–384.
恋愛結婚が主流の現在、取引としての側面が顕在化
「結婚相手は自分を映す鏡」という考えには「自分と似た人と結婚している」と「結婚を取引として捉え、その取引に自分のスペックが反映される」という2つの解釈があるわけですが、どちらも納得できる部分があります。
おそらく、直面する社会状況によって2つの解釈のどちらがより適合するのかという点が変わっていくのだと考えられます。
そこで、現在の日本社会を例にとって考えてみたいと思います。
今の日本では恋愛結婚が主流であり(*4)、自分で相手を探す必要があります。ただし、結婚は重要な決断ですので、誰でもいいというわけにはいきません。通常、「最低でもこれはゆずれない」という相手に求める条件があると考えられます。
この相手に求める条件と自分のスペックを勘案して、結婚相手を探していきます。ここで自分の持つスペックと相手の持つスペックが取引され、うまくはまれば結婚が成立すると考えられます。
このように、恋愛結婚が主流の現在の日本では、結婚の取引としての側面が顕在化している可能性があります。
(*4)岩澤美帆・三田房美(2005). 職縁結婚の盛衰と未婚化の進展, 日本労働研究雑誌, 535, 16-28.
恋愛結婚市場にDXの波が到来
近年マッチングアプリ等のインターネットサービスを利用して知り合ったカップルが増加しており、相手に求める条件や自分のスペックがデータとして利用されるようになってきています(*5)。
恋愛結婚市場にDX(デジタルトランスフォーメーション)の波が来ているといえるでしょう。
この新たな動きは、インターネットというバーチャルな空間を通じてパートナーを探す範囲が拡大したことを意味します。同時に、個人のスペックが情報として用いられ、結婚の取引としての機能が強化された可能性があるといえるでしょう。
(*5)国立社会保障・人口問題研究所(2022). 第16回出生動向基本調査