現在、日本では男系男子しか皇位継承を認めておらず、40歳以下で皇位継承権があるのは秋篠宮家長男の悠仁さまだけだ。神道学者で皇室研究者の高森明勅さんは「男系男子に固執していては、皇室は行き詰まってしまう。『男系男子』固執派のリーダーと見なされていた安倍晋三元首相も、実は男系にこだわってはいなかった」という――。
公務でスコットランドを訪問中の、生前のエリザベス女王(右)とチャールズ皇太子(新国王)=2022年6月30日、イギリス・エディンバラ
写真=PA Images/時事通信フォト
公務でスコットランドを訪問中の、生前のエリザベス女王(右)とチャールズ皇太子(新国王)=2022年6月30日、イギリス・エディンバラ

イギリスのチャールズ新国王は「女系」

去る9月8日、日本の皇室とも縁が深かった英国王室のエリザベス女王が亡くなられた。これによって、同国としては久しぶりに「女系」の君主が即位されることになった。新国王のチャールズ3世だ。

英国で女系の国王が即位したのは、ヴィクトリア女王の後に即位したエドワード7世(在位期間は1901年~1910年)以来のことになる。

エドワード7世が即位した時は「男系」によって、それまでのハノーヴァー朝からザクセン=コーブルク=ゴータ朝へと改称した。このザクセン=コーブルク=ゴータ朝が、英国とドイツが戦った第1次世界大戦中に、当時の英国内の反ドイツ感情に配慮して、ドイツ系の王朝名から現在のウィンザー朝に名前を改めた事実は、比較的よく知られているはずだ。ウィンザーは王室の離宮の所在地の地名に基づく。したがって、現在の王室はハノーヴァー朝から血統そのものが断絶したのではないため、その“直系”と見なされている。

「女系」とは女性の系統、つまり母親の血筋に属することを指し、チャールズ3世は母親のエリザベス女王の血統によって王位を継承されたので、「女系の男性君主」ということになる。

一方、「男系」は男性(父親)の血筋に属することで、たとえばわが国の敬宮としのみや(愛子内親王)殿下が即位される場合は天皇陛下の血統に基づくので、「男系の女性天皇」という位置づけになる。

その上で、もし敬宮殿下のお子様が皇位を受け継がれるとしたら、女性天皇である母親の血筋によって即位されるから、その方は「女系の天皇」ということになる。

「女系継承」は皇位の正統性を脅かすのか

ところで日本国内では、「女系」による皇位継承は、王朝の断絶・交替を招き、皇位の正統性が失われ、国民の分断をき起こして、日本はもはや日本ではなくなる……などという穏やかならざる主張が一部でなされている。

果たして、このたび「女系」の新国王が即位した英国でそのような事態が起きただろうか。

もちろん、エリザベス女王という偉大な存在が失われた結果、それまで目立った動きを控えていた英国内の「共和主義者」たちが声を挙げ始めたり、英連邦王国から離脱しようとする国が現れたりしても、不思議ではない(「産経新聞」9月14日付ほか)。

しかしそれらは、おもにチャールズ3世自身の資質や人柄、実績などによるものであって、血統が“女系だから”という理由で、「国王」の地位そのものの正統性や権威が揺らいでいるわけではない。

日本は世界の潮流から外れている

日本の一部では、イギリスで女系継承により王朝交替が起こって、チャールズ3世の父親だったフィリップ王配の姓(ファミリーネーム)であるマウントバッテン朝に改まるという臆測もあった。だが、そのようにはならなかった。

女系継承に基づく国民の分断や英国が英国ではなくなる――などに至っては、誇大妄想としてもあり得ない。

そもそも21世紀の現代に、伝統ある立憲君主国の中で「女系」継承によって君主の地位の正統性や権威が左右されるなどと大騒ぎする国が、一体どこにあるだろうか。

今どき、「一夫多妻」制を採用しているヨルダンやサウジアラビアなどを除き、君主の地位の継承資格を「男系男子」に限定しているような国は、日本以外には“ミニ国家”のリヒテンシュタイン(人口わずか4万人弱)ぐらいしか存在しない。

無理筋な「男系男子」限定

このように見ると、わが国での皇位継承の在り方をめぐる議論において、一部の人たちが、明治の皇室典範で新しく法的ルールとして採用された、皇位継承資格を「男系男子」に限定する“縛り”を頑なに維持しようとする姿勢は、かなり奇異と言わざるをえない。

もともとそのような縛りは、明治典範に規定されていた、正妻以外の女性(側室)から生まれた子供など(非嫡出子・非嫡系子孫)にも継承資格を認めるという旧時代的な仕組みと“セット”でなければ、決して維持できないルールだった。

今の皇室典範では、非嫡出子・非嫡系子孫には皇位継承資格以前に、“皇族”としての身分自体も認めていない。だから、もし本気で皇室の存続と皇位の安定的な継承を願うならば、皇室典範がルールを変更した時点で、それとセットで「男系男子」限定の縛りも解除しておくべきだった。

ここで注目すべきなのは、そうした無理筋な「男系男子」限定に固執する人たちが敬意を払っていた故・安倍晋三元首相の生前の発言だ。

安倍元首相は「『男系男子』固執派」だったのか

安倍元首相は、小泉純一郎内閣の官房長官として、女性天皇・女系天皇を可能とする皇室典範の改正を目指していた同内閣の方針を転換させて、「凍結」(問題解決の先延ばし)へと舵を切った。

また、野田佳彦内閣で検討を進めていた「女性宮家」プランについても、同内閣の後をうけて第2次安倍内閣が発足した直後に「白紙」(問題解決の先延ばし)に戻してしまった。

さらに、自民党が政権を失った野党時代、安倍氏自身の個人的見解として以下のように述べていた。

「敗戦という非常事態で皇籍を離脱せざるを得なかった旧宮家の中から、希望する方々の皇籍復帰を検討してはどうだろうか」(『文藝春秋』平成24年[2012年]2月号)

いずれも、「男系男子」固執派の人たちに寄り添った姿勢だ。

しかし、いささか意外かも知れないが、実はそのような立場で一貫していたわけではなかった。

国会議事堂
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安倍氏の“手のひら返し”の理由

いくつか発言を紹介する。

「(被占領下に)皇籍を離れた(旧宮家の)方々はもう既に……70年以上前の出来事でございますから、今は言わば民間人としての生活を営んでおられる……それを私自身がまたGHQの決定を覆すということは全く考えていないわけでございます」(平成31年[2019年]3月20日、参院財政金融委員会での答弁)

これは、先に引用した『文藝春秋』誌上での自らの発言を全面的に覆した答弁だった。この答弁については安倍氏が後日、周囲に「本意」は「違う」と釈明したという報道もあった(産経ニュース平成31年[2019年]4月1日、18時48分配信)。だが、国民への責任を伴う国会での答弁の方がもちろん重く、それを見る限り後の報道内容は苦しい言い逃れにしか聞こえない。では、なぜこのような“手のひら返し”が起こったのか。その謎解きは次の発言が参考になる。

「(旧宮家の当事者の中で皇籍取得の意思がある人は)いないんです」

これは私が直接、首相経験者の方から伺った安倍氏の発言だ。その方が安倍氏とサシの場で率直に「旧宮家で実際に皇籍取得の意思がある人はいるのかどうか」を尋ねたところ、安倍氏は正直に上記のように答えたという。

安倍氏は先の文章でも「希望する方々の……」と書いていた。しかし、「希望する」人が誰も「いない」のであれば、手の打ちようがない。それを国会の場で明け透けに語るのもはばかられるので、先のような答弁になったのだろう。

振り返ってみると、政府はこれまで旧宮家の当事者への意思確認について、不自然な答弁を繰り返してきている。たとえば次のような答弁だ。

「そうしたみなさんに(皇籍取得の意思を)確認したことはないし、していく考えもない。これは(今後も)変わらない」(令和3年[2021年]3月26日、参院予算委員会での加藤勝信内閣官房長官の答弁)

しかし、まず当事者への意思確認をしなければ、養子縁組その他の方法で、それらの人たちを皇室に迎えるわけにはいかない。だから不可解な印象を免れなかった。

これも先の首相経験者の方への安倍氏の回答によって、その“裏事情”を察することができる。つまり、政府は当然ながら旧宮家の対象となるべき人たちへの“非公式な”意思確認をすでに済ませていて、その結果、「(誰も)いない」ことが明らかになったので、先のような答弁を繰り返すほかなかった――ということだろう。

「憲法を改正しなくても女系・女性天皇は可能」

「憲法においては、憲法第2条に規定する世襲は、天皇の血筋につながる者のみが皇位を継承することと解され、男系、女系、両方がこの憲法においては含まれるわけであります」(平成18年[2006年]1月27日、衆院予算委員会での内閣官房長官としての答弁)

これは、安倍氏が政府の一貫した立場を表明したものだ。

内閣法制局の執務資料にも「憲法を改正しなくても、皇室典範を改正することにより、女系または女性の皇族が皇位を継承する制度に改めることができる」と明記している(『憲法関係答弁例集(2)』平成29年[2017年])。

巧妙に本音をぼかした国会答弁

「安定的な皇位の継承を維持することは、国家の基本に関わる極めて重要な問題であり……男系継承が古来例外なく維持されてきた重みなどを踏まえながら、慎重かつ丁寧に検討を行う必要がある」(平成31年[2019年]3月13日、参院予算委員会での答弁

これは一見、「男系男子」固執派に寄り添った発言という印象を与える。しかし内実は、そのような印象を狙いながら、「男系男子」限定を“必ず維持する”という断定を巧みに回避し、フリーハンドの余地を広く残した、よく工夫された答弁になっている。

まず「重み“など”」という言い回しで、男系継承の重み“以外”にも考慮すべき材料があることを示唆し、しかも答弁全体の力点は、あくまでも後段の「慎重かつ丁寧に検討を行う必要がある」に集約され、男系の「重み」から一直線に結論に短絡“しない”ことが明言されている。

文脈上、「検討」の結果次第では、目的として明示された「安定的な皇位継承を維持する」ための現実的な方策が優先されることを含ませた言い方になっている(接続助詞の「ながら」では前段と後段は並行的な関係にとどまり、前段が後段を規定することはない)。

皇位安定継承の唯一の解

以上の安倍氏の発言をつなげると、皇位継承問題に対しておのずと一つの解答に導かれる。それは、安倍氏本人がかつて“凍結”したはずの小泉内閣の時に設けられた「皇室典範に関する有識者会議」の報告書の結論部分に書かれていた内容だ。

「非嫡系継承の否定、我が国の少子化といった状況の中で、古来続いてきた皇位の男系継承を安定的に維持することは極めて困難であり、皇位継承資格を女子や女系の皇族に拡大することが必要である」(報告書20ページ)

「男系男子」固執派のリーダーと見なされていた安倍氏だったが、旧宮家の当事者に皇籍取得への意思を持つ人が「いない」という現実に直面し、非嫡出子・非嫡系子孫の皇位継承可能性が排除された条件下では、「男系男子」限定への固執は皇室の行き詰まり以外の結果をもたらさないことに気づいたのだろう。

ちなみに、国民である旧宮家系男性だけが“特権的”に婚姻を介さずに皇籍を取得する制度は、憲法第14条第1項が禁じた「門地もんち(家柄、家格)による差別」にそのまま該当する。だから、万が一それを“希望する”当事者がいたとしても、結局は認められない。

「女性」というだけで継承資格が認められない日本

このたび英国で女系の国王が即位され、今後もベルギー、オランダ、スペイン、スウェーデンなど各国で女性君主の即位が相次ぐことが予想される。現代の普遍的な価値観に照らして、女性・女系君主を排除するルールは、明らかに異例となっている。

そうした中で、今の制度のままでは次世代の皇位継承資格者はわずかお1人(秋篠宮家のご長男、悠仁親王殿下)だけという危うさを抱えるわが国が、いつまでも問題解決に後ろ向きの姿勢を続けるわけにはいかない。

天皇・皇后両陛下のたったお一人のお子様でいらっしゃる敬宮殿下がすでに成年を迎えられたにもかかわらず、そのご将来がいつまでも宙ぶらりんなままという残酷な状態は、一刻も早く解消されねばならない。単に「女性だから」というだけの理由で、皇統の直系に当たる両陛下のお子様に継承資格が認められないことの異常さに、私たちはとっくに気づいているはずだ。