離婚はしないけれど冷戦中という夫婦は少なくない
家事と子育てがほとんど全部を占める家庭生活のなかで、自分だけはそれを避けて通れると思っている夫にほとほと愛想が尽きた。言い訳や不平不満を耳にするのも嫌だったし、言い争いになってストレスを感じるのも限界だった。はなから、夫はいないと思うほうがマシだ。[椰月美智子『きときと夫婦旅』(双葉社)より引用]
――新刊『きときと夫婦旅』で47歳の女性・みゆきと、その夫・範太郎は、夫婦共働きにもかかわらず、範太郎が家事を分担しているのは「1%にも満たない」と書かれています。
【椰月美智子(以下、椰月)】みゆきと範太郎のような仮面夫婦は、現実にもよくいると思います。私は夫と、高校生の長男、中学生の次男と暮らしていますが、ママ友たちの話を聞いても、そういう関係の家庭が少なくない。妻はもうあきらめているというか、家庭内の役割分担を変えるのはもう今さらいいという感じですね。では別れるのか? というと、夫の借金や浮気、DVなど、より深刻な問題があったら話は別ですが、離婚するところまではなかなかいかない。
怒りのエネルギーだけで生きていた
【椰月】やっぱり育児は子どもが小さい頃の方がたいへんで、手間と手数がかかりますよね。それで、わが家もそうでしたが、子どもの世話をしない夫にいらつくじゃないですか。私も暴れん坊の男の子2人の面倒を見ていて、『明日の食卓』にも書いたようにスーパーでカートを人にぶつけてしまうとか、そういうこともあったので……。まるで親戚のお兄さんのようなスタンスで、遠目に見ているだけで動いてくれない夫に対して、本当に怒りを抱えていました。当時は怒りのエネルギーだけで生きていたと言えるぐらい(笑)。
ただ、それは手間がかかってイライラしていたわけなので、子どもが自分のことを自分でできるようになった今、その点に関しては夫に憤ることは少なくなってきました。
子育てに無関心だった夫と老後を過ごせるか
――小学校、中学校と子どもが成長するにつれて生活面での手はかからなくなりますが、勉強や進路が課題になってきますね。
【椰月】子どもの進路は家庭の一大事。そこで、夫が協力してくれるかどうかですよね。子どもの受験に熱心なお父さんもいるでしょうが、どちらかというと妻任せにする夫の方が多い。
小説のなかでも、子どもが中学受験をすることに対して夫の範太郎は、最初は「地元の公立でいいよ」と言い、次は「本人が行きたいなら私立に行けばいい」となり、最終的に「そりゃあ、私立のほうがいいに決まってるだろ」と、どこまでも適当です。
わが家も子どもの中学受験を体験しましたが、夫は範太郎と同じような感覚でした。自分のやることが増えさえしなければなんでもいい、みたいな。母親とはすごく温度差がありますよね。
――妻にとっては、一緒に子育てをしてくれなかった夫と長い老後を2人で過ごしていけるのかというのは、考えてしまうところです。
【椰月】そうですね。でも、長男で一家の大黒柱たれと育てられてきた範太郎は、きっと変わることはないと思いますよ。実際問題、こういう関係の夫婦は簡単には変わらないと思うので、老後も無理に一緒に行動しようとはせず、自分の好きなことをやって別々に過ごすのがいいと思います。
家事をしてもらうために、なぜ褒めなければならないのか
――夫が改心する、変わってもらう手段はないのでしょうか?
【椰月】よく「家事をしない男性に家事をさせるには?」という人生相談に、「うまく持ち上げて、少しずつできるところから……」というような回答がされていますが、そんなの嫌じゃないですか。夫が皿洗いしてくれたら「うまくできたね」とか「ありがとう」なんて、全然言いたくない。「こっちはずっと何年も皿洗いしているんだよ」「あなたは1回でも『ありがとう』と言ってくれたことがある?」って言ってしまいそう。だから、本当に夫の意識改革をしたいなら、プロのカウンセラーのところなどに行くしかないのではと思いますね。
――椰月さんのように昭和生まれで50代ぐらいの女性は「子どもの世話は母親が見るものだ」と役割を押し付けられがちでしたが、20代、30代では、父親も子どもの面倒を積極的に見て、夫婦で協力しているカップルが増えていますね。
【椰月】その世代間ギャップは感じます。若い方は互いに思いやって家事を分担して、家庭を築いているカップルが多いですよね、頼もしいです。私も10代の息子たちには「自分の生活に必要な家事は自分でできるように」と口うるさく言っています。それでも、子どもたちは自分の洗濯物すら出してきませんけど……。ある意味、私は夫に怒ることで「夫婦がうまくいかなくなる原因はこうだよ」と、息子たちに見せつけているのかもしれません(笑)。
いつでも一人で生きていける経済力を持つことが大切
――40代、50代以上で家事をしない夫を許せない妻はどうすればいいのでしょうか?
【椰月】もっと上、私の母親のような世代はほとんどが専業主婦で、夫のことは我慢するしかないという人が多かったと思うので、私たちとしては、いつでも一人で生きていけるように経済力を身に付けておくことが大切だと思います。やはり、私たちの世代には、稼ぎは男の方が多いからという理由で、「家計にお金を出している夫のほうがえらいんだ」とされてしまう風潮が残っているので、夫に頼らないでもやっていけるようにするのが一番かと。
――夫を変えるより、自分がキャリアアップしたほうが早いということですね。
【椰月】あとは自分の状況を俯瞰して見ること。目の前で起きているのは自分の世界だけのことだと思えばいいんだなということに最近、気が付きました。誰かと比べなかったら、自分の世界だけで完結しているはずなので、自分の人生に自信を持った方がいい。私は作家なので、中学受験のことも、もちろん子どものためを思って受験したんですけど、結局は自分の小説の題材にもなっています。夫のため、子どものためではなく、あらゆる出来事は全て自分のために起こるべくして起こる。そう思うと、人のせいにすることもなくなり、案外強く生きられるんじゃないかなと思います。
――椰月さんは児童文学の作品でデビューされて、その後、『明日の食卓』のような一般向けの小説を書くようになりました。そのきっかけは、ご自分が結婚、出産、育児を経験したことだったのでしょうか。
【椰月】そうですね。小説を書くときに、自分が知ったことは書かずにはいられないというか、そこは避けて通れないという気持ちでした。『明日の食卓』を書いたときも、母親が子どもに手を上げるとか虐待などのニュースが注目されていたときで、「ひどい母親だ」という意見を多くの人が言っていました。もちろん手を上げるのはいけないけれど、そうしてしまうのはなぜなのか? どうしてそこまで追い込まれてしまったのか? と考えたとき、原因が夫側にあることが多いのではないかと。
大変な思いで、てんてこまいの子育てをしているときに、夫が一緒に寄り添ってくれていたら、虐待なんて起こらないと思うんですよね。本当に母親だけで世話して、ワンオペでいっぱいいっぱいでどうしようもなくなって……というケースがあるのではという考えから書いた小説でした。
『きときと夫婦旅』は、そこからまた時間を経て感じたことを込めました。読む人には、みゆきと範太郎のやり取りにクスッと笑いながら、夫婦とは何かと考えてもらえるとうれしいです。