社員数3万人を超える大手印刷会社に男女雇用機会均等法1期生として入社し、女性初の部長、女性初の執行役員、そして女性初の取締役に。理系の技術者からステップアップしてきたキャリアを振り返ってもらった。
大日本印刷 取締役 人財開発部・ダイバーシティ&インクルージョン推進室担当 宮間三奈子さん
撮影=干川 修
大日本印刷 取締役 人財開発部・ダイバーシティ&インクルージョン推進室担当 宮間三奈子さん

入社翌年の結婚で事務職に。いきなりキャリアが停滞

他人から見れば、道なき道を歩んできた女性総合職1期生。しかし、本人は前例がなくても自分の仕事をやりたかっただけだと語る。大日本印刷の生え抜きで、初の女性役員、そして取締役になった宮間三奈子さんは、女性初の技術開発者という立場からキャリアをスタートさせた。1986年に総合職として入社した女性は30人弱。宮間さんは希望どおり研究開発部門に配属される。しかし、同期の男性と職場結婚すると、配置転換で事務職になってしまった。

共働きは珍しいため社内報にも取り上げられた
共働きは珍しいため社内報にも取り上げられた

「勤務していた研究所でも、既婚の女性エンジニアが働くという前例がなく、『家庭と仕事の両立はたいへんだろうから』という配慮によって、タイムカードの管理など庶務的な仕事になってしまいました」

当時の日本企業は、女性は結婚したら退社するのが当たり前だったが、「そもそも私は配置転換してほしいなんてひとことも言っていないのに」と納得できず上司に相談。すると「宮間さんにとって『鬼に金棒』となるものをつくりなさい」とアドバイスされた。産休から復帰後、感性工学に基づいた技術開発をしたいとリポートをまとめ何度も提出。2年後、研究職に戻ることができた。

「それまでは改善策を出しても『宮間さんには関係ないでしょ』とピシャっと拒否されたことも。研究のラインに復帰したらしたで、他部門の男性管理職に『よく研究職に戻れたね』と言われてしまいました」

C&I事業部IT開発本部の多彩なメンバーと
C&I事業部IT開発本部の多彩なメンバーと

前例がないとはねつけられても、引かない粘り強さ。私生活では保育園と実母と義母の助けを借りながら幼い子を育て、最新式の家電や住宅設備をフル活用し家庭を回してきた。

「娘が小学校に入って初めてお母さんが専業主婦である家庭の子と接し『すごいんだよ。学校から帰ってくると、お母さんがおかえりって言ってくれる家があるんだって』と報告してきたのは忘れられないですね」

「お母さんは仕事をやめられないの?」と聞かれて「私から仕事を取らないで。気が変になってしまう」と答えたことも。現在も同居する長女は戦友のような存在だという。

開発したシステムを販売。目標が達成できずに苦戦

37歳のとき画像合成技術を使って商品の色変更のシミュレーションなどが簡単にできる「Tri-V DESIGNER(トリヴデザイナー)」をリリース。自分のアイデアを実現したビジネスを成功させるべく、企画開発部門へ移った。システムが大型ショールームに採用されて成功の喜びをかみしめる一方、売り上げを背負う重圧も。43歳で室長になったが、毎月の目標を達成するのは簡単ではなかった。

「順調でないときは、会議で何を言っても言い訳になってしまう。開口一番『ご期待に沿えず申し訳ありません!』と謝ったこともあります」

2016年の内定式のあと記念撮影
2016年の内定式のあと記念撮影

チームの空気が沈んでしまい、部下から「何をやりたいかを言ってください」と直言された。それ以来、オープンマインドを心がけ、自分のアイデアや課題を部下と共有するように。結婚後の不本意な異動とは違い、売り上げが伸びるかどうかは自分の力しだい。2年で技術部門に戻ることになり、挫折したような気持ちにもなったが、その後も「稼げる技術集団」になることを目指した。

しかし、52歳のとき、これまでとは畑違いの人財開発部門の部長に。「考えたこともない部署なので悩みましたが、大きな仕事ができると思って」異動し、採用や研修を担当した。技術者から人事の管理職へ。そして、経営陣への道も見えてきた。次世代リーダーを育成するプロジェクトで唯一の女性候補となり、56歳で執行役員に就任。それは後輩の女性たちが待ち望んでいた瞬間だった。

「祝福の言葉をたくさんもらいました。もちろんそうして前例をつくることは大切ですが、私としてはむしろロールモデルがいないほうがやりやすかった。なぜなら、先行例と比較されずに済んだので(笑)。たとえ前例がなくても、自分はこうしたいというビジョンが明確にあり、それが会社にとってもメリットのあることなら、理解してもらえるはず」

宮間三奈子さんのLIFE CHART

「前例がない」ということは時に障壁に、時にメリットにも

宮間さんにとって「前例がない」ということは時に障壁に、時にメリットにもなった。しかし、女性だからということで自分が味わってきたような悔しい思いは、後に続く人にはしてほしくない。

クリスマスは自宅をキラキラに飾り付ける
クリスマスは自宅をキラキラに飾り付ける

21年、取締役に就任すると、役員・副事業部長クラスの男性が女性部長や課長の「スポンサー」となり、一緒にキャリアアップに取り組むプログラムを始めた。狙いは女性が正当に評価され引き上げられることだが、男性上司の意識改革も期待できる一挙両得の策だ。

「思えば、新人の頃からこういう仕組みにしたほうがいいと思うと、実現するまであきらめないタイプでした」と笑顔で振り返る。

「難しそうに見えても、たいていのことはなんとかなるもの。管理職になる女性は自分の可能性にかけ、そこから新たに始まるキャリアを楽しみにしてほしいですね」

役員の素顔に迫るQ&A
社内用刺しゅう入りバッグと隂山手帳

Q 好きな言葉、座右の銘
「新世界をかなでよう」

Q 趣味
クリスマス・イルミネーション

Q ストレス解消法
筋トレ、歌舞伎鑑賞

Q 愛読書
「銀座百点」(フリーマガジン)

Q Favorite item
社内用刺しゅう入りバッグと隂山手帳

宮間三奈子(みやま・みなこ)
大日本印刷 取締役 人財開発部・ダイバーシティ&インクルージョン推進室担当
1986年、上智大学大学院理工学研究科修士課程を修了し、大日本印刷に入社。2005年、C&I事業部DB本部VR企画開発室長。同事業部IT開発本部第4開発室長を経て14年、人財開発部長に。18年、執行役員に就任。19年、人財開発部・ダイバーシティ推進室(現ダイバーシティ&インクルージョン推進室)担当。21年、取締役に。