離婚時の「年金分割」は老後の生活に大きく影響します。働きざかりの女性が気をつけるべきポイントは何でしょうか。ファイナンシャルプランナーの長尾義弘さんは「妻が高年収の場合、年金分割で夫にギャフンと言わせるつもりが、妻が言う羽目になることもあります」といいます――。

※本稿は、長尾義弘『私の老後 私の年金 このままで大丈夫なの? 教えてください。』(河出書房新社)の一部を加筆再編集したものです。

妻と夫が貯金箱を引っ張りあう
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稼ぐ妻が年金分割を請求すると…

D子さんは、12年の結婚生活にピリオドを打つという決心をしています。ほとほと愛想も尽きたというのは、このことだと。もう顔も見たくはない、話したくない、一緒の空気も吸いたくないって気持ちになってしまったのです。

お金にはルーズで甲斐性がない夫です。夫よりD子さんの方が給料も上です。なんとか、その夫に「ギャフン!」って言わせて別れる方法はないかと模索していたところ、離婚経験のある先輩から、夫の年金も半分受け取れるということを聞き、その手を使えないかと考えたD子さんは、私のところに質問にやってきました。

離婚したときに配偶者の年金を最大50%分けることができる制度が「離婚時の年金分割」です。しかし私はこう答えました。「残念ながら、それを申請するとD子さん、あなたの年金が減ってしまいますよ」

その答えに、D子さんは、目を白黒させていました。

さて、なぜ私はそう答えたのでしょうか。その理由を解説しましょう。

3組に1組が離婚する現実

離婚の件数というのは、2002年からずっと減少傾向にあります。しかし、同居期間が20年以上の熟年離婚については、2000年近くまではずっと増加傾向にありましたが、最近はほぼ横ばいで推移しています。

とはいっても、年間の離婚件数は、約20万件です。婚姻件数をみると約60万件です。ということは、3組に1組は離婚しているということになります(厚生労働省「人口動態統計」より)。この数字をみるとけっして他人事ではありませんね。

そもそも、「離婚時の年金分割制度」とは何なのかを説明していきましょう。だいたい次のようになります。

婚姻期間中の厚生年金は、夫婦共同で支払っているとみなされるものです。たとえば、専業主婦の場合は、夫が毎月、厚生年金保険料を支払っていて、妻は実質的には支払っていません。それでもこの保険料というのは、夫婦共同で支払っていることになります。

共働き夫婦のケースも同じで、夫婦の婚姻期間中の厚生年金を合わせて、分割するということになります。分割の割合は話し合って決めることになりますが、多い方から少ない方へと付け替えることになります。

年金分割には2種類ある

この「離婚時の年金分割」には「合意分割」と「3号分割」の2種類があります。

なお、この制度は夫婦のいずれかが厚生年金に加入している人が対象です。自営業者やフリーランスなどの第1号被保険者は厚生年金ではないので、適用されません。また入籍前や離婚後は分割の対象にはならないので注意してください。

また、請求期限もあります。原則どちらも、離婚した翌日から起算して2年以内となっています。すでに離婚をしていても、2年以内なら請求することができます。2年過ぎてしまっていたら、残念ながらダメです。

・「合意分割」
「合意分割」は、当事者(妻と夫)の間で分割する方法で、どちらか一方、あるいは双方が請求することで可能になります。分割の按分は、当事者の合意で決められます。もしも合意にいたらないときには、家庭裁判所が決めることになります。按分割合は最大でも2分の1までです。対象は2007年4月1日以降の離婚です。

・「3号分割」
「3号分割」というのは、国民年金の第3号被保険者(専業主婦〈夫〉)からの請求によって行われます。こちらは平成20(2008)年4月以降の婚姻期間が対象になり、この間の夫(妻)の厚生年金を2分の1に分割できます。
3号分割に、当事者の合意は必要ありません。そのため請求すれば、ほぼ自動的に半分の厚生年金を受け取れます。

「年金分割」をすると給与の高い方が減額になる?

D子さんの場合を見てみましょう。

D子さんの平均月収50万円(年収600万円)、夫の平均月収35万円(年収420万円)という夫婦です。婚姻期間は12年で按分割合を50%だとすると、次の結果になります。

D子さんの婚姻期間中の厚生年金(比例報酬部分)は、年間約40万円。
夫の婚姻期間中の厚生年金(比例報酬部分)は、年間約28万円。

これを足して2で割るので、D子さんの厚生年金のうち、年間約6万円が夫の方に行くということになります(年金分割の結果は、D子さんの厚生年金34万円、夫の厚生年金34万円となります)。

夫に「ギャフン」と言わせるつもりが、これでは逆に自分が「ギャフン」ということになってしまいます。これは、夫には知られたくないことになってしまいました。

お金の精算をする夫婦
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D子さんの場合には、妻の給与が高いからですが、逆に妻の給与が月額35万円、夫が月額50万円という場合には、夫の厚生年金の約6万円が妻の厚生年金に移行するということになります。夫がフリーランスで妻が会社員だった場合は、婚姻期間中の妻の厚生年金(比例報酬部分)の半分が夫の厚生年金に行くということになります(按分割合が50%のとき)。

「年金分割」での金額はどのくらいなのか

「離婚時の年金分割」の金額を計算するというのは、単純に夫(妻)の厚生年金額の半分ではありません。婚姻期間中に支払った厚生年金保険料を基に金額を算出するので、計算はかなり複雑になります。

でも「相手に内緒で金額を知りたい」というときは、「年金分割のための情報提供請求書」と所定の書類を年金事務所に出せば、「年金分割のための情報通知書」を受け取ることができます。これなら離婚前に相手に知られずに、分割後の受取額を知ることができます。この「年金分割」で受け取れる年金は、65歳になったときに自分の年金として支給されます。

長尾義弘『私の老後 私の年金 このままで大丈夫なの? 教えてください。』(河出書房新社)
長尾義弘『私の老後 私の年金 このままで大丈夫なの? 教えてください。』(河出書房新社)

この年金分割によって分けられる金額というのは、それほど多くはありません。D子さんの夫がもし請求したとしたら受け取れる金額は、年額約6万円です。月額にすると約5000円くらいです。D子さんの場合は、婚姻期間が12年でしたので少ない金額です。

夫の平均月収が35万円で、婚姻期間が30年、妻は専業主婦という場合には月額約3万円です。「3万円ぽっち?」という感じはしますが、年額36万円で、10年で360万円、20年で720万円になります。

この年金分割の厚生年金は“自分の年金”なのです。ですので、相手が先に死んだとしても年金分割で分けた金額はそのままですし、再婚をしたとしても年金額は変わりません。また、65歳以降の受け取りにして繰下げ受給をした場合にも増額になります。