天台宗僧侶の髙橋美清さんのところには、悩みを抱えた女性が次々とやってくる。夫のモラハラで悩み、思い詰めて「死にたい」と口にする女性に対して髙橋さんは「死について時間をかけて話し、死にとらわれていた心を解放してから、『モラハラ夫』との関係をどうするか一緒に考えた」という――。
天台宗僧侶の髙橋美清さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
天台宗僧侶の髙橋美清さん

妻を無視する「モラハラ夫」

私のところには、さまざまな悩みを抱えた女性がいらっしゃいますが、先日は夫の「モラハラ」に悩む20代の女性が来て、開口一番「死にたいんです」と言うのです。「急にそんなことを言われても困りますよ」と伝えて少し話をすると、徐々に彼女も落ち着いてきて、こんな話をしてくれました。

仮に彼女をAさんとしましょう。Aさんは、以前はバリバリ働いていたのですが、自営業を営む県外の男性と恋に落ちて結婚し、2年ほど前に仕事を辞めて地縁のない土地に嫁いできました。

ところが、持病の治療のために1週間ほど実家に帰省してから戻ってみると、夫がまったく口をきいてくれなくなったのだそうです。家を空けることが増え、ごはんを作っても食べないし、話しかけても無視されてしまいます。

「なぜ無視されるようになったの?」とAさんに尋ねると、「地元に治療しに帰ったことが気に入らない」と言われ、そこからモラハラが始まったそうです。「『(地元に)ちょっと帰って来るね』という話をした時は、特に反対もせず『うん』と言われたから帰省したんです。イヤならイヤと言ってくれたらよかった。私は人の心が分からなくなりました」と言うのです。現在住んでいるところには相談できる友達もおらず、気晴らしできる場所もなく、一人で思い詰めているようでした。

「モラハラ」に加えて「マザコン」も

そこでまず、「心の中で大きく育ったその“悩みの果実”が、どうして実ってしまったのか、育った過程をみてみよう」と提案したんです。「そして、実を割って、中を見てみようね」と。「因果」と言う言葉がありますが、結果から丁寧にさかのぼれば、原因にたどり着けるのではと考えたからです。

話を聞くうちに、Aさんの悩みは、夫が口をきいてくれないことだけでなく、夫がマザコンで精神的に義母に頼り切りであることや、近くに住む義母がAさんを気に入らず、「離婚しろ」などと言ってくることにあることも分かってきました。さらには、夫が生活費をあまりいれてくれないといったお金の問題も。

これまで大きな挫折を味わったことのなかったAさんは、結婚がうまくいかなかったことでショックを受けたようです。何度も「死にたい」と言っていました。

「死んだらどうなるか」のシミュレーション

そこで私は、「そんなに言うのなら、あなたが死んだらどうなるか、一緒にシミュレーションしてみる?」と提案しました。ちょっと残酷なシミュレーションかもしれませんが、簡単に「死」を口にする人と、死についてきちんと話しあうことは大きな意味があると思ったからです。もちろん相手の様子を慎重にうかがいながらの判断になります。

「あなたが死んだ後はどうなるの?」と聞くと、「お葬式」だと言います。私は「甘い」と言いました。

「自殺したご遺体の後片付けはとても大変だけど、それを誰かにやってもらうの? 自分のなきがらを親に見せるの?」と聞くと、Aさんはハッとした様子で「いやだ」と言います。こうしたやりとりを重ねるうちに、Aさんの表情も変わってきました。「だったら天寿を全うして、『ありがとう』と言って死のうよ」と伝えました。

そして「じゃあ、死ぬのはやめようか」と言うと、ようやく笑ってくれました。

やりとりは6~7時間に及びました。時間をかけてじっくり話し、死にとらわれていた心が解放され、フラットな状態になったところでようやく、夫との関係をどうしていくか、一緒に考えることにしました。

あなたを傷つける人と一緒にいる必要はない

それからのAさんとのやりとりは数カ月に及びました。「夫との仲を修復したい」と言っていたかと思うと、「もう離婚する」と言って帰っていき、自宅から「やっぱり言えなかった」と連絡がきたりもしました。気持ちが揺れていたようです。

ある時、Aさんは食卓の雰囲気を変えて気分を一新しようと、新しいお皿を買ったそうです。でも、せっかく作った食事に手を付けない夫、口をきいてくれない夫を思うと「つらくて、お皿を箱から出せない」というんです。私は「せっかくかわいいお皿を買ったのなら、箱から出そうよ。気分も華やぐよ。でも、お皿が入った箱を見ているだけでつらいなら、そのお皿は捨ててしまいなさい」と告げました。

植物を育てる時は、丈夫な苗を育てるために、出てきた芽を間引くことがあります。それと同じで、今後の自分の成長に必要かどうかを見極め、必要でないことは間引くことも、時には必要です。

私は断捨離が下手で、「これはいつか何かに使えるかも」と思ってしまい、ついなんでもかんでも捨てられずに取っておいてしまいます。そんな自分の性格がわかっているので、一層意識して、「丈夫な苗を育てるために。本当に大切なものを、大切にするために」と思って断捨離するようにしています。

特に異性関係では、それが大事だと感じています。もちろん、他人を思う気持ちは尊いものですが、好きという気持ちに引きずられ過ぎてはいけません。

Aさんの夫はハンサムで、経済力もある人だそうですが、家で落ち込み悩んでいる彼女を見ても、「悪かったな」の一言もなく無視し続けている。「暴力は論外だけれど、あなたをひどく傷つける言葉や態度を取る人とは、無理に一緒にいる意味はないんじゃないの? 彼があなたの成長の栄養になるのか、毒になるのか、よく考えてみて?」と話しました。

廊下でうなだれる女性
写真=iStock.com/xijian
※写真はイメージです

仏様は有事の時に人の本心を見せてくれる

Aさんが、苦しくても離婚しない理由はほかにもありました。結婚式を挙げた時、地元の友達や親戚からは、「かっこよくて素敵な人と結婚して本当によかったね。しかも経営者なんでしょう。玉の輿だね」と、うらやましがられるほどだったので、今さら離婚して地元に戻ることは屈辱だというのです。

「人目を気にすること」と「自分を傷つける人と離れること」を比べたとき、どちらが間引いて断捨離すべきもので、どちらが残して育てるべきものでしょうか。

自分が思っているほど、まわりの人はあなたのことを気にしていないものです。それにもし、離婚して地元に戻ったとしても「あ~あ、失敗して帰って来ちゃったんだ。かっこわるいね」なんていう人がいたら、それはもとから本当の友達ではなかっただけのことです。

仏様は、有事にこそ人の本質を見せてくれます。それは私が僧侶だから見えるのではなく、皆さんの周りにいる仏様やご先祖さまが見せてくれるのです。仏様やご先祖さまが教えてくださった、あなたの人生に害をなす人を、無理して繋ぎ留めておく必要はないのではないでしょうか。

Aさんは今もまだ、夫と別れるかどうか悩んでいます。ただ、もう「死にたい」とは言わなくなりました。私にできることは、悩みの中にいる人の手をひいて、溺れないところまで上がってくる手助けをすることだけです。

一度きりの人生を泣いて暮らすのではなく、楽しく、一隅を照らすように過ごしてほしいと思っています。

「欲」は持っても、「我欲」は持つな

多くの悩みは「執着」に端を発することが多いように思います。Aさんも、執着があるから手放せないのではと感じました。執着をなくすことで楽になることができるはずです。

この執着というのは、誰かを深く思うこと、愛情と混同してしまいやすいものでもあります。

似て非なるこの感情の決定的な違いは、そこに自分本位な“我欲”や“おごり”があるかどうかです。世間では、元交際相手に執着して危害を加えるといった、悲しいストーカーの事件をよく耳にします。これは、「自分の方が相手のことをよく知っている。だから相手の言うことは無視してもいいんだ」といった“驕った”ふるまいですし、相手を支配したいという“我欲”に他なりません。

「欲」はあってもいいと思います。例えば、「意欲」という言葉。何かを突き詰めるために、意欲を持って取り組むのはよいことです。ただ、「私」をすべてに優先するようになると「我欲」になってしまいます。

今月のひとこと
今月のひとこと

私が毎日あげている、妙法蓮華経の自我偈じがげというお経の中に、「我此土安穏がしどあんのん 天人常充満てんにんじょうじゅうまん」という言葉があります。これは、私たちが住むこの世は安らかであり、常に天女や神々、仏様が充ち満ちており私たちを守ってくださっているという意味です。

職場や学校などさまざまなところでモラハラは起きています。それが、自分が愛した男性から受けるモラハラであれば、なおさら耐え難いことでしょう。しかし、家庭内のモラハラの場合は、ほかの家族や周りの人間関係にまで影響が及びますし、すぐに答えを出すのが難しいケースもあるでしょう。

そんな時は、「我此土安穏 天人常充満」と唱えてみてください。私もつらい目に遭った時、自分はこの先、きっと幸せになると信じて、この言葉を唱えました。仏様は、頑張って困難を乗り越えようとしているあなたのことを、きっと見てくださっています。

そうして心を落ち着けたうえで、自分が執着してしまっているものがないか、自分の成長に不必要な間引くべきもの、断捨離すべきものがないか、考えるようにしてほしいと思います。