伝えるために「聞く」。まずはそこからスタート
「WBS」のメインキャスターに就き、2022年の春で9年目を迎えることになりました。報道一色となった私が「伝える」ために、一層心がけていることがあります。それが「相手の話を聞くこと」。ある事柄を伝えるためには、取材対象者から本音を引き出すことが重要になります。そのために、とにかく相手の話を「聞く」。
質問事項は箇条書きにして、頭にたたき込んでおきますが、そこにこだわると相手が本当に言いたいことに耳を傾けられないことも。その場で、その人が、私だけに語ってくれることがあるはずで、そのヒントは必ず会話のなかにあります。相手が投げてくれた微細な言葉や想いを逃したくない。だからこそ、基本のキである「聞く」ことをずっと大切にしているのです。
伝える技術が乏しくて苦労したのは、この仕事に就くために各局を奔走した就職活動でしょうか。ことごとく試験に落ち、残すはテレビ東京だけとなったとき、「なぜ私の想いは伝わらないのか」を考え抜いた夜がありました。
そこで「自分を過剰に大きく見せようとしている」ことに気がついたんです。
“私ではない私”を見せるなんて無理だよね、とわかったら、心がフッと軽くなって。ならば小さくても確実に持っているものをていねいに見せよう。そう思い直して臨んだら、見事合格。人間は鎧を着けて生き続けることなどできない。肩肘張らず、等身大の自分でいることが「伝わる」大前提なのだと、この時期に学んだのです。
「主張は控えめに」。その品性を守り続けたい
そして報道キャスターとしてカメラの前でニュースを伝えるときは、「主観を挟まず伝える」ことを大切にしています。重要なのは「事実」なので、どの事実が最重要なのかを見極め、感情的な言葉が入っていたら、削って削って整えていくのです。
たとえば「30もの」という原稿は「30の」にして、「も」の1文字を削ります。理由は、30という数字は多いもの、という制作サイドの主観が入っているから。この数字をどう判断するかは視聴者の方々次第で、その意識は決してコントロールしたくない。だからとにかく客観的にお伝えすることを心がけているのです。
こう考えるようになったのは、司会を担当した「東急ジルベスターコンサート」で、ジャズピアニストの小曽根真さんとご一緒したことがきっかけでした。「小曽根さんの奏でる美しい音色をお楽しみください」という原稿に、彼は「音色の感じ方はお客様次第。『美しい』は必要ないのでは」とおっしゃいました。ガイドをつけることが、意識を誘導する可能性があると知り、目からうろこが落ちたことを覚えています。
もうひとり、私に大きな影響を与えたのが、「田勢康弘の週刊ニュース新書」という番組でご一緒したジャーナリストの田勢康弘さんでした。「本当に伝えたいことは控えめに言う。一歩引いて語ったほうが相手の心に残ると私は思う」。この言葉は今も深く胸に刻まれています。自分が正しいと思うことが他者にとっては違うこともあります。意見を相手に押しつけすぎないことも、「伝える」ための重要なポイントだと学んだのです。これからも事実と真正面から向き合い、報道に携わっていきたい。そう考えています。
伝え方賢者の愛用品
左/ノートパソコンは本番中も横に置き、市場の動きをチェック。右/名刺入れは2個持ち派。大容量のスマイソンに加え(手前)、小さなバッグやジャケットに入る薄手のエルメスも愛用する(奥)。