イギリスでは、独身志向の女性が増えているという。コロナ禍では、卵子を凍結保存するシングル女性も増加した。結婚はしないがデートはする、出産・子育てもするという現地のシングル女性たちの姿を、イギリス在住のジャーナリスト、冨久岡ナヲさんがリポートする――。

成人女性の35%が「非婚」

英国では、ここ15年の間に、結婚や事実婚を一度も経験していない70代以下の成人女性が倍増した。その数は、離婚者や未亡人を除いた成人女性人口の35%に達する。結婚して家庭を持つことが当たり前とされた時代は去り、30代のうちから生涯独身を選択する女性もいる。

イギリスの有名な女性作家、ジェーン・オースティンの小説は、『偏見と高慢』『分別と多感』など、どの作品も18~19世紀の平凡な中流階級女性がめでたく結婚するというストーリーだ。

当時の女性は、結婚するまでは父親の、結婚後は夫の「所有物」だったので、女性のステータスといえば「未婚」「既婚」のどちらかしかなかった。特に中流階級以上では女性の役目は「子どもをたくさん産み、夫に心の安らぎを与える家庭の天使」であること。結婚するときに持参した財産は夫に取られ、経済的自由のない籠の鳥のような暮らしだ。でも独身のまま実家にいれば父や兄弟に養われるしかなく、周囲からは「スピンスター」(「オールドミス」と同じような意味)と呼ばれて肩身の狭い思いをして生きなくてはならなかった。

ビクトリア時代の女性はこぞってオースティンの本を読み、ハッピーエンドな結婚に憧れた。ところが著者本人は、皮肉にも一生結婚していない。なるべくいい条件で娘を嫁がせようとする親や、自分をライバルより魅力的に見せようとする女性たちの涙ぐましいまでの努力を、どこか冷めた目で見ているのが文章から感じられる。

本の売り上げから自活できる収入があったとはいえ、出版は匿名で行い、出版社との契約やお金の交渉については銀行家だった兄に一任していたオースティンを例に取るまでもなく、独身女性が活躍するのはとても難しい時代だった。

「経済的安定のための結婚」はもう要らない

今では英国女性はバリバリ仕事をしており、起業家の3人に1人は女性だ。男女間の収入格差も縮まっている。国内ではまだまだ業界トップに女性が少ないという声がよく聞かれるが、日本人から見るとうらやましく見えるほど、管理職に就いている女性が多い。

旅行好きなレベッカさんはシングルライフを謳歌している
旅行好きなレベッカさん(仮名)はシングルライフを謳歌している(写真提供=レベッカさん)

経済力のある女性が最初に考えなくなるのは「金銭的な安定を得るために結婚する」ことだ。1970年代には75%の女性が25歳までに結婚し、30歳までに91%が「家庭に収まって」いた。女性の地位と収入が低かったこともあり、「生活のための妥協」としての結婚は当たり前だったのだ。

現代の女性は妥協しない。旅行業界に勤める29歳のレベッカさん(仮名)のライフスタイルを聞いてみた。あと4カ月で30代に突入する。「祖母の時代だったら『そろそろ結婚しないと手遅れになる!』と言われる年齢」と笑う。結婚も同棲も考えないボーイフレンドがいたが、4年前に別れた。以来特定の男性はいない。

「選んでもらう」なんてまっぴら

「でも『何かが足りない』とは感じません」

収入は英国の平均年収額3万1000ポンド(2021年、日本円で約475万円)よりも少し多い。勤務先は入社3年目、PR部署で順調にキャリアを積んでいる。ようやくコロナ禍が終わりそうな今、これからどうやって観光産業を復興させていくかで頭がいっぱいだ。

「同棲の良さも面倒くささも、経験したので知っています。結婚はさらなる足かせ。どれも今の私には必要ないんです」と肩をすくめるレベッカさん。友人もたくさんいてよく集まる。趣味はダンス。そしていつかワイン投資をと、ソムリエ資格の勉強中。充実した暮らしを送っている。

だからといって男性とのお付き合いを避けているわけでは決してない。スマホのデートアプリを使うレベッカさんは、相手を見つけるのは簡単だという。

愛用のアプリは英国で最も普及しているティンダー(Tinder)や、バンブル(Bumble)だ。

後者は、まず女性から声をかけなくては始まらないシステムで、レベッカさんのように「誰かに選んでもらうのを待つなんてまっぴら」という女性に人気がある。ボーイフレンドと別れてから今までに7、8人の男性とデートした。1回会って終わりだったり、少し続いたりといろいろだが、ほぼ全員がアプリを通しての出会いだ。

「セルフパートナー」の時代がやってきた

同年代の女優エマ・ワトソンが英ヴォーグ誌のインタビューで「私のパートナーは自分自身。セルフパートナーなんです(self-partnered)」と語るのを聞き、「私のアイデンティティはこれだ!」と思ったそうだ。

英語に「ベターハーフ」という言葉がある。男女とも「半分」ずつの存在であり、よい結婚相手と出会ってはじめて1個になり完結する、という表現にいつも違和感を抱いていた。「どちらの半分も自分。1人で完結していてもいいじゃないですか。本人がハッピーなんだから!」と、自分自身と結婚式を挙げる「ソロ・ウェディング」にも憧れていると言う。

デートアプリを使って相手を見つける場合、プロフィールで「結婚の意思はない」とお互いに事前確認ができることが多い。これを利用して、既婚男性が独身と偽り、実は浮気相手を探すという例は絶えない。職場でも、「自立した女性はセックスをスポーツのように考えていて楽」と思いこんでいる男性もいて、結婚する気のない独身女性は変な理由からモテる。これはもちろん既婚女性には歓迎されない。

ネットで白熱する既婚vs.独身女性のバトル

英国最大のママ向けオンラインフォーラム「マムズネット」には、「30~40代の独身女性がやたらに増えて夫たちを誘惑している!」「『デートはするけど結婚はイヤ』という女性に、他人の結婚を壊す権利はない!」といった怒りの書き込みが並ぶ。自分の夫が不倫をしたのは、独身女性が夫の目の前をうろうろしているからだと言わんばかりだ。

対する独身女性たちは、「既婚男性に手を出すほど相手に困っていない!」「夫が浮気をしたいと思うようになったのは、妻側に原因があるのでは?」と反撃する。フォーラム内で盛り上がった会話はツイッターに飛び火することが多い。するとママ以外の人も参戦して既婚vs.独身のバトルに発展、結婚や交際に関するこの国の価値観の多様性が見事なまでに見えてくる。

どちらにしても、いまだに女性への風当たりが男性に対してよりも強い。

コロナでさらに増えた卵子凍結

レベッカさんのような女性の多くが「でも自分の子どもはいつか欲しい」という。不妊やがんの治療に備えるためなどの医療的な理由以外での卵子凍結保存は「ソーシャル・エッグフリージング」とも呼ばれるが、そのためにクリニックを訪れる40歳以下の独身女性の数は増え続けている。

生殖補助医療の公的機関であるHFEAは、卵子を採取し凍結するという件数が、30年前の年間6700件から、2019年には約10倍の年間6万9000件に達したと発表した。医療目的か、それ以外の目的かといった理由別の統計はないのだが、不妊を原因とする受胎治療数自体にはあまり大きな変化がないことから、その時に相手がいなくても、自分が選んだタイミングで母になるつもりでいる女性が増えたことがうかがえる。

また、コロナ禍のロックダウン中はデートもままならなかった。この期間に「このままでは、相手がみつかる頃には子どもを持つのが手遅れになるかも」と危機感を募らせた独身女性も、ソーシャル・エッグフリージング組に加わった。

ロンドンにある2つの大きなクリニックの調べによると、不妊が理由ではない卵子凍結希望者の98%が独身と答えており、その数は2020年から毎年倍の勢いで増えている。年齢幅は25歳から45歳、平均年齢は37.7歳だ。

クリニックのひとつでは「以前は自然に妊娠できない40代の既婚女性と、子どもが欲しい同性カップルが大多数だった。今は、『将来を考えて卵子凍結を』と来院する独身30代のほうが多くなってきた」と語っている。

昇進をあきらめ双子のシングルマザーに

医療的な理由があれば国民健康保険が適用されるが、それ以外は全額私費なので、卵子凍結の費用はとても高くつく。自分でホルモン注射をするところから始まり、クリニックで卵子を取り出し凍結してもらう費用は1サイクルごとに平均で75万円程度かかる。保管費も年間3~6万円するので、ソーシャル・エッグフリージングができるのは、ある程度の収入がある女性に限られる。

そして、保管期間は今のところ10年間までと法律で決められている。これは科学的な根拠のない数字だそうで、女性たちはこの期間を、医療理由での卵子凍結期間と同じく55年まで延ばすよう、法改正を求めている。

45歳の医師アニータさん(仮名)は、34歳の時に卵子凍結をした。もう少しで医長昇進という大事な時に、クリニックから「期限が切れますがどうしますか?」という連絡を受けてパニックに。実はすっかり忘れていたのだった。あと1年だけ保管してもらえないかと粘ったが取り合ってもらえず、結局昇進をあきらめてドナー精子による妊娠を決断した。双子のシングルマザーとなった今、とても幸せではあるが、保管期間の延長を求める運動には積極的に参加している。

アニータさんは凍結卵子から双子を授かった
写真提供=アニータさん
アニータさん(仮名)は凍結卵子から双子を授かった

卵子凍結は、女性を縛りから解放してくれる

「私は保守的なインド系の移民家庭出身です。結婚は女性の義務という周囲からの圧力に負けて不幸な婚姻をし、子どもだけが生きがいだった母の姿に疑問を持って育ちました。そして、女性医師たちの一番の悩みは、子育てブレークを取る時期なんです。卵子凍結は私たち女性をこうした縛りから解放してくれるすばらしい手段です」と語るアニータさん。

解凍した卵子で妊娠出産まで漕ぎ着けられる確率はまだまだ低いので、卵子凍結が子どもを持つ保証になるわけではない。しかし医学の進歩はめざましく、これからもソーシャル・エッグフリージングを行う女性は増え続けることだろう。

もはや「売れ残り」ではない

なぜ結婚する気がないのか。ひとつには、増加しつつある離婚家庭の出身者に限らず、多くの女性が結婚することに意義を見出せなくなっていることがある。

相手がいても、同棲を選ぶ人は多い。結婚と比べても、法的なデメリットはほとんどないからだ。そして事実婚、未婚の母、同性同士の親、どんな家庭の子どもも学校で肩身の狭い思いをすることはない。筆者の子どもが通う小学校のように、地域によっては、結婚している家庭の子どもはクラスのわずか1/4という場合もある。もちろん結婚したら夫婦同姓を強要する法もなく、家族の苗字は全員バラバラがごく普通だ。

もう「売れ残り」という表現は当てはまらない生涯独身者たち。エマ・ワトソンが使った「セルフ・パートナード」のほかに「シングル・ポジティブ」という言葉も使われている。相手がいない、結婚できないというマイナス面ばかり数える日々は終わり、独身でいるからこそ得られるプラス面を祝福しようということなのだ。

もちろんずっと一人でいること、シングルマザーとして子どもを育てることには相当な覚悟もいる。

独身女性向けのウェブサイト「シングル・サプルメント」を立ち上げたジャーナリストのニコラ・スロウソンさんは、ポジティブでいる鍵は「自立心を持つことと、ありのままの自分を受け入れること」だと断言する。結婚してもいつかは配偶者と死別するのだから、ひとりで楽しく生きていける能力を持っているほうが、どちらに転んでもハッピーな人生を送ることができる。100年以上かかって少しずつ自由な生き方を手に入れてきた英国の女性たちにとって、「おひとりさま」の人生は今や、デフォルトになったといえそうだ。