ライブドアとフジテレビのニッポン放送株争奪戦から17年。M&Aの捉え方はどう変わったか。代々木ゼミナールの人気講師、蔭山克秀さんは「M&Aを巡る環境は、より興味深く変化してきました。実は最近は『買収防衛策を廃止』する企業も増えてきたのです」という――。
合併や買収
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敵対的買収で狙われやすい企業の特徴

コロナ禍の業績悪化で国内外問わずM&Aが増えています。3月は多くの日本企業が決算を行う時期。決算発表後は、株価が乱高下するといわれますが「企業価値に対して株価が割安」な会社は、“敵対的買収”を狙われる可能性があります。

敵対的買収はM&A、すなわち「Mergers(合併)and Acquisitions(買収)」のひとつの手法です。

そもそもM&Aは、必ずしも双方の合意にもとづく「友好的買収」ばかりとは限りません。当然そこには“敵対的買収”と呼ばれる他企業による乗っ取りも数多くあります。日本も、バブル崩壊後の1990年代後半から「ハゲタカファンドによる日本企業の買い叩き」という形で敵対的買収が増えましたが、何といっても日本人の多くがそれを意識する大きなきっかけとなったのは、2005年のライブドアvs.フジテレビの「ニッポン放送株争奪戦」でしょう。その時の攻防を振り返りながら「企業買収と防衛策」について考えてみましょう。

敵対的買収で狙われやすい企業には、冒頭にお伝えした「企業価値に対して株価が割安」のほか、「価値の高い資産や技術、特許などを所有」「買収に対して無警戒」といった特徴がありますが、実は2005年当時、フジサンケイグループにも狙われやすい特徴がありました。「資本のねじれ現象」です。

財務・技術データ分析
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意外にも、当時の株式持ち合い比率でいくと、グループ内では「ニッポン放送が親会社、フジテレビが子会社」でした。これは、かつての力関係(ラジオがメディアの中心。テレビはあくまで後発)がそのまま放置されてきたせいですが、こういう隙は敵対的買収者から狙われる格好のポイントになります。

ライブドアも、そこに目をつけました。「現状、企業価値の低いニッポン放送が、フジテレビの株式を大量保有している。ということは、もしもわれわれがニッポン放送株を過半数ゲットできれば、間接的にフジテレビを支配できるぞ!」……ここから、ライブドアvs.フジテレビによる、ニッポン放送株争奪戦が始まりました。

奇襲的裏技で大量の株を取得したライブドア

まずフジテレビがめざしたのは「資本のねじれ現象」の解消です。つまり現在の力関係に見合った持ち株比率にすべく、「フジがニッポン放送株50%超を確保する」ことをめざしました。そこで採られた方法が「TOB(株式公開買付)」。つまり不特定多数の株主にニッポン放送株売却を呼びかけるというものでした。ところがライブドアはこれに対抗し、当時まだ規制が厳しくなかった東証の「時間外取引」という裏技(この裏技を使えば、当時は市場外で瞬時にして大量保有が可能だった)を使い、なんとニッポン放送株の35%を手に入れてしまいます。

グローバルな通貨と技術の概念
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「このままではまずい!」そう考えたフジサンケイグループは、次なる防衛策として「新株予約権(あらかじめ定めた価格で新株を取得できる権利を既存株主に与える)」を行使することに。この権利は「ポイズンピル(毒薬条項)」とも呼ばれ、たとえばニッポン放送がフジテレビにこの権利を与えておけば、敵対的買収時すみやかに新株を発行でき、敵の保有比率を下げられるのです。

ただし、このやり方を行使できるのは「株主の長期的な利益保全のため」のみ。経営者の地位保全のためには使えません。本件では、そこを突いたライブドア側が裁判所に申し立てを行います。そして、それが認められ、東京地裁は発行差し止めの仮処分を決定しました。つまり、ポイズンピルは不発に終わったのです。

フジの窮地を救ったニッポン放送の奇策

さあ、フジサンケイグループは、いよいよ追い込まれてきました。そこで次に検討した防衛策は「第三者割当増資」です。これは「既存株主でない特定の第三者に向けての新株発行」のことで、確かにこの方法をとると発行数が増えるため、敵側の過半数買い占めは難しくなります。しかし既存株主にはメリットがないどころか、逆に株価が下がるだけなので、彼らの怒りを買ってしまうのは当然のこと。実際「検討中」というニュースが流れただけで、ニッポン放送の株価は下がってしまい、筆頭株主である村上ファンドは激怒しました。もっとも、この買収劇の黒幕は村上ファンドといわれていますので「怒ったふり」だとは思いますが。

そのほかにもニッポン放送は、「焦土作戦」(価値の高い資産や事業を売り払い、買収の魅力を損なわせる)として、子会社であるポニーキャニオンの株式売却なども検討したものの実施には至らず、ついにライブドアに株式の過半数を買い占められてしまいました。

しかし、ここでニッポン放送側が、盲点を突く奇策に出ました。自らが保有するフジテレビ株をSBI(ソフトバンク・インベストメント)に「貸株」として供与したのです。貸株にすると、設定次第で株主の権利(議決権や配当金の所有者)を動かせますので、結果的にライブドアは、フジテレビの経営には口を挟めず、ただ企業価値の低いニッポン放送を手に入れただけの形になりました。

これにてこの買収劇は手詰まりになり、両者和解して終了となりましたが、フジサンケイグループからすれば、SBIに「ホワイトナイト(白馬の騎士)」になってもらうことで、窮地を脱することができたわけです。

人のふんどしで相撲をとる資金調達方法もある

この買収劇を通じて、私たちはいろいろな買収防衛策を知ることができました。黄金株(株主総会での拒否権付きの株式)、パックマン・ディフェンス(逆買収による反撃)、ゴールデン・パラシュート(役員解任を防ぐため、退職金を膨大な額に設定)、プット・オプション(「経営陣が変更すれば一括返済を請求可」との条件付きの銀行借入)……それとともに、企業の買収防衛に対する意識はグッと引き締まり、策を講じる企業も急増しました。

また、企業買収を仕掛ける際の資金調達方法も、この時に初めて知った人も多かったのではないでしょうか。それはLBO(レバレッジド・バイアウト)と呼ばれる手法です。LBOとは「買収先企業の保有資産やキャッシュフローを担保に、金融機関から資金を借り入れて行うM&A」のことで、わかりやすくいうと「この会社、もうすぐ俺のものになるから、ここにある金目のもの全部担保にして金借りるね」という手法です。

こんな「最初から人のふんどしをあてにして、相撲をとるような資金調達方法」があるとは、私も知りませんでした。しかもこれ、M&Aではわりと一般的で、ハゲタカファンド以外も利用していました。

強気市場の利益のビジネスとファイナンス
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たとえば日本では、2006年にソフトバンクがボーダフォンを買収した際のLBO(買収額1.7兆円のうち、約1兆円がLBOでの借入れ)が、非常に有名な成功例です。

ただし、これをすると資金をたくさん借りられる反面、返済負担も重くなるため、思ったほど買収が効果的でなかった場合、返済負担に経営再建が追いつかず経営は破綻、最後は会社の保有資産を切り刻んで売却、といった具合に、多方面から恨みを買うM&Aになってしまうこともあり得ます。

このように、いろいろ学べた「ライブドアvs.フジテレビ」ですが、さらに時間が経過した今日、M&Aをめぐる環境は、より興味深く変化してきました。実は最近は「買収防衛策を廃止」する企業も増えてきたのです。

つまりあの一件は、さまざまなステイクホルダー(=利害関係者)に「企業買収の是非」を考えさせる契機となったのです。「アカの他人に、うちの会社を敵対的に乗っ取られるなんて……」。確かに企業買収を旧経営陣目線だけで情緒的にとらえたら嫌なものです。

しかし、その買収によって経営陣は有能な人たちに入れ替わり、資源は有効活用され、その結果、従業員の給料、株価、企業価値などが上がるとしたらどうでしょう。決して悪い話ではありませんよね。

つまりM&Aを「企業が生まれ変わるチャンス」と考えたら、否定だけが選択肢ではないことに気づく人が増え始めたのだろうと私は思うのです。みなさんが働く会社がM&Aにあったとしたら……あなたはどう考えますか。