3月末、希望退職に応じた人が会社を去っていく。大企業を中心に急増する希望退職者にはその後、どんな未来が待っているのか。人事ジャーナリストの溝上憲文さんは「大企業で高給をもらっている人の場合、給料は3分の1以下になり、希望の職種が見つからない場合も多い」という――。
人生計画のためのお金を計算する人間の手
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希望退職者が去っていく日

4月1日はフレッシュな新人の入社時期。一方、その前日の3月末は希望退職に応募した50代の“オジさんたち”が会社を去る季節でもある。

とくに今年は有名企業の退職者が多い。富士通は国内グループの50歳以上の幹部社員3031人、JTも46歳以上の2868人が会社を去る。そのほかに人数は少ないがフジテレビや博報堂グループの50歳以上の社員が3月末で退職していく。

また、高額の退職加算金も話題になっている。報道によるフジテレビの退職者は60人程度とされている。加算金などで計上する特別損失は90億円とあるから、単純に計算すれば1人当たり1億円以上になる。これだけの加算金を出す企業は近年珍しい。

富士通の特別損失は650億円。単純に1人で2145万円になるが、退職者にはパートタイマーや定年後再雇用者の約1700人も含まれる。正社員は1169人であり、1人最低でも3000万円を超える加算額と推測され、通常退職金との合計で5000万円を超える人も多いだろう。普通の会社員からすればなんともうらやましい話だ。

高額な退職金をもらった人ほど陥る落とし穴

といってもいくら高額の退職金をもらっても50歳で悠々自適の隠退生活というわけにもいくまい。人生は長い。健康寿命も75歳から80歳まで延びると予測され、その間の元気な30年間を無為に過ごすわけにもいかず、再就職ないし独立を目指す人が大半だろう。

しかし高額の退職金をもらった人ほど陥りやすい落とし穴もある。昔から「退職後3カ月以内に再就職先を決めろ」と言われる。希望退職者募集を実施した企業と契約し、退職者の再就職支援を手がけるアウトプレースメント会社の幹部は「3カ月は現役で働いていたときの緊張感を持続しながら精力的に活動できる期間であること、また求人企業も退職後のブランクが短いことから即戦力としてがんばってもらうタイミングとしてちょうどよい時期との見立てがある」と語る。

徐々に血色が悪く、肥満気味になっていく

逆に3カ月を過ぎると本人の意欲も薄れ、再就職が難しくなる。幹部は高額の退職金をもらっている人ほど再就職活動に熱心ではないと言う。

「こちらが再就職に向けて一緒にがんばりましょうと言うと、『今まで懸命に働いてきましたから、しばらくは将来のことをじっくり考えながらやりたいと思う』と言う人もいる。金銭的な余裕があるので焦らずにゆっくりやりたいのだろうが、本人は充電期間のつもりでも実際は“放電状態”になり、だんだん就職先を探す意欲も失い、人材コンサルタントに会う回数も減り、再就職が決まらないケースも多い」と指摘する。

また、再就職に乗り気になれないのは退職後の失業給付も影響している。以前、首都圏のハローワークの就職相談員からこんな話を聞いたことがある。

「退職割増金を5000万円、8000万円もらった人はもともと給与が高い人たちなので満額の失業手当を1年近くもらえます。月に1回、失業給付の条件である就職活動の有無を確認するためにハローワークに訪れるが、探している振りをしているのは一目瞭然です。精神的に余裕がある感じの人が多く、暗い感じで相談に来る他の相談者と違い完全に浮き上がっていました。おそらく毎日おいしものを食べて、ゴルフ三昧の日々なんだろうと思い、私たちは彼らのことをゴールド族と呼んでいました。ところが半年も経つと彼らの中に、血色が悪く、肥満気味の人が増えてくる。日頃の不摂生がたたったんだろうと見ていました」

高額退職金を受け取った人ほど再就職への意欲が減退し、“放電”による身体的損壊などの副作用をもたらす可能性もある。

砂時計
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再就職で年収は半減する

再就職先がなかなか決まらない理由はそれだけではない。就職できても確実に給与が下がるからだ。一般的に大企業の2020年の50歳の年収は998万5000円(大学卒、中央労働委員会調査)。約1000万円だ。転職すると半分の500万円程度に下がるのが一般的相場だ。

その背景には2つの理由がある。1つは大企業に根強い年功賃金によって中高年の賃金は実際の生産性よりも高く設定されている。高度成長期に確立された年功賃金とは、入社から定年退職までの生産性の総計と給与支払い分の総計が一致する前提に、年齢・勤続年数に応じて給与が上昇する賃金カーブが描かれる。つまり、若年層には生産性を下回る低い給与を支払い、40代以降は生産性よりも多めに給与が支払われ、定年まで勤めることで生産性に見合う給与が精算されるというのが年功賃金の経済学的説明だ。

給与が激減する2つの理由

若いときに会社に貯金し、年を取ってから受け取る積み立て年金方式と同じであり、経済学者はこれを会社が無理矢理貯金させる「強制貯蓄」と呼んでいる。したがって途中で会社を辞めると不利になるため、会社にとっては離職防止による囲い込みのメリットだけではなく、解雇されないように仕事もがんばるというメリットを享受できる。

冒頭に述べた希望退職者募集は定年前に辞めてもらう仕組みだが、当然、強制貯蓄分を返さないといけない。それが特別加算金であり、退職金と合わせて支払うことで定年までの帳尻を合わせる行為だと説明される。

50代の人の生産性にプラスして支払われている強制貯蓄分の金額は一説に300万円と言われる。年収1000万円なら生産性に見合う給与は実質700万円ということになる。これが再就職しても確実に給与が下がるという根拠の一つだ。

もう1つの理由は再就職先の問題だ。とくに大企業出身のシニアはよほどの能力がある人でなければ同じ大企業に再就職するのが難しく、圧倒的大多数が中小企業に就職すると言われる。

再就職先を見つけるのに相当苦労している

300人未満の中小企業の50~54歳の中途採用者の平均月給は約30万円だ(厚生労働省労働市場センター「中途採用者採用時賃金情報」)。仮に月給の4カ月分のボーナスがもらえるとしても480万円。年収1000万円の人はまさに半額以下になるということだ。

しかも運良く見つかった場合の話だ。実際のシニアは再就職先を見つけるのに相当苦労しているのが実態だ。

実例を紹介しよう。大手広告代理店のマーケティング職のAさんは53歳のとき、退職金6000万円を提示され、悩み抜いた末に希望退職者募集に応募した。当初は退職勧奨を受けたショックもあり、会社が契約した再就職支援会社を通じて就職活動を本格化したのは2カ月後だった。最初は同業や消費財メーカーの中途採用に応募するが連戦連敗。8カ月後、ようやく車載用部品を製造・販売する中小企業からオファーを受けたが、自分の希望とはかけ離れていたと言う。

年収1600万円→500万円「自分の価値はこの程度か…」

「マーケティング職での求人でしたが、実質的に営業でした。しかも提示された初年度の年収は500万円。前職の1600万円よりはるかに低く、せめて800万円はほしかったのですが、希望する年収はまったく無理ですし、自分の価値はこの程度かということを思い知りました。断ろうかと思いましたが、1年を過ぎると自分の市場価値がもっと下がるという恐怖感もあり、入社を決めました」

大手企業で高い年収と職場の肩書きをプライドにしてきた人にとって、前職の3分の1以下の年収で格下の中小企業に再就職するのはつらいだろう。しかしそれが現実だ。Aさんだけではない。中堅企業の取締役常務だった人が退任後、清掃会社に再就職し、ビルの清掃業務に従事している例もある。

また、広告代理店やテレビ、新聞などのメディアは総じて給与が高い。ベースの基本給が高いだけではなく、他の業界に比べて年功賃金体系が色濃く残っている企業も多い。その結果、前述した「強制貯蓄分」が反映され、50代で2000~3000万円の年収をもらっている人も少なくない。そんな人が年収500万円で再就職するとなると、普通の会社員に比べて、悲哀と落胆の度合いは一層深いだろう。