取締役は男女同数にしたい
土屋の取締役は高浜社長も含めて10人。そのうち3人が女性だ。
高浜社長は、取締役は男女同数にしたいという。
「当社は社員と登録ヘルパーさんを合わせれば、従業員の約6割が女性です。しかし、女性の管理職は少ない。オフィスマネジャー、エリアマネジャー、執行役員と階層が上がるにつれて、女性の比率は下がる傾向にある。ジェンダーイクオリティ(男女格差の是正)の必要性を感じています」
各階層の男女比は、オウンドメディアで発信してきた。地区ごとに女性管理職の会議を開き、誰もが働きやすい環境づくりの施策を提言している。
「ジェンダー平等は、SDGsでは17ある目標の1つですし、東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コードで追求すべき価値として示されている。企業活動の倫理性を重視するエシカル経営から見ても、避けて通れない課題です」(高浜社長)
とくにソーシャルビジネスでは、公正な運営や時代に即した経営が企業イメージに影響する。「ホームケア土屋」のブランドを維持するうえでも、ジェンダーイクオリティは欠かせない。
女性にまずポジションを与え、支障があれば解決法を考える
女性取締役の1人で社長室室長の長尾公子さんは、自社の取り組みについてこう語る。
「女性にまずポジションを与えることを考えます。昇進して何か支障が出れば、ちゃんとサポートして問題を解決する。安心感がもてる運営方法だと思います。ただ、本人に自信がなくて、管理職になるのをためらうことがある。抵抗感は丁寧に解きほぐさないといけません」
管理職への昇進を打診されて、「私で大丈夫ですか?」と不安や遠慮から躊躇する女性は多い。そこでかける言葉は重要だ。たとえば「あなたはこの点が素晴らしい。ここは得意じゃないかもしれないけど、あなたはこういうアプローチができるでしょ。あなたのままでいいから頑張ってね」と、本人が納得できるように話す。
「昇進後のフォローとサポートも含め、けっして乱暴に進めないように心がけています」
長尾さんの自宅は東京にあり、ほぼ100%リモートで勤務している。取締役として総務、人事、法務、マーケティングなど管理部門を取りまとめる立場だ。4歳と1歳の母でもあり、女性が働きやすくキャリアを伸ばせる環境の整備に努めてきた。
「私も出産で一定期間のお休みをいただき、いまも子育てや家事で18時以降は働くのが厳しい状況です。そういった事情を言いやすい環境を整えることで、自分は会社にちゃんと貢献できていると肯定感を深めてほしいですね」
ジェンダー平等の取り組みはスタートからつまづいた
土屋では2020年に「ジェンダー平等委員会」を設置したが、取り組みはスタートからつまずいた。女性だけでメンバーを固めたことが原因だ。「男性社会の悪口を言うだけにならないか? ジェンダーイクオリティは女性だけが追求する価値ではない」と指摘されたのだ。男性も参加するように改め、再スタートを切ったのが「ジェンダーイクオリティ委員会」だ。
高浜社長はジェンダーイクオティのメリットを繰り返し説明してきた。
「さすがにジェンダーイクオリティを否定する社員はいません。ただ、個々の案件になると異論が出てくる。ここが問題です」
女性社員の昇進が提案されると、「納得しない男性社員がいるんじゃないか」とストップをかけられる。土屋にかぎらず、アファーマティブアクション(積極的格差是正)は、逆差別だという指摘は聞かれる。
「何もしないと、組織はどうしても男性の価値観で動いてしまう。女性を積極的に登用し、組織のカルチャーを変化させるしか方法はないと思います」(高浜社長)
男性だけが進めるビジネスの危険性
高浜社長にとって、ジェンダーイクオリティは企業イメージやブランドへの影響とは別の価値がある。経営の意思決定が違ってくるのだ。
「男性は自分も含めて気づきが薄いというか、問題・課題に気づかないで前進するところがあります。男性スタッフの助言は、たいてい私が想定した範囲。一方で女性の中には、別の角度から問題・課題が見えていて私の見落としを指摘してくれるスタッフが多くいます。たとえば、土屋の経営においても組織が急拡大する過程ではいくつもの事業や商材の提案(中にはペテン師まがいのものも)が、あらゆるところからやってくる。そんな時に男性メンバーはいいところばかり見がちなんです。一方で長尾さんなんかは非言語情報を読み取って、違和感(なんか怪しい、信用できないなど)を進言してくれる。
実際に長尾さんの言う通りにして助かったことが何度もあります。ふとした時の表情や非意味・非言語の情報の読み取りの力が違うと感じています。一方で、情報をとり過ぎ、リスクヘッジしすぎてしまう傾向もあるためバランス、補完性が重要です」
一点のゴールをめざして突っ走るタイプの人は、とくに売上目標を達成するような“量の追求”は得意だ。手段やプロセスは二の次になりやすい。
一方、プロセスに潜む複合的な問題・課題に気づくタイプは、働く環境を整備するような“質の追求”が得意だ。
「あくまで傾向ですから、個人差はあります。企業活動は“量の追求”と“質の追求”が両輪ですから、それぞれの強みを発揮できる組織が強いと思います」
男性の価値観に合わないところに成長の源泉がある
たとえ単年度の売上目標を達成しても、プロセスに無理があれば、成果は長つづきしない。問題だらけのプロセスを強いれば、優秀な人材ほど逃げ出すだろう。組織としては長期的な成長が見込めない。男性の価値観で動く組織の弱点は、積極的な女性の登用によってカバーできる。高浜社長がいう補完性だ。
裏返せば、男性の価値観に合わないところに成長の源泉がある。
「男性がシンプルに決定したいところへ、女性が細部にこだわって問題を指摘する。男性はやりにくくなる。その不満が『この仕事は女性に向かない』『このポジションは向かない』といった声につながります。トップが説明しつづけると同時に、組織のカルチャーを改めないと、いつまでも変わらないと思います」(長尾さん)
男性が女性より上であるべきだと考えたことはない
土屋では、経営課題を解決するため、7つの委員会を設置している。そのうち女性が委員長を務めているのは「ジェンダーイクオリティ委員会」「ハラスメント・虐待防止委員会」「リスクマネジメント委員会」「防災委員会」の4つ。男性は「イノベーション推進委員会」「高齢者地域生活推進委員会」「知的障害者地域生活推進委員会」の3つだ。
高浜社長から見れば、スピードや量を最優先する男性的な組織は盲点だらけだ。繊細な視点や思考が正しい経営判断に必要だという認識は、土屋を設立するずっと前からあった。
高浜社長は30代の頃から、市民運動に参加してきた。行政に重度障害者の公的介護を求める組合の事務局員を務め、ホームレス支援のNGO活動なども経験した。
「市民運動のリーダーは、男性より女性のほうが圧倒的に多い。女性リーダーたちに教えを請い、叱られながら活動していました。男性がマイノリティの世界です。だから、男性が女性より上であるべきだと考えたことはないですね」
日本の組織しか知らずに出世した男性たちは、自分がマイノリティになった経験がほとんどない。海外駐在経験があり、欧米社会でマイノリティの立場を経験した経営者たちは、ダイバーシティを積極的に進めることが多い。高浜社長は市民運動を通して、ダイバーシティの重要性を知った。
「男性だけで事業を進めるのは危なくてしょうがないと心底思います。女性がいることでリスクマネジメントは高まる。男性文化はただ“男性がやりやすい”というだけで、その先にはカタストロフィ(悲劇的な結末)が待っています。私自身も、自分だけで考えたことに突っ走ると、とんでもないことになると自覚しています。だから、大切なことを決めるときは、女性役員たちの意見を聞く。自分の限界を学ぶということです」
自分の限界を知れば、意思決定では補完性が必要になる。男性文化の限界を見極めることは出発点の1つになるだろう。