これまで政府の有識者会議で行われてきた安定的な皇位継承策の議論は、国会にその場を移し、新しいステージに突入した。神道学者で皇室研究者の高森明勅さんは「政府の報告書は事実上の白紙回答。次世代の皇位継承者が悠仁さまお一人しかいらっしゃらない中、また先延ばしとは理解に苦しむ」という――。
川嶋辰彦さんの家族葬に参列し、川嶋さんの自宅を出発される佳子さまと悠仁さま=2021年11月6日午後、東京都新宿区
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川嶋辰彦さんの家族葬に参列し、川嶋さんの自宅を出発される佳子さまと悠仁さま=2021年11月6日午後、東京都新宿区

検討の場は政府から国会へ

皇位継承の今後のあり方を巡る問題は、愛子内親王殿下や悠仁親王殿下など未婚の皇族方のこれからの人生を左右する。憲法上、重い位置を占める天皇・皇室の将来の根本に関わる大切な問題だ。国民としても無関心ではいられない。

去る1月12日、岸田文雄首相は皇族数の確保策をまとめた有識者会議の報告書を、細田博之衆院議長・山東昭子参院議長に手渡した。これは、昨年3月から12月にかけて同会議が検討した結果を、同12月22日に岸田首相に提出していたものだ。

これによって、皇位継承問題の舞台は国会に移った。

平成29年(2017年)6月に成立した上皇陛下の退位を可能にする皇室典範特例法の附帯決議によって、政府は“皇位の安定継承”を巡る課題への検討を求められた。今回の報告書は、それへの回答が盛り込まれるはずだった。しかし、事実上の「白紙回答」に終わった。“皇族数の確保”という別の論点にすり替えて、最も重要なテーマを“先送り”してしまったからだ。

その先送りの理由付けに驚く。「次世代の皇位継承者がいらっしゃる中でその仕組みに大きな変更を加えることは、十分に慎重でなければなりません」というのがその理由だった。

しかし、これは二重の意味で首をかしげる。

喫緊の課題をなぜ先延ばしに

まず「次世代の皇位継承者がいらっしゃる」といっても、現状ではわずかに秋篠宮家のご長男、悠仁親王殿下お一方がいらっしゃるにとどまる。だから、今のうちに先延ばしせず、抜本的な対策を行う必要があって、そのために有識者会議が設置された経緯がある。

にもかかわらず、「(たったお一方だけ)皇位継承者が“いらっしゃる”」という理由でその対策を先送りするとは、自らの設置目的・存在意義を否定したに等しい。まさか継承者がゼロ(!)になるまで手をこまねいて、無為無策で通そうとしているわけではないと信じたいが。

次に、現在の皇室典範の「仕組み」自体が大きな欠陥を抱えていて、それこそが皇位継承の将来を不安定なものにしている事実を見逃している。これについては、早くから問題視されている。例えば次のような指摘がなされている。

「女系継承を認めず、しかも庶子(非嫡出・非嫡系)継承を認めないと云ふ継承法は無理をまぬかれぬ」
「皇庶子の継承権を全的に否認することは、皇位継承法の根本的変革を意味する」
(葦津珍彦『天皇・神道・憲法』神社新報社政教研究室、昭和29年〔1954年〕)

仕組みの大きな変更は避けられない

明治の皇室典範は歴史上初めて皇位継承資格に「男系男子」という極めて窮屈な“縛り”を導入した。一方で、そうした窮屈な条件を緩和するために、前近代以来の側室制度を前提とした非嫡出・非嫡系による継承を公認した。

ところが、現在の皇室典範は、その男系男子限定と非嫡出・非嫡系容認という“セット”でのみ持続的に機能し得る「仕組み」のうち、前者はそのまま踏襲しながら、後者は全面的に排除するという「皇位継承法の根本的変革」に踏み切った。それは当然ながらもはや後戻りできない既定の事実になっている(前掲『天皇・神道・憲法』は男系維持のために非嫡出・非嫡系による継承の復活を唱えていたが)。

したがって、皇位の安定継承、皇室の存続を望むならば、その「根本的変革」に対応すべく、「仕組み」の「大きな変更」が避けられない。小泉純一郎内閣当時の「皇室典範に関する有識者会議」の報告書(平成17年〔2005年〕11月)は、まさにその課題に真正面から応えようとしたものだった(同会議のヒアリングには私も応じている)。この度、有識者会議が設置されたのも、国会からの要請により、改めてそこに切り込むことが期待されたからだった。

ところが先のような言い訳によって、先延ばしできないはずの喫緊の課題に手を着けないまま、又ぞろ先延ばししようとしている。

このような「白紙回答」同然の検討結果を受け取って、国会はどう対応するのか。皇位継承を巡る政治の動きはハッキリと新しいステージに入った。

国会側は最初の対応として、1月18日に衆院議長公邸に全政党・会派の代表者が集まって、政府側から検討結果の説明を聴いた。この場での質疑応答の中で、特に注目すべきなのは、立憲民主党の野田佳彦「安定的な皇位継承に関する検討委員会」委員長と政府側とのやり取りだ。

国会議事堂
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「厳しい現実への危機感が欠けている」

野田氏の発言趣旨は以下の通り。

①報告書に「次世代の皇位継承者がいらっしゃる中で……」とあるが(前に引用、報告書6ページ)、次世代の皇位継承候補者は悠仁殿下お一方だけ。幸い大事には至らなかったものの、悠仁殿下が乗られたワゴン車が高速道路で前の車両に追突した事故(平成28年〔2016年〕11月)や、殿下が通われるお茶の水女子大学附属中学校に刃物を持った不審人物が侵入した事件(平成31年〔2019年〕4月)などが現に起きている。次世代の継承候補者が複数おられる状態ならばともかく、たったお一方しかおられない厳しい現実への危機感が欠けているのではないか。

②政府が目指す新しい制度によって、婚姻後も皇族の身分を保持される女性皇族の「配偶者と子は皇族という特別の身分を有せず、一般国民としての権利・義務を保持し続けるものとする」とあるが(同10ページ)、それならば、その方々の政治活動・経済活動・宗教活動などの自由が尊重されねばならない。しかし、そのことと、「日本国の象徴」「日本国民統合の象徴」「国政に関する権能を有しない」とされる憲法上の天皇及び皇室のお立場と両立できるのか。

③政府が提案する新しい制度で、養子縁組により皇族の身分を新たに取得した(しかし皇位継承資格を持たない)旧宮家系子孫の男性が縁組後に結婚したお相手は、皇族の身分を取得できるのか、又、お子様は皇族になるのか、そのお子様が「男子」なら皇位継承資格を認められるのか、いずれも報告書に言及していないが、政府はどう考えているのか。

政府の回答は“はぐらかし”に終始

これらに対し、政府側は内閣官房皇室典範改正準備室の大西証史室長が回答に当たった。しかし残念ながら、ほとんどまともな答えになっていない。

①に対しては、平然と「悠仁様までしかいないということも十分に認識」して議論した、と答えた。これは、“たとえ次世代の候補者がお一方でも、そこまでは絶対に大丈夫”という楽観、希望的観測に基づいて「議論」したことを意味する。しかし、悠仁殿下のご安全に万全を期すべきなのはもちろんながら、これまでも実際に危険を感じさせる場面があった。それなのに、悠仁殿下のご即位を100%確実と考えて検討するのは、皇位の“重み”に照らしてあまりにも楽観的すぎる、危機感が足りないというのが野田氏の問題意識だった(最近は悠仁殿下が即位を辞退される可能性を強調する八木秀次氏のような保守系の論者も現れている)。まさに政府の現状認識の甘さを露呈した答え方と言うほかない。

しかも、野田氏が実例として挙げたワゴン車の追突事故も不審人物の侵入事件も「具体に……思い出すことができません」と述べていた。それらは普通の国民でも、皇室への関心があれば強い印象を受けた衝撃的な出来事だったはずだ。皇室典範改正について、政府関係者では最も事情に精通しているはずの人物がこの調子では、政府の取り組みに不安を禁じ得ない。

さらに上がる、愛子さまのご結婚のハードル

②については「そこはまさに、今後の国会の先生方の間での御議論も含めまして御検討いただくべきところでありますし、また、その結果を受けまして私ども検討しなくてはならないところはあると思います」という中身のない回答。早速、“見直し”に含みを持たせたような言い方だ。

このプランは(一応、当人のご事情に「十分留意する必要がある」〔報告書11ページ〕としているが)愛子内親王殿下などが適用対象として想定されているだろう。しかし、このような無理筋なプランをもしそのまま制度化すれば、普通に想像力を働かせばわかるように、ご結婚の“ハードル”はこれまで以上に高くなるのではないのか。

③は、完全にはぐらかした。さすがに野田氏も同じ質問を繰り返し、「そこまでちゃんと考えているのか考えていないのか」と畳み掛けられた。

それに対しても、「ありがとうございます。会議におきましては、そういうことでございます。……なお、現行の皇室典範では、皇族の子、皇族の夫婦から生まれた子は皇族となるということになってはございます」と述べて、逃げ切った。

しかし、養子が縁組後に婚姻した配偶者が皇族になるかどうか不明なら、そのお子様が「皇族の夫婦から生まれた子」に該当するかどうかも、当然ながら不明だ。

国民の代表機関である国会を構成する政党の代表者への回答として不誠実この上ない。

政府案に隠された“トリック”の疑惑

しかも、そこにある種の“トリック”が隠されている可能性さえある。と言うのは、今の皇室典範では禁じられている「養子」という形で皇族の身分を取得し、「男子」なのに皇位継承資格を持たないという特殊な扱いなのに、結果的に「皇族男子」という“括り”になると、皇族男子との婚姻で国民女性が皇族になる規定(皇室典範15条)が適用されて、その配偶者は皇族になる。そうすると養子のお子様は「皇族の夫婦から生まれた子」に当てはまるから皇族となり、男子ならば皇位継承資格を持つという帰結になる。

「現行の皇室典範」のルールを変更せずに適用できるので、報告書ではことさら言及する必要がなかったと言い張れば、アンフェアだがそのまま通りかねない。

しかし、そのような制度設計ならば、なぜ、野田氏の質問に最後まで異常なほどはぐらかし続けたのか。

制度化される“前”にそのことが明らかになるのは、まずいと判断したのだろうか。何しろ、女性皇族の場合は(皇族として生まれながら“女性だから”という理由だけで)その配偶者と子は国民のままなのに、国民男性が養子になった場合は(養子縁組の前は国民でも“男性だから”)配偶者も子も皇族となり、その子が「男子」ならば皇位継承資格も認められるという、令和の制度と思えない旧時代的な「男尊女卑」ぶりが丸わかりになってしまう。そうすると、国民の間に広く違和感や反発を生み出しかねないからだ(対象となる女性皇族方もご不快ではないか)。

しかし、もし上記の想定が当たっていたとしたら、制度の全容を国民(および当事者)に隠したまま制度化するというやり方は、およそ「国民統合の象徴」であるべき天皇・皇室を巡る制度改正にはふさわしくない。皇室への国民の素直な敬愛の気持ち(および女性皇族方の使命感や責任感)を損ないかねないだろう。

今後、国会の真剣な取り組みと、それを後押しする国民の注視が欠かせない。