マイクロソフト創業者のビル・ゲイツは一見「ケチ」に見える逸話を数々残しています。あれほどの資産がありながら、なぜそんな振る舞いをするのでしょうか。企業のオーナー経営者を中心に多くの富裕層に接してきた経済評論家の加谷珪一さんは、お金持ちに見られる習性とその行動の背景を解説してくれました――。

※本稿は、加谷珪一『150人のお金持ちから聞いた 一生困らないお金の習慣』(CCCメディアハウス)の一部を再編集したものです。

頭の上に乗る貯金箱
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コンプレックスを持つ人は他人に見えないものが見える

「チビ・デブ・ハゲには逆らうな!」

これは、苦労人の実業家にして、現在では資産家として悠々自適の生活を送るG氏が語る格言である。実際にチビ・デブ・ハゲなのかどうかが問題なのではなく、コンプレックスは人間にとって大きな原動力になることのたとえである。コンプレックスを持った人間は、見返してやりたいと努力するだけでなく、ふつうの人であれば見過ごしてしまうことにも、気がつくことがよくあるのだという。

コンプレックスを持っている人は、他人の発言に傷つくことも多いが、その分、人間の本質を見極めやすい。

必死に努力し、かつふつうの人には見えないものが見える人は、成功する確率が高くなる。逆に言うと、敵にすると怖い。だからG氏は、強いコンプレックスを持った人間には逆らわないようにするのだという。

またG氏は、多かれ少なかれ、人間は誰でもコンプレックスを持っていると考えている。そこで、人に会うと必ず、その人は何にコンプレックスを感じる人種なのかを、何気ない会話を通じて探るのだという。何も見つけられなかったら、その人は何かを隠していると考えて、警戒して付き合うそうだ。

お金持ちになるとコンプレックスがなくなる理由

「いやぁ、いままで自分が感じていたコンプレックスは何だったのだろうという感じです」と笑うのは、都内に住むある起業家だ。彼は中堅大学を卒業して、営業の仕事に就いた後、その会社を辞めて独立した。抜群の営業力を生かして事業を拡大、立て続けに3つの新しい事業を起こし、本人はセミリタイアしている。

「サラリーマンをしているときは、自分の学歴にものすごくコンプレックスがありました。いつも人から見下されているような気がしていたのです」

自分では気がついていなかったが、彼の中では、「高学歴=お金持ち」という意識があった。彼は、高学歴ではなく本当はお金がほしかったのだ。お金持ちと高学歴が意味もなく結び付けられていたため、激しいコンプレックスを持っていた彼も、自分本来の欲求「お金持ち」を満たすことができたとたん、高学歴などどうでもよくなってしまったというわけである。

高学歴だからといって、お金持ちになれるわけではない

たしかに日本では、勉強ができていい学校に入れると、いい会社に就職ができて、いい給料がもらえるという思考パターンを小さい頃から叩き込まれる。しかし、実際にはそんなことはない。苦労して高学歴を得た勉強エリート君は、その事実を受け入れたくない。

そのために、やたらと学歴ばかりが強調される、という結果になる。

学歴エリートと呼ばれる人の中にも、実はお金への欲求が極めて強い人は多い。そしてその多くが、自分でもそのことに気づいていない。

エリート公務員がつまらない賄賂を受け取って処分される事件や、一流企業の社員が高級時計を万引きするケースなどが報道されることがある。「なんで⁉」と思うような話だが、お金に対するコンプレックスと考えると説明がつく。

勉強エリート君は基本的に「まじめ」である。先生や親から勉強すればいい生活ができると教えられると、まっしぐらに努力する。しかし、長年の受験勉強に耐えて入った一流企業の給料では、実は思ったほどお金持ちにはなれない。

一方で、中卒だが商売で成功した人は若くしてベンツに乗り、ロレックスの時計をしている。この事実に折り合いがつかないのだ。勉強エリート君は、本当はお金持ちになるための努力をすべきだったのだ。

ドル紙幣やクーポン券のイメージ
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1ドルの割引券を探すビル・ゲイツ

お金持ちはケチだとよく言われる。たしかにそれは本当だ。多くのお金持ちが無駄なお金を使わないが、何でも出費を抑えているわけではない。使うべきところには使っている。

お金持ちは、どこに金を使うべきかという感覚がふつうの人とは異なっているので、ある部分が一般人から見たらドケチに見えるだけなのだ。

14兆円を超える途方もない資産を持つマイクロソフト元会長のビル・ゲイツ氏が、ポケットに入っているはずなのに見つからない1ドルの割引券を探すために、何分も他の客をカウンターで待たせた話は有名だ。自分が必要ないと思ったものへの出費には、絶対に首を縦には振らない典型例だ。

筆者の知り合いに、ハワイの高級コンドミニアムを所有する女性資産家がいる。ネットショッピングをした際に、サイト側の手違いで2倍のポイントが付かなかったことに対し、1時間猛烈に抗議したというのだ。

資産家にとって2倍のポイントなど必要ないように思えるが、彼女は「ポイントが2倍だったから買ったの。そうじゃなければ買う価値がない商品よ」と答えた。

お金持ちは食事代をケチらない

一方、お金持ちには人におごりたがる人が圧倒的に多い。もちろん、お金を持っていることを見せびらかしたいという欲望もあるだろう。だがそれだけではない。多くのお金持ちにとって食事や飲み会は投資なのだ。

親のお金を相続するのではなく、ゼロからお金持ちになるためには、投資や事業など何らかのリスクを取る必要がある。食事や飲み会では意外と重要な情報が得られることが多い。接待など仕事に直結していない会合のほうが、変な打算がないのでなおさらだ。だからお金持ちは食事を重視する。

ごちそうしても無駄になることはない

筆者の知人である40代の女性は、一生懸命貯めたお金を頭金にローンを組んで、アパートの一棟買いをした。その後、次々に物件を購入し、今ではかなりの大家さんとなっている。彼女はアパート経営を始めるにあたって、知人友人のツテをたどり、飲み会を何回も企画した。その中で、実家や親類が土地持ちでアパートを経営している人をそれとなく聞き出し、その後は直接アポイントを取って一気に話を聞いた。

アパート経営の実態を聞かせてほしいという突然の依頼に、多くの人が躊躇したらしいが、熱心に口説いたところ、多くの人が会って食事をすることをOKしてくれたという。

しかも、食事の効用なのかはわからないが、多くの大家さんが細かい利益の数字までオープンに聞かせてくれたというから驚きだ。

食事代には何十万円も使ったそうだが、彼女に言わせれば「経験のないことにチャレンジするのに情報は必須。数千万円のチャレンジをするにあたって、経験者の情報が数十万で手に入るならタダみたいなもの」という。まさにその通りである。

食事が投資なのはわかったが、せっかく食事をしても無駄になることが多いのでは? ある実業家K氏のコメントを紹介しよう。

筆者「たくさん食事や飲み会をしても、無駄になることが多いのではないですか?」
K氏「そうですね。飲み会の8割が無駄になります」
筆者「8割への出費は無駄と諦めるのですか?」
K氏「とんでもない! その人には今後会う価値がないとわかることは大きな収穫です」

お金持ちは気前よく食事代を出す。もし一緒に食事をした相手にがっかりしたとしても笑顔でおごってくれる。だがお金持ちは、その相手と食事を共にすることは二度とないだろう。要するに、そういうことなのだ。

お金持ちは人に感謝しない

お金持ちは人に感謝することがない。それは、お金持ちが自分勝手で人に感謝しないという意味ではない。お金持ちが他人に報いる場合には、「感謝」ではなく「お礼」をするのだ。

加谷珪一『150人のお金持ちから聞いた 一生困らないお金の習慣』(CCCメディアハウス)
加谷珪一『150人のお金持ちから聞いた 一生困らないお金の習慣』(CCCメディアハウス)

お金持ちが「感謝」するのは、「天賦の才能」「健康な体」「成功をもたらした環境」などに対して。直接的にお礼をすることができないものには、感謝の心を表すのである。

資産家でかつては政治家だったこともある糸山英太郎氏(会社の乗っ取りでも有名)は、昔ある証券マンからインターネットによる株取引のやり方を教えてもらった。その証券マンの会社では、まだネット取引のサービスは始まっていなかった。しかし、彼は勉強と情報収集のために他社に口座を開き、学んでいたのだ。糸山氏はネットの大きな可能性を即座に感じ取り、その後の事業活動に生かしたという。

しかし、糸山氏はその証券マンに「感謝」しなかった。その代わりに「お礼」をしたのである。数億円の取引をポンと発注したのだ。彼が伝説的なトップ営業マンになったのは言うまでもない。

「お礼」とは身銭を切ること

「お礼」をするということは、身銭を切るということだ。そのため、本当に貢献してくれた人にしかできるものではない。

ただ「お礼」はおろか、「感謝」の言葉さえ他人にかけることができない人が多いため、「感謝」されただけで舞い上がって喜んでしまう人がたくさんいるのも事実。こうして「感謝するのはタダ」という格言が生まれることになる。

したがって、お金持ちから「感謝」の言葉をかけられたら、半分は冷静に受け止めるべきだ。「感謝」されたのか「お礼」をされたのかの違いは大きい。自分は他人からお礼されるだけのことをしているのか、常に考えたほうがよい。