マスク姿の写真、顔を見分けるのが困難
毎年11月から12月にかけては、卒業アルバム制作担当の先生たちが、写真選定に頭を抱える時期だ。
卒業アルバムには、全ての児童、生徒たちができるだけバランスよく掲載されていることが求められる。卒業アルバムを手にして、わが子が写っている写真の数が少なかったら、その落胆はどんな親でも大きいだろう。
しかし写真を選定する方は、遠足や運動会、社会科見学など学校行事で撮影した膨大な写真の山から、全ての子どもと保護者が納得するようにバランスよく掲載写真を決めなければならない。しかも2020年以降は、密を避け、移動を控えるために学校行事は激減。全員がマスク姿の写真ばかりで、子どもたちの顔を見分けることをより難しくしているという。
「正」の字を書きながら枚数をカウント
卒業アルバム作成システムを手掛ける東京都のソフトウエア企業、エグゼックの取締役で経営企画部長の山中淑史さんによると、今も多くの学校では非常にアナログなやり方で卒業アルバムの写真選定を行っているという。
大量の写真の中から、候補の写真を選んでプリントアウト。やり方は学校や担当者によって異なるが、例えば「顔が大きく写っている写真は1、顔が欠けていたり小さかったりする写真は0.5」などと指数を決めて、手作業により目視で「正」の字を書きながら、子ども一人ひとりの掲載回数を数える。バランスを見ながら、何度も写真を差し替えてはアルバムのレイアウトを決めていく。
その判断をするのは、学校の担当教員と、卒業アルバム制作委員の保護者であることが多い。しかし、どれだけ配慮しても、どうしても子どもによって写真点数にばらつきが出てしまう。特に小学校の卒業アルバムでは、卒業生が1年生だった時から現在までの写真が対象になる。6年間で大きく成長し、髪型や体型、顔も変わるため、すべての子どもがバランスよく写っているか確認するのは容易ではない。しかし偏りがあると、アルバムが出来上がってから、「うちの子の写真が少ない」と、保護者からクレームが寄せられることもあるのだという。
AIが子どもの顔を認識
こうした卒業アルバム制作の救世主となっているのがAI技術だ。エグゼックの卒業アルバム作成システム「アルバムスクラム」は、精度の高い顔認証技術を活用し、子ども一人ひとりが写っている枚数を自動カウントするほか、どの程度の大きさで写っているかをも点数化して表示する。豆粒のように小さく写っている子どもと、最前列で大きく写っている子どもで、写っている枚数に変化をつけることが簡単にできるようになっている。
本格リリースは2020年4月。コロナ禍初期に重なったが、初年度は無償提供を行ったこともあり、100以上の写真館を通じ、300校以上がアルバムスクラムを活用して卒業アルバムの制作を行った。山中さんは「先生方からは、『作業時間を半分近く減らせた』『以前は6年の担任全員で何度も集まって作業をしていたが、集まる必要がなくなった』といった声が上がっています」と話す。
顔認証の精度の高さにも、驚きの声が上がっているという。
「ここは開発段階でもこだわった部分です。小さい時の姿も成長した姿も、かなりの精度で同じ子どもだと認識できます。コロナ禍では、マスク姿の認識性能も重要です。実際、自分の息子の小学校1年生から6年生までの運動会の写真を取り込んでテストしてみたのですが、マスクをしているもの、横を向いているもの、さらには顔を歪めているものや豆粒程度の小さな顔でも検出されて、自社製品ながら驚きました」と山中さんは語る。「実際、利用した先生からは『どの子が何回写っているかというカウントが正確で驚いた』と言われているようです」
利用数は昨年の2.5倍に
口コミに加え、2021年3月には、アルバムスクラムを使用した千葉県の小学校の事例が、文部科学省がまとめた「全国の学校における働き方改革事例集」に紹介されたこともあり、利用する学校が増加。今年度は現時点で昨年度に比べて2.5倍程度の利用者の伸びを見せているという。
中には、小学校の総合学習の時間を利用し、授業の一環として子どもたちが卒業アルバムの写真選定をした学校もある。AIの最新技術を利用しながら身近な題材で授業ができ、教員にも子どもたちにも好評だった。自分たちで選んだ写真が卒業アルバムとして形になるのも最高の体験だ。今年度も、東京の学校から同様の依頼が来ているという。
卒業アルバム制作のデジタル化は、教員や保護者だけでなく、アルバム制作を請け負う写真館やアルバム製本メーカーにとっても恩恵がある。
「もともとアルバムスクラムの開発は、写真館やアルバム製本メーカーからの要望で始まったんですよ」(山中さん)
写真館や卒業アルバムメーカーにも恩恵
そもそも、卒業アルバムの印刷を請け負う企業は、卒業アルバム専業の中小企業が多い。しかし、卒業アルバムは年末から卒業式までの間の限定的な時期に制作されるため、短時間に多くの業務が集中し、ピーク時の人材確保も難しくなっていた。1つ写真の差し替えや修正が発生するたびに、校正紙を印刷して学校に通う必要もあった。
「学校の先生方や写真館の方だけでなく、印刷業界の人材不足対策や働き方改革にも何か力になれないかと2018年から開発を始めました」と山中さんは語る。
その年の行事写真を、年末近くになって一気にプリントアウトして選定作業を行うのではなく、行事のたびに写真をクラウドに写真をアップロードし、画面上で選定作業を行っておけば、作業を短期間に集中させずに済む。また、AIによる顔認証技術によって、選定作業そのものも大幅に楽になるほか、ほとんどの作業が画面操作だけで終わるため、担当する教員や保護者も、「作業を少しずつやっておこう」という気持ちになりやすい。
行事写真販売にもようやくICT化の波
AI技術を卒業アルバム制作に取り入れたことで注目を集めるエグゼックだが、同社の主力は学校やスポーツイベント向けのインターネット写真販売システム「フォトストア」だ。
「当社では、学校やスポーツイベント向けの、インターネット写真販売システムを販売してきたのですが、コロナの影響で行事やイベントが中止になり、2020年の春から夏にかけては売り上げが7、8割も減少しました」と山中さんは振り返る。
しかし2学期に入ると、「コロナ禍であっても、卒業アルバムの写真はそろえてあげたい」と、代替イベントを実施する学校も増えた。保護者が参加できないイベントが増えたが、「写真だけは欲しい」というニーズも増え、これまで写真販売のオンライン化をしていなかった学校も、廊下に写真を張り出して保護者に見に来てもらうわけにもいかないことからオンライン化が進んだという。「感覚的な数字ですが、コロナ前は写真販売をオンライン化している学校は3、4割程度でしたが、今はだいたい半数くらいの学校がネット販売をするようになったのではないでしょうか」と山中さんは語る。
コロナ禍やGIGAスクールが追い風に
そもそも、多くの学校は、卒業アルバムに使用する写真を、撮りためたさまざまな行事写真から選ぶ。撮影がデジタルカメラになっても、相変わらず写真の販売は、プリントアウトしたものを学校の廊下に張り出して、学校参観などのときに保護者が写真を選んで申込書に現金を添えて注文するスタイルが続いていた。「焼いてこそ写真」という写真館のこだわりや、「個人情報の流出が心配」「新システム導入に乗り換えるのは大変」と考える学校長が、写真販売のデジタル化にブレーキをかけてきたのである。
しかし、コロナ禍と学校のICT化により新しい風が吹きはじめた。保護者の学校への出入りが制限され、授業参観や保護者会、面談なども縮小されたことで、これまでのようなアナログな写真発注方法は難しくなる一方、学校に足を運ぶことが減り「子どもたちの学校行事の写真が欲しい」という保護者のニーズも以前より増えている。また、2021年度にはGIGAスクール構想により、ほとんどの小中学校で1人1台のタブレットやパソコンが行き渡り、学校のインターネット環境が一気に整備されたことも追い風になっている。
写真館の側も、オンライン販売のシステムを活用することで、プリントや申し込みの集計、集金などの手間が省ける。また、これまでは張り出しスペースの関係で販売する写真の枚数に限りがあったのが、オンライン販売にすればたくさんの写真を販売対象にできる。AIの顔認証技術により、保護者の側は、わが子の写真だけ自動的に集めて選べるので、「オンライン販売にすると、平均購入枚数は2割程度増えると言われています」(山中さん)という。
街の小規模な写真館は、デジタルカメラの普及で逆風を受けている。山中さんは、「私たちはあくまで黒子です。地域の学校との信頼関係を持つ地元の写真館さんにとっては、学校の先生方の働き方改革につながる私たちのシステムは付加価値になる。卒業アルバムに関わる業界全体の課題解決になれば」と語っている。