フリーのアナウンサーだった髙橋美清さんは、ストーカー被害に遭ったことをきっかけに、すさまじいネット中傷を受け、一時は命を絶つことを考えるほど苦しんだという。厳しい修行を経て天台宗の僧侶となった髙橋さんが、ネット中傷の加害者数人を特定し、対峙したのはなぜなのか――。
天台宗照諦山心月院尋清寺の住職、髙橋美清さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
天台宗照諦山心月院尋清寺の住職、髙橋美清さん

誹謗中傷の影響で、仕事も収入もゼロに

ストーカーの被害を受けていた髙橋さんだが、加害者がストーカー規制法で逮捕され、ほどなくして不慮の事故で亡くなってから一転、ネット上で加害者扱いされるようになり、すさまじいネット中傷を受けるようになった。

「フリーのアナウンサーとして仕事をしていた職場からは、『表に出るのはあなたのためにならない』という言い方で断りの連絡がありました。こういう時、フリーの立場は弱いですよね。あっという間に仕事がなくなりました」

収入はゼロになった。仕事先の関係者はもちろん、友達の多くも離れていき、中傷に加担する人までいた。人が怖くなり、家から外に出られなくなった。

「ある時、問題のある書き込みをネットから消してもらえるかもしれないと聞いて、法務局に相談に行ったんです。『該当する書き込みを持ってきてください』と言われ、自宅でプリントアウトしていると、厚さ30センチ以上になって、プリンターが壊れたほど。何とかコピーを持っていったら、『全部は無理です。どれにするか選んでください』と言われました。一部だけ消してもらってもあんまり意味がないのに、どこかひとごとなんです。それに、その頃はまだ、ネット上の中傷を取り締まる法律はありませんでしたから」

ひと度、自分の名前を検索すれば、10万件もの罵詈ばり雑言が並び、ウィキペディアには「○○が自殺したきっかけを作った人物」とまで書かれた。

わかっているが、見てしまう

「警察に相談に行ったときには、『そんなもの、見なければいいじゃないですか』と言われました。それはわかっているのですが、見てしまうんです。見るのをやめても、『誰かがあのひどい書き込みを見ているんだ』と思うと、耐えられない気持ちになってしまう」

「人殺し」「まだ首を吊らないの?」といったメールも届く。「そんな毎日が続くと、『本当に死んだほうがいいのかな』という気持ちになってしまうんです」

その頃の精神は、ボロボロを通り越してすりつぶされた状態だったと振り返る。

「だけど、『自分が死んだあと、飼っていた3匹の犬はどうなるんだろう』『母が亡くなったばかりなのに、娘まで死んだら残された父は大丈夫だろうか』などと考えました。それに、僧籍の身では自死はできません。そんな折、伝教大師のご遺誡(最澄が残した言葉)にある、『怨みを以て怨みを報ぜば怨みやまず』という言葉が目に入ったんです。自分が怨みを持ったままでは怨みの連鎖は消えないという意味です。目に見えない人とやりあうことは、やめようと思いました」

死ぬか、生まれ変わるしか道がない

その頃、いじめが原因で自殺した子どもの報道があった。自分は大人だから、法務局にも行けるし弁護士に相談もできるけれど、子どもはそれができない。ネット中傷の恐ろしさについて、誰かが声をあげなければと強く思った。また、匿名で髙橋さんに送られてきたメールに書かれていた「お前を僧侶と認めない。なぜなら僧侶は人を殺さないからだ」という言葉も発奮材料になった。

2017年4月、行院を2日後に控え、剃髪式に向かう髙橋美清さん
2017年4月、行院を2日後に控え、剃髪式に向かう髙橋美清さん(写真=本人提供)

「名乗らずに人を侮辱してくるような失礼な人にそんなことを書かれて、火がついちゃって、『じゃあ認めてもらおうじゃないか』と思ったんです」

髙橋さんは2011年に仏門に帰依する誓いを立てる「得度」をして僧籍は得ていたが、天台宗の総本山である比叡山延暦寺での60日間の修行、「行院ぎょういん」は行っておらず、正式な天台宗の僧侶と認められていたわけではなかった。得度した折に行院も行いたいと希望していたが、なかなか許可されなかったのだ。

そこで髙橋さんは師匠にあらためて全ての事情を話し、「今の自分には、死ぬか生まれ変わるしか道がない。行院を通して生まれ変わりたい」と伝えた。「絶対に山を下りません(行院の途中で断念しない)」と誓って許しを得、2017年に比叡山に入った。ネット中傷の被害を受け始めてから2年後のことだ。

そこでは、荘厳な世界を見聞きし、白いごはんと1杯の味噌汁のありがたさをしみじみ感じた。行院は通常、大学生から20~30代の男性が行うことが多い。52歳の髙橋さんにとって修行は過酷だった。60日間の修行の中で爪がはがれ、疲労骨折もした。それでも頑張れたのは、濡れ衣を着せられたまま死にたくないという思いだった。

誹謗中傷の加害者の口から出た「裁いてやろうと思った」の言葉

行院を行う年の1月1日に改名の届け出を出し、戸籍上の名前も変えた。かつての「髙橋しげみ」という名前を捨て、「髙橋美清」として生まれ変わった髙橋さんは、僧侶として生き直すと同時に、自分の誹謗中傷記事を書いたブログ主に、「あなたが中傷記事を書いた相手の髙橋です。あなたのしていることは人権侵害。弁護士立ち合いのもと、お会いしましょう」と連絡を取った。誰の心にも仏心があり、それと同時に餓鬼のような二面性もある。直接じっくり話せば、通じる部分もあるのではないかと考えたからだ。

2017年4月、剃髪式で、剃髪中の髙橋美清さん
写真=本人提供
2017年4月、剃髪式で、剃髪中の髙橋美清さん

複数に連絡をしたが、会えたのは4人。高学歴で、堅い仕事をしている人もいた。「交通費が出せないから行けない」と言う人もいた。「慰謝料30万円を払うから示談にしてくれ」という人もいた。彼らの言い分は一様に、「自分が(亡くなったストーカー加害者の)男性になり替わって裁いてやろうと思った」という、ゆがんだ正義感だった。

最澄様だったら、お薬師様だったら

髙橋さんは、相手に自分の現状を伝えた。見ず知らずの人から事実無根の書き込みをされ、傷つき、恐怖を感じ、外に出られなくなったこと。仕事を一気に失って全ての収入がなくなったこと。いま自分は生きているけれど、「髙橋しげみ」というアナウンサーは殺されたも同然であること。匿名で言葉の暴力をふるうことは、暗闇から無防備の相手にやりを突き付けるようなものだということ。

「わかってもらえるまで話さないと、また同じことを繰り返すんじゃないかと思ったんです。3時間ぐらいは話したと思います。最後はみんな泣いていました」

そして別れ際、「もう二度としないでくださいね」と言った後、こう伝えた。「あなたがあんなことを書いたおかげで比叡山に行く決心がつきました。そこは感謝しています」

髙橋さんは語る。「それが許すということなのかなと思うんです。私も短気で気が強いし、自分の思考回路や感情で考えると、恨む気持ちから抜けだせなかったと思います。そこで、『最澄様だったら、お薬師様だったらどうされるかな』と考えて、固まっていた心がふーっとほぐれていったんです」

木村花さんの事件に「もう黙っていられない」

その後も、ネットの誹謗中傷の被害は後を絶たない。心を痛め、命を落とす人もいる。「もう黙ってはいられない。何とかしなくては」と、髙橋さんが声をあげるきっかけになったのは、2020年5月。女子プロレスラーの木村花さんが亡くなったことだった。

「『こんなひどいことが続くなんて、もうだめだ』と思ったんです。しかも、花さんのお母様は、娘をこんなふうに亡くされたのに、そんな彼女までも中傷する人がいる。ネットで匿名の人から中傷されることが、どんなに大変なことか、つらいことか、もっと知ってもらわなくてはいけないと思ったんです」

髙橋さんは、ネットの誹謗中傷の体験を募っていたネットの媒体に連絡を取った。

「弁護士からは、『名前や顔を出すと、また同じことになるんじゃないか。誹謗中傷されるんじゃないか』と言われました。でも、顔や名前を出さなければ説得力がありません。それに、匿名で中傷してくる人たちと、何ら変わらないことになってしまう」

髙橋さんは自分の体験を包み隠さず話し、その内容は記事化された

「匿名の人の話は聞かない」

2020年12月、群馬県伊勢崎市に天台宗 照諦山 心月院 尋清寺を建立してからというもの、さまざまな悩みを持つ人から手紙やメールが届くようになった。もちろん、困っている人の役に立ちたいと思うものの、1人では限界もある。見ず知らずの人が、刃物を持って訪ねてきたこともあるという。しかし、ストーカー被害や、ネットの誹謗中傷被害を受けた髙橋さんには、「危険を察知するセンサーのようなものが備わった」そうで、「危ない」と感じた時は対応を控えている。

2020年比叡山の最乗院で作務(寺での労務で修行の一種)を行う髙橋美清さん。行院が終わったあとも、初心を忘れないため比叡山で修行を行う。「学びは一生続く」という
2020年比叡山の最乗院で作務(寺での労務で修行の一種)を行う髙橋美清さん。行院が終わったあとも、初心を忘れないため比叡山で修行を行う。「学びは一生続く」という(写真=本人提供)

「自分の身は自分で守らなければと思っています。そこで決めたのは、正々堂々と名乗らない方とは、付き合わないということ」

それでも、無記名の手紙が届くことがたびたびある。開けると、今の苦しみが延々書かれており「電話もメールも盗聴されているから手紙にした」とある。被害妄想が入っているのが、無記名の手紙に多い共通点だ。こうなると、カウンセリングやしかるべき医療機関での治療を要する。幸いなことに、信頼できる医療機関とのつながりもできた。悩んだ末、尋清寺のホームページに「精神科、医療施設等へのご相談をご提案することもあります」との一文を入れている。

一番の実害は仕事を失うこと

群馬県大泉町から連絡がきたこともある。大泉町は企業城下町で、ブラジルやペルーなど南米の外国人労働者や日系人が多い。それもあって、町では昔から人種差別の撤廃や人権擁護の取り組みに力を入れており、ネット中傷についても町独自の体制を整えたいとのことだった。

「役場が相談の窓口になるなら、警察、法務局、弁護士会、医師、ハローワークの方をメンバーに入れてほしいと伝えました。ネット中傷の一番の実害は、仕事がなくなることなんです。仕事がなくなれば社会と接点がなくなりますし、収入がなくなれば生活できなくなる。すると人は、死ぬ方向に向かいやすくなってしまいます」

2匹の「副住職」と髙橋美清さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
2匹の「副住職」と髙橋美清さん

「一隅を照らす」

中学校で生徒を前に、「君たちが何をしたか、仏さんは見ているよ」と話すこともある。ほとんどの生徒がスマホを持っている時代、少しでも加害者を減らすことができればとの思いからだ。

美清さんは講演のタイトルに必ず「一隅を照らす」という言葉を入れている。これも最澄の言葉で、「これ即ち国宝なり」と続く。一人ひとりが自分のいる場所で輝き、周りを照らしていくことで世の中が明るくなってゆく。そんな人こそ宝だ、という意味だ。

「今の世の中には、見えないものを怖がる心が無くなってしまったように感じます。そこで、コロナ禍が終息したら、子ども寺子屋を開きたいと考えているんです。まずは庭で草むしりをして、無心で汗をかいてもらって。そして、地獄の絵を見せようと思っているんです。むやみに驚かせるのではなく、やっていいことといけないことの境を伝えられたらと」

もともと音楽が好きだった美清さんは現在、天台宗の雅楽の会にも所属しており、ゆくゆくはこの寺で、音楽イベントや女性向けの座禅会を開催することも考えている。「ここが少しでも気持ちをリセットできる場所になればと思っているんです」

心が清らかであるか、自分自身に尋ねるとの意味でつけられた「尋清寺」。そのご本尊である薬師瑠璃光如来は、仏法という妙薬を持って人心を癒やすべく、今日も静かに微笑んでいる。