箱根駅伝、森元首相発言、東京2020、自民党総裁選……。2021年は日本の女性にとって、どんな年だったのでしょうか。コラムニストの河崎環さんが、この1年を「河崎節」全開で振り返りつつ、日本の男子に活を入れます――。
東京の街の通勤者
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リストに最後まで残る日本人男子

海外留学に詳しい専門家が、苦笑しながら教えてくれた。

「日本人男子は人気がないんです。ホームステイを受け入れてくれる家庭がなかなか見つからない。僕が留学した時代も、女子はどんどん受け入れ先が見つかるのに、リストに最後まで残っていたのは日本人男子。どうしたものでしょうね……」

理由は、海外の一般家庭の人々が自宅に招き入れて一緒に暮らすには「つまらなそう」「やりづらそう」という消極的なイメージ。勉強はできるかもしれないが生真面目、英語の読み書きはできるがしゃべれない、非社交的、国際常識に欠ける、身の回りのことなど生活面で自立できていない、との根強い先入観……。「逆に、女子は礼儀正しく丁寧で頭がいいというイメージがあるようで、他の国の候補者に比べても早く受け入れ先が見つかっていくんです」

この2020年代においても、日本人男子のあり方は国際社会でウケない、だが一方で日本人女子のあり方は国際社会でウケがいい、ということらしい。日本人男子が国際社会でウケなければ、いったいどこでウケているのだろうか。「国内」社会ってことか? えっと、日本の女子にそんなにウケていたっけな……と、心の中で考えるが、考えれば考えるほど切なくなってきた。

20年前から変わらない「定説」

しかしこの「日本の男<<<<日本の女」の話、実は20年前にも10年前にもささやかれていた、もはや「定説」。

20年前は、金融バブルやITバブル崩壊後のリストラで放出された日系人材を、投資銀行やコンサルティングファーム、メーカーなど、外資系企業がここぞと拾い上げて採用したとき。「どうもいろいろやってみた結果、日本人男性よりも女性の方が優秀だぞ」と外国人にバレたのである。

男性は日本の護送船団型の業界常識にどっぷり浸かってしまい、新しい環境や技術、スキルをなかなか受け入れられない。一方で女性は切り替えも順応も(見切りも)早く、自分から新しい資格などにも柔軟に果敢に挑戦していく。日系企業の「偉い」男性がリストラされ、エグゼクティブ向けの転職エージェントで「何ができますか?」と聞かれて「部長ができます」と胸を張って答えた……なんて笑い話が、嘘か誠か世間に流布されていた頃である。

10年前は、国際結婚やマッチング市場での話。日本人女性は外国人男性に大モテなのに、日本人男性はどうも外国人女性から選ばれない、なぜだ、理不尽だ、俺たちだってモテたいよ、という、「結婚できない日本人男性たち」の切実な嘆きだった。

男たちはモテているのか

さて2020年代だ。日本挙国しての大懸案だった東京五輪もなんとか終了した2021年末、いま日本の男たちはどうだろうか。国際的に(いろんな意味で)モテているか?

20年前も10年前も同じように聞いた「世界は日本の男を(日本人が思っているほど)買っていない」という話を、今になっても覆せていないのはなぜなんだろう。それはたぶん、今までの世代の日本の男たちが世界で、あるいは世界に向けてやってきたことに対する採点タイム、答え合わせなのだ。

2021年も相変わらず「日本のジェンダー感覚大丈夫か」だった。そもそも新年が駅伝の「男だろ!」大論争で不安いっぱいに幕開けした。森喜朗元首相の「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」発言を批判する「#わきまえない女」運動が起こり、その結果として森氏は海外メディアからも「それ、『失言でした』で済む問題じゃないから」と盛大にあきれられ、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の会長を辞任した。

“いろいろ”さらした東京大会

コロナ禍で最も窮地に陥った人たちの中には、それまでの女性活躍推進策で飲食や宿泊業などの「おもてなし業種」へ実力発揮を期待されて送り込まれた女性たちがいたが、1年の約3分の2を緊急事態宣言などの制限下に置かれたサービス業は低迷し、力尽きる事業者も少なくなかった。

五輪開会式はすったもんだの大騒ぎ、2016年時点で演出チームの要とされ、「日本にも本気で女性登用の時代がやってくる」との旗印だった演出家のMIKIKO氏とミュージシャンの椎名林檎氏はそこにはおらず、代わりに大きな広告代理店のおじさんたちが(「俺だってこんなことやりたくないよ……」と苦虫を噛み潰したような表情で)いた。BLM(ブラック・ライブズ・マター)運動への積極的な発言とうつ告白の後に休養していたテニスプレーヤー、大坂なおみ選手が開会式に姿を現し(大会参加者でありながら引っ張り出され)、最後の点火者となる演出には、疑問の声も多く上がった。

オリンピックアスリートを性的目的で撮影した写真の流通が問題視され、選手たちの競技コスチュームも話題を提供した。五輪報道での女性選手への言葉かけやインタビュー内容にも、日本のマスコミの感覚には疑問の声が噴き出ていた。

TOKYO2020とライトアップされたスカイツリー
写真=iStock.com/Joel Papalini
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「女性活躍」後退の年だったのか

自民党総裁選ではタカ派の高市早苗候補が「記念すべき第100代で初の女性首相に」と担ぎ上げられるが当の女性からはイマイチ微妙な反応を受け、「河野太郎サゲ、岸田文雄アゲ」とモニョる経緯で、要するに初の女性首相なんて誕生しなかった。岸田首相誕生後は「メディアが(ネットの声ばかり真に受けて)ことごとく予想を外した」衆院選での野党評価凋落ちょうらく、からの木下富美子氏への徹底追及と都議会議員辞任(それは彼女の責任)。

決して外せないのは、眞子さまと小室圭さんバッシングの狂乱。そして誰もが「夢がいっぱいの20歳のはずなのに、未来が描けないなんて」と複雑な心境で見守った、愛子さまの成年行事。

2021年「女性活躍」の後退が著しいところに「生産年齢人口が95年比で約14%減」の報道で、「え、なに、日本滅ぶの、ねぇ⁉」と叫んでしまった筆者なのである。

急いで変わるしかない

でも、前進もある。泣き寝入りせず「わきまえず」、五輪開会式の闇をきちんと明るみに出したのは、世界の常識の中で活躍し続けてきた演出家のMIKIKOさん本人だった。新設のデジタル庁では、実際に手を動かし、組織を形づくる女性官僚たちが大いに活躍中だ。自民党総裁選で善戦した「生きる多様性」野田聖子氏を担ぎ上げた「こども庁」の立ち上げ。創設延期のグダグダもあるが、しっかりとした準備には時間がかかるのだと受け止めたい……。

日本国内の「常識」はローカルルールにすぎないのだ。グローバル(なんて言葉を今さら口にするのもためらわれるくらいだが)なルールでの振る舞いに適応できなければ、外貨は稼げない。さて生産年齢人口が95年比で約14%減った日本は、ちゃんとこれからグローバルにモテる国になれるだろうか。それは「日本の男子」たちに突きつけられた「キミは(急いで)変われるか?」との課題なのだ。

既にもう20年、いや30年をムダに費やしてしまった。急げ。