兄弟姉妹の組み合わせによって人生は変わるのか
我々人間はさまざまなものから影響を受けて成長します。この中でも大きな影響を及ぼす要因の1つとして、家庭環境があげられます。
家庭環境は子どもの成長に大きな影響を及ぼすと考えられ、経済学でもこれまでさまざまな分析が行われてきました。
この中で最近注目を集めつつあるのが「兄弟姉妹の組み合わせ」です。ここでの「兄弟姉妹の組み合わせ」とは子どもが2人以上いる場合において、同性のみなのか、それとも異性も含まれているのかという点を指しています。
子どもを持つ親にとって、何人の子どもを持つのかという点は自分たちでコントロールできますが、生まれてくる子どもの性別まではコントロールできません。
このコントロールできない子どもの性別の組み合わせが子どものその後の人生(所得水準、職種、高等教育機関における専攻、結婚・子どもの有無や配偶者の特徴)に影響を及ぼすのかという点が分析されています。
結論を先取りすれば、デンマークやアメリカの研究から「兄弟姉妹の組み合わせは子どもの人生に変化をもたらす」ことがわかってきています(※1)。
※1デンマークのデータを用いた研究は、Brenøe, A.A., 2021. Brothers increase women’s gender conformity. J Popul Econ. アメリカのデータを用いた研究は、Cools, A., Patacchini, E., 2019. The brother earnings penalty. Labour Econ. 58, 37–51.
弟がいる長女と妹がいる長女の違いに注目
デンマークやアメリカの研究で注目されているのは、第1子が女の子(長女)であった場合です。ここで第2子が男の子(弟)なのか、それとも女の子(妹)なのかによって、長女のその後の行動に変化が生じるのかという点が検証されています。
なぜ弟がいる場合と妹がいる場合で、長女の行動に変化が生じると考えられるのでしょうか。
この点に関して、デンマークとアメリカの研究は2つの理由を指摘しています。
兄弟姉妹の組み合わせによって親の行動パターンが変わる
1つ目は、「親の行動パターンの変化」です。
「長女・弟」と「長女・妹」では親の子どもへの接し方に変化が生じると考えられます。この背景には、親は自分と同じ性別の子どもの方が一緒の時間を共有しやすいといった傾向があるためです(※2)。
例えば、男の子の場合、ある程度の年齢になると野球やサッカーといったスポーツをやることが多くなりますが、このような活動は母親よりも父親とやることが多いでしょう。
また、女の子の場合、成長とともにオシャレやメイクに興味を持つようになりますが、このような活動は母親とやることが多いでしょう。
このように、「父親は男の子」と「母親は女の子」と共に過ごす時間が多くなるため、「長女・弟」の場合だと、より同性の親の影響を強く受けるようになります。子どもはこの中でさまざまな行動や考え方、社会的規範も学んでいきます。
この結果、「長女・妹」と比較して、「長女・弟」の場合ほど、より伝統的な性別役割分業意識を持つようになると考えられます。
つまり、「長女・弟」の場合ほど、「男性=仕事、女性=家事・育児」という考えを意識し、それに準じた行動をとりやすくなるわけです。
※2 Brenøe, A.A., 2021. Brothers increase women’s gender conformity. J Popul Econ. の分析によれば、弟がいる長女ほど幼少期に母親と過ごす時間が増え、父親と過ごす時間が減少することがわかっています。
兄弟姉妹の組み合わせによって子どもの行動パターンも変わる
2つ目の理由は、「身近に異性がいることによる子どもの行動パターンの変化」です。
心理学の数多くの研究によれば、子どもは自分の兄弟姉妹と差別化することをつうじて、個性を獲得する傾向があります(※3)。中でも異性の兄弟姉妹がいる場合、自分の性別に準じた行動や態度をとることで、個性を獲得する場合があります(※4)。
例えば、弟がいる場合、長女の行動パターンが「よりお姉ちゃんらしく、女の子らしいもの」になるといったことが考えられます。妹がいる場合と違って、弟がいると自分の性別をより強く意識するというわけです。
このように、長女の行動パターンは妹がいる場合と弟がいる場合では異なってくると考えられます。
「長女・弟」の場合ほど、より自分の性別に合致した行動をとりやすくなり、これが伝統的な性別役割分業意識を持つことにつながると考えられます。
※3 Feinberg, M.E. , Hetherington, E.M. , 2000. Sibling differentiation in adolescence: implications for behavioral genetic theory. Child Dev. 71 (6), 1512–1524 。Plomin, R. , Daniels, D. , 1987. Why are children in the same family so different from one another? Behav. Brain Sci. 10 (1), 1–16。
※4 Abrams, D. , Thomas, J. , Hogg, M.A. , 1990. Numerical distinctiveness, social identity and gender salience. British J. Social Psychol. 29 (1), 87–92 。Cota, A.A. , Dion, K.L. , 1986. Salience of gender and sex composition of ad hoc groups: an experimental test of distinctiveness theory. J. Pers. Soc. Psychol. 50 (4), 770。
弟がいる長女のほうが性役割分業意識が強くなる
これまで説明してきたとおり、「長女・弟」と「長女・妹」では長女の直面する状況が異なります。
「長女・弟」の場合ほど、母親と過ごす時間が増えるだけでなく、女の子らしく振る舞うことを意識するようになります。このため、「長女・弟」の場合ほど、伝統的な性別役割分業意識を持ちやすくなるわけです。
この結果として、弟がいる長女ほど、伝統的な性別役割分業意識に沿った学業・職業選択や家族形成を行いやすい可能性があります。
具体的に言えば、学業面では理系よりも文系を選びやすく、職業面では男性よりも女性比率が高い職種を選びやすい可能性があります。また、これらの職種は相対的に所得水準が低い場合が多いため、所得もやや低めになっていることが予想されます。
家族面では結婚し、子どもを持っている比率が高くなっている可能性があります。
以上のような予想が成り立つわけですが、はたして実態はどうなのでしょうか。
弟がいる長女のほうが男性比率の低い職種で働き、所得水準が低い
まず、デンマークの分析結果から仕事、学業、家族面の結果を見ていきたいと思います。
デンマークはさまざまな指標から日本よりも男女間格差が小さい国として知られていますが、そのような国でも弟がいる長女と妹がいる長女の間で仕事、学業、家族面で違いが見られるのでしょうか。
実際の分析結果を見ると、その答えは「イエス」です。
「長女・妹」と比較して、「長女・弟」の場合は、職場における男性の比率が約1.2%低く、STEM(科学・技術・工学・数学)の分野で働く割合が約7.3%低くなっていました。
長女にパートナーがいる場合、そのパートナーの働く職種における女性比率も「長女・弟」の場合は約2%低くなっていました。
所得についても「長女・弟」の場合は、30代の年収が約2%低くなっています。このマイナスの影響は第1子を出産した後ほど拡大する傾向がありました。
学業面については、「長女・弟」の場合、STEMの分野を専攻する割合が約7.4%低くなっていました。
さらに、結婚・出産面について見ると、「長女・妹」と「長女・弟」で差はみられませんでしたが、「長女・弟」の場合は同棲割合が低くなる傾向がありました。
アメリカの研究では主に所得との関係を見ていますが、やはり「長女・弟」の場合は、年収が低くなっており、約7%年収に差が生じることがわかっています。
ブラザーペナルティは存在する
以上のデンマークやアメリカの研究結果から明らかなとおり、「長女・弟」の場合では、伝統的な性別役割分業意識を持ちやすく、その考えに沿った学業・職業選択・家族形成を行いやすいと言えるでしょう。
子どもの性別は親でもコントロールできないぶん、この結果はショッキングです。
このような効果の負の側面は、「Brother penalty(ブラザーペナルティ)」と呼ばれています。少なくともデンマークやアメリカには「ブラザーペナルティ」が存在すると言えます。
ただし、その影響は必ずしも大きいとは言えません。
おそらく、この背景にはデンマークやアメリカでは伝統的な性別役割分業意識が相対的に緩やかであるという点が影響していると考えられます。
この点に関して、日本では伝統的な性別役割分業意識が色濃く残っているため、ブラザーペナルティの影響がより強くなっている可能性があります。
ただ、残念ながらまだ分析例はなく、今後の研究が期待されます。