世界各国で事業を展開する参天製薬で、約4000人の社員を率いる谷内樹生さん。社長就任後には約1カ月間の育休をとり、男性育休やリモート会議を自然な形で社内に根付かせた。コロナ禍以降は全社的にリモートワークが中心となり、自身も在宅勤務しながら家事育児をしっかり分担。コロナ後もそれを貫くと決めている深い理由とは──。

成果主義を貫く社長

谷内樹生さんは2019年に約1カ月間の育休を取得。その間、在宅での時短勤務というワークスタイルで社長業をこなした。これを機に社内ではリモート会議が普及し、コロナ禍以降は出勤者数も激減。感染者数が減るにつれて原則出社に戻す企業も多い中、同社では今も在宅勤務が主流だ。

谷内樹生さん
写真提供=参天製薬
参天製薬 代表取締役社長兼CEO 谷内樹生さん

「私自身も在宅勤務を続けています。仕事の段取りをつけて、週3、4回は家族の晩ご飯づくりを担当。時間が取れれば、昼休みは献立を考えながら過ごすことが多いですね(笑)」

もともと谷内さんは、成果さえきちんと出していればどこで働こうが問題ない、会社や会議室にいるためだけに移動に時間を費やすのは非合理的という考え方。自身の育休やコロナ禍を機にこうした考え方を周知し、社員の意識を「出勤が普通」から「リモートワークも含めたフレキシブルワークスタイルが普通」へと大きく変えた。

通勤手当を廃止、出勤は出張と同じ扱いに

「社員がどこで働いても構わない。会社には、業務上の必要に応じて行けばいいと思っています」

現在では通勤手当も廃止。出勤は出張と同じ扱いとし、その都度交通費を支給している。今後コロナ禍が終息したとしても、ずっとこの働き方を続けていく方針だという。意識も制度も大きく変わった今、谷内さんは「過去のワークスタイルに戻すほうが大変」と笑う。

営業職時代から「ワークロングが嫌い」

長時間労働についても意識改革が進みつつある。谷内さんは、プロなら働いた時間ではなく成果で評価されるべきだとし、場所や時間にとらわれない働き方を自ら実践するとともにそれを社内に発信。コロナ禍を機に、働く場所や時間を社員自身が選択できる制度「New Work Styleグローバルガイドライン」も導入し、より柔軟な働き方への転換を推し進めている。

谷内社長
上司からの「もう一軒行ってこい」にも「やることやったら定時で帰ります」とちゅうちょなく返していたという谷内社長。(写真提供=参天製薬)

もともと、人を成果ではなく労働時間で評価する風潮に違和感があったという谷内さん。かつて赴任していたヨーロッパでは、目指す成果をいかに効率的に、少ない労働時間で出せるかが重視されていた。

しかし、日本ではまだ「ワークハード(一生懸命働く)=ワークロング(長時間働く)」と考える企業も多く、その文化にはずっと疑問を感じていたという。

自身は営業職としてキャリアを積んできた。もちろん猛烈に働いた時期もあったが、当時から長時間労働には価値を感じられず、「少ない労働時間で地区トップの成績をとるにはどうしたらいいか、そればかり考えていた」と振り返る。

上司の「もう一軒行ってこい」に「いえ、定時に帰ります」

効率よく外回りを終えて15時ごろに帰社し、上司から「時間が余っているならもう1軒回ってこい」と言われたこともあった。そんなときも、数値目標の達成が見えていれば「いえ、やることをやったら定時に帰ります」とちゅうちょなく帰宅していたという。

「より高い成果を出そうと夜中まで仕事をしたこともありますが、評価のためではなく自分のこだわりでやったこと。ワークロングには弊害しかないとずっと思っていました」

その後、組織長になるとこの思いはさらに強くなった。成果を出してこそプロなのだから、必ずしも長時間働く必要はない。仕事は人生の一部でしかないのだから、家族との時間を犠牲にしてまで働くのはおかしい――。

組織長時代にはこの方針を貫き、自分はもちろん部下に対しても長時間働く状況をつくり出さないよう努めていたそう。当時はまだ「ワークロング」の部署も多かったため、谷内さんの部署は異色の存在。それでも周囲の声は気にせず、成果をしっかり出すことに専念し、結果を出してきた。

有休取得5日を目指すのはおかしい

こうした姿勢は社長になった今も変わらない。平日は17時以降の会議は基本NGとし、土日祝日はイベントなどを除き、基本的に仕事をしない、メールが来ても緊急案件以外は読んでも返信しないと決めている。休日に社長が返信すれば、受け取った側はすぐに対応しようとするだろう。返信しないのは、相手を休日に働かせないための工夫でもあるのだ。

「平日も仕事以外の時間がとれる、休みの日はしっかり休める。私はそれが当たり前であり、一人ひとりの幸福な人生にもつながるものだと考えています。会社をその方向へ変えていくためには、トップが自ら行動で示して社員の背中を押すことが大切だと考えています」

その言葉通り、谷内さんは長期休暇も積極的にとり、その都度経営幹部にも長期休暇を推奨している。これも、社長自ら行動することで会社の本気度を示し、全社員にメッセージを送り社員の行動変容を促したいという思いからだ。

国は年5日の有休義務化を打ち出しているが、参天製薬が目指すのは有休の100%消化。根底にあるのは、「会社の制度として日数が決まっているのだから、そのうち5日とれたらOKではなく100%とれなければおかしい」という考え方だ。今後も、もし休めない社員がいれば、その原因を考え解決するよう取り組んでいく方針だという。

会社を成長させるためにダイバーシティを進める

働き方・休み方に対する意識改革のほか、もうひとつ力を注いでいるのがDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン=多様性、公正・公平性、包摂性)の推進だ。最大の目的は企業成長だが、谷内さんはほかにも3つの目的達成を目指していると語る。

第一は社員のモチベーション向上だ。さまざまなアイデアを出しやすく、それが認められやすい環境は社員にも組織にも活力をもたらす。そのために、さまざまな価値観や背景を持った人が協働する、より多様性や公平性の高い職場環境を整えていくという。

第二は優秀な人材を獲得すること。もともと同社には海外拠点も多く、社員の約半数が外国籍という多様性の高い環境だが、それでもなおDE&Iを推進するのは「常に優秀な人材を惹きつける先進的な企業であり続けたいから」。

海外では、若い世代を中心にDE&Iの観点で先進的と見なされない企業に対してはすでに人材が集まりにくくなっているという。これは、目の前の成長だけでなく未来の成長も見据えての取り組みと言えるだろう。

第三はESG(環境・社会・ガバナンス)評価の向上だ。これにはDE&Iへの取り組み姿勢や達成度も含まれ、近年ではこの評価を基に投資が行われることも多い。ESG評価の向上は企業の成長に直結するのだ。

社長自ら週に一度、社内ブログで「思い」を発信

「いちばん大事なのは多様性で、これはトップが意識的に高めていかなければいけない。ヨーロッパで組織を立ち上げた際には、多様性が薄れると途端に社員が会社から離れていくのを目の当たりにしました」

多様性重視の方針は世界中の事業所に共通だが、特に女性の管理職比率は、日本を除く海外法人では51%である一方、日本では13%と格差が生じているため、その是正に力を入れているという。これも企業成長を考えてのことで、谷内さんは「皆が平等な環境のほうが、多様な視点からイノベーションが生まれ、結果として組織としてのパフォーマンスが高まる」と力を込める。

しかし、企業文化の改革や社員の意識改革は、ただ戦略や制度を作るだけでは進まない。浸透させるには、トップが繰り返し発信し続けることも大切だ。世界中にいる4000人の社員にどうメッセージを届けるか──。谷内さんが出した答えは「社内限定ブログ」だった。

現在は週1回のペースで、自分の思いや会社が目指す姿などを、企業理念に絡めながら書きつづっている。主に日本語と英語で発信しており、たまに中国語バージョンをプラスすることも。こうしたブログは、広報担当者が社長から聞き取りをして書く企業も少なくないが、谷内さんはあくまでも自分で書くことにこだわっている。

発信の労は惜しまない

「コミュニケーション部は事前に確認したいかもしれませんが(笑)、相談もせず自分の思うように書いています。会社の理念や姿勢をしっかり発信するのはリーダーとしての責任ですから、労を惜しまないことが大事だと思います」

トップが社員に向けて発信する場と言えば企業サイトや年頭挨拶などが思い浮かぶが、ブログならより頻繁に、直接的に言葉を届けることができる。この社長ブログは社員にも大好評だそうで、企業文化の醸成にも役立っているという。

「トップは社員に対して『会社は社員の人生を応援しています』というメッセージを伝え続けるべきだと思います。特に当社にはHappiness with Vision(世界中の一人ひとりが、「見る」を通じた体験により、それぞれの最も幸福な人生を実現する世界を創り出す)という理念がありますから、全社員がそれを実践できる会社にならなくては。その理念の実践をさらに促すため、今後もさまざまな改革に取り組んでいくつもりです」