相幸子さんは30年前に総合職で入社後、男性に後れを取らず順調に出世してきた。女性初の執行役員、そして常務となったが、若い頃は上司に“勇気ある”直訴をしたことも。バンカーならではのスケールの大きいつまずきについても語ってくれた。
三菱UFJ信託銀行 取締役常務執行役員 相 幸子さん
三菱UFJ信託銀行 取締役常務執行役員 相 幸子さん

20代から30代の頃は異動のたびに落ち込んだ

「自分のことは“珍獣”だと思っているんです」

柔らかい物腰で気さくに話してくれる相幸子さん。東大卒業後、三菱信託銀行に入り、支店の法人営業課で女性初の営業担当職となったときから、合併後、三菱UFJ信託銀行で女性初の執行役員に就任し常務となった現在まで、女性ゆえ常に少数派。「取締役会議でも19人の常勤役員で女性は私だけ。どこに行っても珍しがられます。珍獣でいるのには慣れているけれど、さびしいですね」と苦笑する。

最初の異動で東京・丸の内にある本店の法人営業部へ。しかし、次は国際部門に行きたいと思っていたタイミングだったので、同じ業務は不本意だった。会社でもやる気が起こらず、出社拒否寸前になってしまい、上司に「自分の取引先に興味がないのか」と諭されたほど。そのとき、上司から主要取引先について取り組み方針をまとめる課題が与えられた。財務部以外の部署からも情報収集する必要があり、いやいやながらも取り組んでいるうちに、多くの情報を統合していく作業が楽しくなってきた。

上司に“勇気ある”直訴

上司の言う通り、まずは仕事相手をよく知ることが大事だと実感。その後、法人営業の仕事が楽しくなったが、5年後に経営企画部に異動となった。2度目の想定外の辞令に対し、上司に「私はここにいるより法人営業で稼いでいるほうが会社の役に立つと思います」と“勇気ある”直訴をすると、上司は「会社は長いキャリアパスを考えて異動をさせる。あなたがここに来たこともきっと将来役に立つので、頑張ってほしい」と答えてくれた。

「人事異動は自分の思い通りにならないものですが、それには意味があったのだとようやく理解しました」

会社全体へと目が向くようになったのはそこから。その後、37歳で出産。育休明けに復帰すると、今度は財務企画グループ部門の管理職に。しかし、財務の知識がなく、部下たちが財務用語で何を言っているかもわからない状態だった。短時間勤務制度もなかった頃で、夫は海外赴任中。ワンオペ育児をしながら必死に勉強する日々が続く。

育休中は海外で。夫とは国際FAXでけんかした
育休中は海外で。夫とは国際FAXでけんかした

「合併を控え残業が多かったので、ベビーシッターさんがどんどん辞めていってしまい……。子どもが病気になり1週間続けて会社に行けない時期もありましたが、初めての管理職と初めての育児が重なり、落ち込んでいる暇もなかったです」

子どもが保育園に入ってからも、誰がお迎えに行くか、その後どうするか。毎日のオペレーションを組むのにひと苦労。それでも、会社を辞めることは1度も考えなかった。逆に、仕事が楽しいからこそ思い通りにならない育児も頑張れたという。

立ち上げた排出権事業はリーマンショックで撤退

そして、合併後はフロンティア戦略企画部へ。新事業としてCO2排出権ビジネスを軌道に乗せようとした。共著で書籍も出版するほど環境問題の知識を身につけたが、リーマンショックの余波で市場が縮小。事業撤退することになってしまった。

排出権についての共著書とCOP10参加時の品
排出権についての共著書とCOP10参加時の品

「それは衝撃でしたよ。キャリアの中で最大のピンチ。将来を見据え立ち上げる新規事業には、こういうことがあるんだと思い知りました」

当時は環境問題が今ほど切実な課題ではなく景気後退とともに市場が縮小したが、現在はSDGsが脚光を浴び、再生可能エネルギー市場も拡大。事業自体は正しかったと自負している。

2016年に女性初の執行役員となり5年。三菱UFJフィナンシャル・グループ全体で見てもまだ女性役員は珍しいが、課長、部長クラスの女性は増えてきた。業務経験を積んだ女性が増え、その前の段階でも女性がアサインされる業務領域が広がり、難易度も上がっているからだと考える。

法人コンサルティング部の交流企画でボウリング
法人コンサルティング部の交流企画でボウリング

「女性が少数派のうちはどうしても“特別な存在”になりがちかもしれませんが、数が増えてくることで“普通の存在”になり、女性にとっても上司や周囲にとっても相対的にやりやすくなるはずです」

LIFE CHART

どんな場面でも通じる極意

この1年で一気に普及したリモートワークも、かつての自分のように子育てで奮闘する女性にとって追い風だと感じる。

「環境は整ってきたと思います。管理職を目指すなら、まずコミュニケーション能力を磨くことが大事」

実は自身もコミュニケーションが得意なほうではないとか。だが、部署内外で相手の立場や考え方を把握し、どうすれば自分の主張と折り合う部分を見つけられるかを繰り返し模索してきた。

「相手から『この人と仕事をしてよかった。また、一緒に仕事をしたい』と思ってもらえることを心がけています」

どんな場面でも通じる極意。シンプルだが、なかなかできないことを徹底して貫いてきたことが、相さんの現在をつくっているのだろう。

役員の素顔に迫るQ&A

Q 好きな言葉、座右の銘
「あおいくま」(あせるな、おこるな、いばるな、くさるな、まけるな)

20年来愛用しているOMEGAの腕時計

Q 趣味
ランニングとウォーキング

Q ストレス解消法
料理アプリを見て「簡単で美味しい料理」を作ること

Q 愛読書
置かれた場所で咲きなさい』渡辺和子著

Q Favorite item
20年来愛用しているOMEGAの腕時計

相 幸子(あい・さちこ)
三菱UFJ信託銀行 取締役常務執行役員
1989年、東京大学法学部卒業後、三菱信託銀行入社。2008年、三菱UFJ信託銀行フロンティア戦略企画部環境室室長に。16年、執行役員。19年、監査部長兼三菱UFJフィナンシャル・グループ執行役員監査部部長付部長。21年4月から取締役常務執行役員CAO兼三菱UFJフィナンシャル・グループ常務執行役員 グループDeputy CAO。