退職金で住宅ローンを完済し、貯金ゼロで老後生活に突入……。できれば避けたいパターンですが、もしそうなった場合、60歳から老後資金を準備する方法はあるのでしょうか。ファイナンシャルプランナーの長尾義弘さんがおすすめの「年金術」を解説してくれます――。

※本稿は、長尾義弘『運用はいっさい無し! 60歳貯畜ゼロでも間に合う老後資金のつくり方』(徳間書店)の一部を再編集したものです。

貯金通帳と電卓
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長く豊かに生きる「年金術」

60歳のときに貯蓄ゼロなんてことになると「老後生活の心配」もありますが、その前に、いまの生活も綱渡りの状態になっています。貯蓄ゼロというのはけっしていい状態とは言えません。

では、60歳の時点で貯蓄ゼロにならない方法も必要です。さらに60歳から老後資金を準備する方法と、長い老後生活を豊かにする「年金術」について、解説をしていきましょう。

住宅ローンは退職金で返済しない?

住宅ローンは退職金で返済すべきか、すべきでないのか。ここは意見の分かれるところです。

年金だけの生活になっても住宅ローンが残っている場合は、老後破綻の可能性が高くなります。したがって、できるだけ退職金などを使って完済したほうがいいと考えています。ただ、住宅ローンを完済したあと、貯蓄がゼロになってしまうのであれば、避けたほうがいいかもしれません。

貯蓄ゼロは、けっして望ましい状態ではありません。病気やケガをしたらどうしますか。または、両親の介護やその他のトラブルが起きたときなども困ってしまうかもしれません。突然、まとまったお金が必要になったときに対処できなくなるのです。

一部繰上げ返済で将来の負担を減らす

そこで、貯蓄がゼロにならないよう、一部繰上げ返済という方法をオススメします。一部繰上げ返済をすると、支払い終わる期間が短くなります。そして、収入が年金だけになる65歳までには、返済を終えたいものです。

そもそも定年後も住宅ローンが残ってしまうような計画は、あまりよろしくありません。退職金で全部を返済するつもりでいても、退職金が予定より少ない場合もありますし、会社を途中でやめる可能性だって否定できません。もし可能ならば、ボーナスなど余裕ができたときに住宅ローンの繰上げ返済をすることで、将来の負担を少しでも減らすこともできます。

最近は低金利の影響か、住宅ローンを借りすぎるケースが見受けられます。ムリな住宅ローンを組むと、老後の資金計画に支障をきたすこともあるのです。

すでに住宅ローンを組んでいる人は、がんばって返済計画を立てるようにしてください。30代、40代でこれから住宅ローンを組む場合は、くれぐれも借りすぎに注意しましょう。

スケールのバランスをとって家とコイン
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繰上げ受給と繰下げ受給どちらが得?

通常、年金は65歳で受け取りが始まります。しかし、60歳から70歳の間ならば、いつでも受け取ることができます。65歳より前に受け取ることを繰上げ受給、66歳以降から受け取ることを繰下げ受給といいます。

「60歳からもらえるなら、なにもキリキリ働かなくたっていいじゃないか」

こういう意見があることは承知しています。実際、約12.3%の人が繰上げ受給をしており、繰下げ受給を選んでいる人はたった1.5%です。「早くにスタートしたほうが長期間もらえて得!」だと考える人が多いようです。これは大きな勘違いです。

元気で働けて、緊急性がなければ、繰下げ受給をするほうが得になります。というのも、早く受け取るほど受給額が減り、遅く受け取るほど受給額が増えるのです。

繰下げ受給の損益分岐点は?

66歳以降に受け取りを開始する繰下げ受給は、1カ月につき0.7%ずつ年金が増えていきます。1年では8.4%の増額です。70歳まで繰下げたとすると、42%の増額になります。増額された年金額は一生涯続きます。

繰下げ受給の損益分岐点は11年11カ月です。70歳からスタートしたら、82歳以降はずっと得をするわけです。男性の平均寿命は81歳。微妙ではありますが、これからも寿命は延びていく予想です。女性の平均寿命は87歳なのでほぼ得をしますし、男性も半数以上は得になる方法でしょう。

一方、繰上げ受給は1カ月につき0.5%ずつ減らされ、60歳まで繰上げた場合は30%の減額になります。こちらも減額された年金額が一生涯続きます。その損益分岐点は77歳。それ以上長生きすれば、その後は損をします。

繰上げ受給と繰下げ受給の差は2200万円

繰下げ受給と繰上げ受給でどのくらい差がつくのか、比較してみましょう。65歳のときの年金受給額が200万円で、95歳まで生きたとします。

・60歳まで繰上げ受給の総額=4900万円
・65歳で受給開始の総額=6000万円
・70歳まで繰下げ受給の総額=7100万円

95歳まで生きると、繰上げ受給と繰下げ受給ではなんと2200万円もの開きがあります。65歳で開始した人とも1100万円の差が出ます。

長生きすればするほど、差は広がります。受給額が大きい人は、繰下げ受給をすることで、年金だけで生活していけるようになります。

「もしも…」のときにも繰下げ受給は役に立つ

繰下げ受給はなかなか融通がきく制度で、途中でやめることができます。その際には2種類の方法があります。ひとつは、年金を一活で受け取る方法です。その場合は、65歳時点の受給額で計算され、未支給分の年金が支払われます。要介護になってまとまったお金が必要なときなどは助かります。

もうひとつは、途中で年金の支給を開始する方法です。生活費が心配なときは繰下げをやめれば、そこから年金の支給は始まります。こちらは、その時点まで繰下げて増額になった金額を受け取れます。

現在の状況を考えながら、いつ受け取りを開始するかを決めればいいのです。また、繰下げ受給をしている途中で死亡してしまっても、未支給分として遺族が受け取れます。生命保険と同じようにみなし相続財産になるので、相続税の税制優遇があります。

繰上げ受給と繰下げ受給のデメリットは?

年金をいつから受給するかは、それぞれの事情によって異なります。人生100年時代に向いている方法は繰下げ受給です。

逆に、早く年金を受け取ることができる繰上げ受給は、デメリットが大きいです。

繰上げ受給は一度選択すると、途中で変更がききません。また、障害年金を受け取れなくなります。遺族年金を受け取っている人は併用ができません。どうしても生活に困っているのでない限り、できるだけ避けたいものです。

もっとも、繰下げ受給にもデメリットがないわけではありません。いちばんのデメリットは、早死にすると損をすること。とはいえ、死んでしまえばお金は必要ないので、デメリットとは言えないかもしれません。

ただ、年下の配偶者がいた場合は、加給年金を受け取れません。加給年金とは、厚生年金の遺族手当のようなものです。加給年金は金額が大きいため、損になることもあります。

また、受給額が増えたぶん、税金や社会保険料が多くなってしまいます。

70歳まで繰下げると受給額は42%アップしますが、実際の手取り金額は35~32%くらいになるかもしれません(税金や社会保険料は、それぞれ家族関係や家計の状態で異なります)。すると、損益分岐点も1~2年、後ろにズレます。

長尾義弘『運用はいっさい無し! 60歳貯畜ゼロでも間に合う老後資金のつくり方』(徳間書店)
長尾義弘『運用はいっさい無し! 60歳貯畜ゼロでも間に合う老後資金のつくり方』(徳間書店)

「税金や社会保険料まで上がるなら損だ」という人もいますが、それは間違い。もともとの目的は、年金の受給額を増やすことです。増えた金額以上に、税金や社会保険料が上がることはありません。ある意味、これは仕方のない話です。

「税金や社会保険料が増えるから、給料を上げないでください」なんて言う会社員はいませんよね。引かれる損より、増えた得に目を向けてください。

繰下げ受給は、基礎年金か厚生年金のどちらか一方を選ぶことも、両方を繰下げることもできます。さらに、繰上げ受給とは違い、「70歳まで繰下げるつもりだったけれど、お金が必要になったので68歳からもらおう」といった具合に、変更も可能です。このように自由度の高いしくみになっています。