坂梨亜里咲さんはmederiを創業し、20代、30代の女性に妊娠・出産・不妊治療に関する知識とともにサプリメントや検査キットを届けている。子どものころから10年単位で目標を立て、努力をもって達成してきた坂梨さんだったが、たった一つ、全力を尽くしても叶えることができない夢があった――。

年収1000万円稼げる人になりたい

10年後にはどんな自分でありたいか。将来の計画を10年単位で細かく立ててきたという坂梨さん。なんと10歳から始めたらしい。

MEDERI 代表取締役 坂下亜里咲さん
写真提供=mederi
mederi 代表取締役 坂梨亜里咲さん

「私、10歳の誕生日に号泣しちゃったんですよ。それまで年齢を書く欄は1桁の数字だったのに、もう2桁になってしまうのだと。大切な9年間を自分で何の目標も決めずにやってきたことが悲しくて、それが10年後の目標を考えるようになったきっかけでした」

末っ子に育った少女は、お兄ちゃんのように東京の大学へ行って、華やかな仕事をする人になりたいと思う。その夢は20歳でより明確になった。「プライベートでは30歳までに結婚をして、仕事面では年収1000万円を稼ぐ人になる!」と。

堅実な母から「男に頼るな」といわれて育ったという坂梨さんにとって、年収1000万円へのこだわりは、もし結婚しなかった場合に一人で生きていくための“保険”だった。

それからは目標を達成すべく、邁進する日々だった。

大手狙いの就活は大失敗

大学3年次の就活はあらゆる業種を受けまくり、ことごとく落ちてしまう。さすがに年収狙いでは甘いと反省し、戦略を見直した。

「私は常に“保険”をかけるタイプなので(笑)、年収1000万コースが難しかったら、手堅い資格で食いつなごうと思っていました。まず教員免許を取ろうと考え、教育実習で郷里の宮崎へ。けれど、そこでもう一度自分を見つめ直したのです。30歳までに目標を達成するためにはどこに身を置くべきだろう……と」

就活では大企業ばかり受けていたが、小さなベンチャー企業のほうが昇進のチャンスもあるかもしれない。的を絞ったところ、すぐ採用が決まった。入社したのは20人ほどのインターネット通販会社。1年後には起業した友人の誘いで転職し、若い女性向けにコスメやアパレルなどトレンド情報を発信するWEBメディアの運営に携わる。まさに自分と同世代がターゲットなので面白く、わずか4人のメンバーで仕事を回していく。ディレクター、役員へと、年収も着々とアップしていった。

27歳で入籍、そこまではすべて計画通りだった

その間、坂梨さんは「30歳までに結婚」を目指し、婚活にもせっせと励んでいたという。

「できれば30歳までに子どもを産みたかったから、27歳くらいで結婚したいという気持ちがありました。プライべートではできるだけ出会いの機会を増やすために、たくさんの人と会うようにしていましたね」

ウェディングブーケ
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結婚相手となれば、やはり自分より稼ぐ力のある人で、尊敬もできて……と狙いを絞る。

「私は人生で欲しいものがそんなにたくさんあるタイプの人間じゃない。では何が大事かと考えたとき、ソファに座って一緒にNetflixの映画やドラマを観られること、おうちデートを楽しめるかどうかがすごく大事ということにたどりつきまして」と声もはずむ。

婚活の末に出会った相手は一緒にいて楽しい相手だ。無事に27歳で入籍。その頃には年収1000万円も達成し、すべて計画通りと思っていたのだが……。

「妊娠は難しい」の診断

結婚したら子どもが欲しいと思っていた坂梨さんは、婚約中にブライダルチェックを受けていた。出産を希望する人が受ける妊娠に関する婦人科系の検査だが、そこで告げられたのは予期せぬ結果。AMH検査(卵巣内に残っている卵子の数の目安を調べるための血液検査)の値が極めて低く、きちんと卵巣が機能していない。「妊娠は難しい」と診断されたのだ。

泣きながら帰る道すがら、不妊治療クリニックへ片端から連絡したが、入籍前では治療できないと断られる。それでも再検査してくれたクリニックでは不妊と断定されず、治療を進めていくことになった。彼も快く不妊治療を受け容れてくれ、入籍するとすぐに開始する。だが、仕事と両立しながら週一回通院するのは、想像以上に厳しかった。

「私は負い目を感じていたので、忙しい夫にはあまり頼りたくなかった。付き添わなくていいし、お金も払わなくてもいいと、毎月何十万円も自分が出していたので給料がほとんど消えることもありました。でも、いつか実を結ぶと信じていたので……」

年間300万円~500万円費やし、全力を尽くしたけれど

坂梨さんが試みていた不妊治療は体外受精の中でも高度な顕微授精で、身体への負担も大きかった。夫は辛い気持ちを支えてくれたが、幾度やってもうまくいかず、その度に高額な治療費も無駄になってしまう。年間300~500万円を費やしたけれど、妊娠には至らない。いよいよ30歳が目前に迫る頃、妊活の日々を振り返ったという。

MEDERI 代表取締役 坂下亜里咲さん
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「全力を尽くしたけれど、自分の意思ではどうにもならなかった。唯一、子どもをもつことだけは30歳までに果たせなかったんですね。次はどうしようと考えたとき、もう年収は目標じゃなかった。それまでの仕事は食べていくためのライスワークだったけれど、30歳からの10年間は一生添い遂げられるようなことにチャレンジしたいと思い始めていました」

6年携わったメディア運営では子会社社長まで務め、十分にやり切ったと思えた。ならば独立して起業しようと決意。ライフワークにするなら、「自分」をターゲットにした事業がいい。そう考えたときに「不妊治療をしてきたじゃないか」と気づく。その辛さも経験してきたからこそ、同じように不妊に悩む女性たちをサポートすることができるのではと。

あの時間が無駄にならないように

坂梨さんは不妊の悩みを誰にも話せなかった。同世代の友だちはどんどん結婚し、出産する人も増えていく。「あなたは子どもを産まないの?」と聞かれると、「まだお互いに仕事が忙しいから」と笑顔でかわしても、胸が痛む。隠せば隠すほど苦しくなり、そんな自分を解き放ちたいという思いもあった。

「不妊治療は4年ほど続けたけれど、たぶん私は今後も身ごもれない可能性が高いと思う。そうなったときに後悔だけを残して終わるより、誰かの笑顔につなげることができていたらいいと思ったのです。『子どもを産みたいのなら、早くチェックした方がいいよ』とか『ちゃんと生理は来ている?』とアドバイスできるようになれたら嬉しい。そうじゃないと、あの時間が本当に無駄になってしまうから」

ちょうど30歳のときに創業

次の目標を決めたら、さすがにフットワークは軽い。坂梨さんは資金調達に動き、市場調査を重ねながらプロダクト開発に取り組んだ。2020年に「MEDERI」を創業(のちにmederiに)。医師など専門家による監修のもと、妊娠や出産に関わるサービスを展開するウーマンウェルネスブランド「Ubu(ウブ)」を立ち上げる。ちょうど30歳からのスタートだった。

サプリメントとともに、妊活に関する情報をまとめた知識ブックとコーチングカードが届く。
写真提供=mederi
サプリメントとともに、妊活に関する情報をまとめた知識ブックとコーチングカードが届く。

最初のプロダクトは、自身も妊活のために毎日服用していたサプリメント。妊娠を望んでいる女性に推奨されている葉酸とビタミンDに加え、良性の乳酸菌をサポートするラクトフェリンを配合したもので、現代女性に不足しがちな成分を補うものだ。

次に開発したのが、自宅で簡単に膣内の細菌バランスをチェックできるキットだ。女性の膣内には様々な細菌が存在し、バランスが乱れると感染症や妊娠に影響することがわかっている。そうした身体の状態をチェックすることがセルフケアにつながることから、知識ブックなどのコンテンツも力を入れた。

「より多くの女性に、自分の身体のことをきちんと知って欲しい。mederiのプロダクトを通して、日々の暮らしの中で自分と向き合う時間を少しでも届けられたらいいなと思っているんです」

この数年、「Femtech(フェムテック)」が日本でも注目されている。女性が抱える健康の課題をテクノロジーで解決できる商品(製品)やサービスのことだ。坂梨さんが立ち上げたフェムテック事業に、前澤ファンドからの出資も決まった。きっかけは昨年8月、ZOZO創業者の前澤友作氏が設立したファンド「10人の起業家に100億円」出資計画をTwitter投稿で知り、たまたま応募したところ、4000通以上の応募の中から13事業が選ばれた。坂梨さんは唯一の女性起業家と話題になった。

更年期障害の症状を抑えながら…次の挑戦へ

このチャンスを得て、坂梨さんが企画したのはオンラインピル診療サービスだった。低用量ピルには避妊だけでなく、生理痛や月経不順など生理トラブルを改善する効果もあることから、産婦人科医によるオンライン診療を受けて自宅にピルが届くサービスだ。来年1月にリリースされるという。

「働く女性たちは仕事もプライベートも忙しく、心と身体のバランスを保つことはなかなか大変です。産婦人科を受診するのもハードルが高いという声をよく聞きますが、オンライン診療ならば相談しやすいでしょう。ハードルを下げることで、不調があれば受診するという意識をもってもらうことも大切。一般的に妊娠能力は年齢を重ねるほど低下すると言われているので、後悔しない人生を送って欲しいですね」

事業をスタートしてから2年、ユーザーから「子どもができました」「無事に出産しました」という報告が届くようになった。坂梨さん自身はすでに更年期障害の症状があるため体調を整えながら、35歳までには何とか子どもを授かりたいと願っている。

「やはり自分の手で子育てしたいという夢があり、女性としてもその先に見えてくることがあるのかなと思う。だからあらゆる選択肢を考えています。事業では、私はもともと卵子が少ないから同世代より早く閉経が訪れると医師から言われているので、次は更年期の健康サポートを考えています。私は女性の人生に点ではなく、線で寄り添っていきたい。ようやく線がつながってきたような気がしますね」

すべての女性がより健やかに、幸せに暮らせる未来を実現する――坂梨さんは起業の理念をそう掲げる。10年刻みで立ててきた将来の計画の先に、今は確かなライフワークを見出したようだ。30代から40代、50代へと、私たち女性に、そして社会へと何を発信してくれるのか、その未来を期待したい。