21世紀のポピュリストたち
『プレジデント ウーマン』2021年秋号で、ポピュリズムの特徴に「分断と扇動/劇場型の政治/急進的な改革」などがあるとし、その問題点を「国際的な孤立/政策が民意次第でぶれる/独裁者が生まれやすい」などとお伝えしました。北海道大学の山口二郎教授は、ネット記事「テレビが作る世論」において「庶民の欲求と怨嗟が原動力/指導者との直接的結合をめざす(たとえばメルマガや目安箱、Twitter、国民請願制度など)/常に敵をつくる(単純な善悪二元論、敵・異質なものの排除)」などの詳細な特徴を指摘しています。
ここでは、私たちの記憶に新しい「21世紀のポピュリストたち」を見ていきましょう。彼らをとおして、ポピュリズムの特徴や問題点がどれくらい当てはまっているかを確認していくと、とても興味深い見方ができます。
小泉純一郎氏は、日本の第87代内閣総理大臣です。在任期間は2001~2006年の5年半で、戦後4位となる長期政権を築きました。政界では「変人」とされた小泉氏ですが、政権発足当初の内閣支持率はなんと87.1%(歴代1位)と、国民的人気は非常に高かった人物です。私は当時、小泉氏をポピュリストという目では見ていませんでしたが、今考えればこの人は、ポピュリストとしての要素を十分すぎるほど持ち合わせている人物でした。
まず彼は、森喜朗首相(暴言・失言の多さで非常に不人気でした)の後釜として首相になるやいなや「自民党をぶっ壊す!」と叫んで、民意を背負った改革を開始しました。これにより、まず閣僚人事は派閥均衡型から官邸主導型になり、そのおかげで従来の派閥の論理では考えられないような「サプライズ人事」(田中真紀子外務大臣や竹中平蔵経済財政担当大臣など。いずれも当時)が実現しました。
また彼は、持論であった郵政民営化を実現するために、自民党内でそれに反対する議員たちを「抵抗勢力」と呼び、選挙の際には彼らを倒すための対立候補(「刺客」と呼ばれました)を同じ選挙区に擁立し、ふつうならばあり得ない「1区1名の小選挙区での、自民党候補同士の“仁義なき戦い”」を行わせたのです。
メールやキャッチフレーズなどで大衆と直接的に結合
さらに彼は、国民に直接自分の声を届けるため、メールマガジン「らいおんはーと」を開始し、記者会見も親しみやすいぶら下がり会見にしました。
そのほかにも小泉氏は、飾らない人柄、人懐っこい笑顔、キャッチーなワンフレーズ(「改革なくして成長なし」「聖域なき構造改革」「痛みを伴う改革」など)で人気を博し、政権末期の2006年時点でも支持率は50%前後あり、最後は惜しまれつつ本人の強い希望で辞任しました。
私はかつて、ここまで国民に愛された首相は見たことがありません。しかし彼の政治手法を冷静に見ると、既存のエリート主義への反逆、大衆をとりこにするカリスマ性、歯切れのよいワンフレーズ、劇場型政治、急進的な改革、自民党内勢力の分断、敵の排除、大衆との直接的結合を求めるメールマガジンなど、どれをとってもポピュリズムそのものでした。
トランプ前米大統領の手法
ドナルド・トランプ氏は第45代アメリカ合衆国大統領です。在任期間は2016~2020年の4年間と短いですが、非常にインパクトの強い大統領でした。
彼が味方につけた大衆は「プアホワイト(貧しい白人層)」です。その多くは「ラストベルト(錆びついた工業地帯)」の貧しい工場労働者で、グローバル化の波の中、近年は生産受注を新興国に奪われ、国内雇用は安い不法移民に奪われていました。しかし、そんな彼らを、従来の政治は助けてくれませんでした。共和党は金持ち優遇、民主党は弱者に優しいはずなのに、人種的マイノリティにばかり目が行き、彼らの窮乏に気づいてくれません。彼らは従来のエリート主義の政治に失望していました。
そこにトランプ氏が出現。ビジネスマン出身の彼は「America First(アメリカ第一主義)」を掲げ、国際協調よりもアメリカの国益を重視し、そのために従来のエリート主義の政治を止め、国民の力で世界に分散したアメリカの富を取り戻すことを呼びかけたのです。そのために彼が訴えた政策は、メキシコとの国境に壁をつくる(不法移民対策)、イスラム教徒の入国禁止(テロ対策)、TPPからの離脱(途上国に利するだけ)、安保同盟国への負担増額要求(アメリカの労力に見合っていない)、などでした。これらはいずれも国内外の分断を進めるもので、従来のエリート主義の政治では考えられないものばかりでした。しかし彼は、そのほとんどをためらうことなく実施あるいは着手したせいで、エリートや知識人からは嫌われましたが、プアホワイトをはじめとする従来の政治に不満を持つ大衆層からは、熱烈に歓迎されました。
さらに彼は、国民と直接つながる手段として、Twitterを利用。しかも通常よく見られるような、息抜きや政策宣伝用ではありません。社会に渦巻く分断の炎に、ガソリンを投下するためです。つまり彼は、社会を分断して至るところに敵味方の構図をつくり、敵への憎悪をTwitterで煽り、それに共鳴した大衆を味方につけることで、自らへの支持を拡大させたのです。善悪はともかく、彼は天才的なポピュリストでした。
「反日」を合言葉に民意を扇動した文大統領
2017年に就任した韓国の第19代大統領、文在寅氏のポピュリズムの核心は「反日」です。つまり彼は「日本との分断」という激しい反日政策で、大衆の反日感情と愛国心を煽り、政権への求心力をものにしようとしたのです。
彼が大統領に就任して以降、日韓の間には「徴用工問題」「従軍慰安婦問題」が立て続けに再燃しましたが、どちらも韓国発であり、しかも「条約ですでに解決済み」とされる案件でした。条約を遵守しない行為は非理性的ですが、この「理性よりも感情に訴える」というのも、ポピュリズムの大きな特徴なのです。どこまでが当初の目論見どおりなのかはわかりませんが、とにもかくにも彼による日韓の分断は見事に成功してしまい、日韓関係は「戦後最悪」と言われるまでに冷え込みました。
また文政権は、国民との直接的結合のために「国民請願制度」をつくりました。この制度は、国民からの何らかの請願に対し、20万人以上が同意すれば、政府が回答するという制度です。ある意味「真の民主主義」ともいえる直接民主制(全国民参加型の政治)に近い制度ですが、大きな危険もはらんでいます。それは、衆愚政治が暴走する危険です。
20万人は「軽視すると票に響く」という圧力を感じる数ですから、もし政府がその圧に負け、彼らの望む回答を出し、それを具体化する政策を行うようなことになれば、ポピュリズムが、どんどん暴走してしまいます。つまり国民請願制度は、政府を「国民感情の暴走列車」にしてしまう可能性があるのです。
しかも冷静に考えたら、そもそも20万人は多くありません。韓国の人口は約5000万人ですから、20万人はわずか0.4%にすぎません。本当に国民のための政治を行いたいのなら、0.4%よりも、残りの99.6%のための政治を行うべきなのですが……。
近年、身近に見た「ポピュリズム政治」。さて、次はどんな「ポピュリスト」が現れるのでしょうか。