「男だって大変」が隠してしまう問題の本質
——『マチズモを削り取れ』では、痴漢など、女性が公共空間でさまざまな実害にあっていることから日本型組織に残る根本的な女性差別の構造までを解き明かしています。男性である武田さんがここまで深く女性の問題を書こうと思ったのは、なぜですか。
【武田砂鉄さん(以下、武田)】これまで、ライターとして様々な問題を考察してきて、日本社会に残る男性優位の構図に行き着くことが数多くありました。年配の男性たちの考えで物事が強引に決められてしまうのを見て、いつまでこれが繰り返されるのだろうと。なので、“女性の問題”ではなく“男性の問題”です。今回の本では、マクロよりミクロの視点、自分の経験や編集者との対話を出発点に、より身近な場面について具体的に考察を進めていこうと考えました。
——2章は「電車に乗るのが怖い」というテーマですが、本の発売後の8月にも小田急線の車両内で男性が女性に切りつけ、その動機として「幸せそうな女性を見ると、むかつくから」と語ったという報道がありました。それに対してTwitterなどでは「男性は非正規雇用で不安定だった」「女性より男性のほうがしんどいのは確か」と犯人を擁護する投稿がありました。
【武田】この本の1章で、混み合う駅構内で女性にわざとぶつかってくる男性の話を書きました。女性に向かって次々と体をぶつけていく男性の様子を捉えた動画がネット上で拡散された際、そのコメント欄には「その日その若者は上司に怒られたか」「下っ端でこき使われているからストレス発散か」といった、男性の行動の背景を推察するコメントがついていました。今回の小田急線のような事件が起きると、加害者側の背景を想像しようとする動きが必ず起きます。その動きが真っ先に出てくるのがおかしい。「女性より男性のほうがしんどい」が真っ先に出てくるのは順番として明らかにおかしいわけです。
女性蔑視発言が問題化しても反省しない人たち
——日々のニュースでも、権力のある男性の女性蔑視発言が目立ちます。
【武田】東京五輪組織委員会会長だった森喜朗による「女性は話が長い」という発言、そして、報道番組「サンデーモーニング」で野球解説者の張本勲がボクシングの女性選手について「女性でも殴り合い、好きな人がいるんだね。嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴り合ってね」と発言した件など、同質の問題発言が続いています。いずれも本人は反省していないようで、これからも同じような発言を繰り返していくのではないでしょうか。
個別事例を問題視し、こういう女性蔑視は良くないと改善に向かわせるしかないのですが、たとえばテレビ番組では、男性芸人を中心に、「いやー、今は、こんなことも言えなくなってしまったのか」などと嘆いてみる力が強い。そこに視聴者が連帯する動きもありますが、「そもそもやるべきじゃないことをやってきた、言ってきた」と考えなければ、すぐに元どおりになってしまいますよね。
——名古屋市長の河村たかしがオリンピック選手の表敬訪問を受けたとき、彼女の金メダルを勝手にかじり、「(所属チームは)恋愛禁止か?」としつこく聞いたという事件もありました。
【武田】選手のプライベートについてしつこく聞いた件は、河村市長が金メダルをかじったからこそ明るみに出ましたが、そうでなければ、会議室の懇談の内容は話題にならなかったはず。あの発言をした時、映像を見る限り、名古屋市側も、選手を連れてきた側も、誰も市長に注意をしていなかった。そういう“おやじコミュニケーション”に対し、「なんでそういうこと言うんですか」と言わずに看過すると、同じことをします。その後の、殴り書きの謝罪文などを含め、市長の態度を見ていると、“反省して改める”という概念がありませんでした。
——特に男性は、セクハラ行為や発言を目の前にしても、なかなか目上の人には注意できないのでは?
【武田】過去に自分が言えなかったことがあるならば、次の機会に、目の前で起きた同様のことに対応するしか、方法はないですよね。こういう話をすると、セクハラと言われないために「100点満点で対応しないと駄目なんでしょ」と、すぐさま萎縮してみる人がいるんですが、改善しようという気持ちがあれば、「何も言えない、ああもう怖い」って方向には転がらないはずです。
男性がマチズモから脱することができない理由
——最後の12章では「人事権を握られる」というテーマで、就活から入社後のキャリアまで、ほとんどが男性の会社上層部にコントロールされていることへの疑問を発していますね。
【武田】自分も10年ほど会社で働いていたので、なにかと言えば人事、という感じに疑問を持ってきました。人事がとにかく大好きな人たちが繰り返す「誰それが昇格した」「あの人はダメっぽい」といった話に入っていくのがストレスでした。今はさすがに変わったと思いたいですが、接待ゴルフに行くだとか、夜の飲みに付き合うだとか、そうやって、とにかく「その場にいる」人たちが評価されてきた。それでは、育児や介護をしている人はその仕組みに対応できなくなります。知人に聞くと、コロナ禍でテレワークが奨励される会社であっても、「自分は会社に来ている」とアピールする人がいるらしく、とにかく「その場にいる」という会社への忠誠心で評価されようとする考えがまだ残っているようなのです。
——なぜ多くの男性は「マチズモ=男性優位主義」から脱することができないのでしょうか。
【武田】昨年、政府は「2020年までに指導的立場の女性を30%に」という政策目標を諦め、「2020年」から「30年までの可能な限り早期」と先延ばししました。定年までこのまま逃げ切りたいと思っているような「指導的立場」の男性、女性を積極的に登用すると「俺の会社員としてのプランが崩れる」と焦っている人は、それを聞いて安心したのでしょうか。そもそも管理職になる機会が偏っているのを是正しようとしているだけなのに。
セクハラも女性活躍も「男性が解決すべき問題」
——この本を読んでいると、そんな構造がよく理解できます。発売後、読者からの反応はいかがでしたか?
【武田】読んでくださった方から、「男性なのにこんなテーマで書いてくださって」という反応をいただくのですが、これらの問題は、そもそも男性が解消すべき問題であり、先ほども言いましたが、“女性問題”というより“男性問題”です。男性が気付いて改善すれば、なくなる問題ばかり。男性側が自分や周囲の行動を検証すれば、良い方向に変わるはず。この本は「女性の味方」ということではなく、男性が中心となって作ってきた社会構造を考察しているにすぎません。これは良くないので直そう、という話です。
——それぞれの問題と分析を読んでいると、自分も過去に体験したけれど、「あのときこうすればよかったんだ。こう反論すればよかった」と気付かされます。
【武田】「特に○章は読むのが辛かった」といった感想も多くあり、ひとつの具体的な事例を読みながら、それに似た体験を思い出すようです。「不動産を内見したとき、男性の担当者と2人きりだったのが緊張した」というようなことが、当人には、しこりというか、記憶に色濃く残っている。それについて「それくらいは別に大丈夫っしょ」と外から決めてはいけません。
——そのしこりについてなかなか周囲の男性が理解してくれないという状況もありますが、女性の環境改善は良い方に向かっているのでしょうか。
【武田】男性中心に動いている政治の世界を見ていると、とにかくこの手の問題を先送りにしますよね。選択的夫婦別姓、うんうん、そろそろ考えなきゃいけないけど、今はほら、まずはコロナ対策を……というように。勝手に、優先順位を下げられてしまう。そういう状況だと、自分の考えを伝える、告発するのに体力が必要となるので、言っても無駄なのかなと、問題意識を麻痺させてしまう。そうやって強引にそれぞれの暮らしを保っている人もいるけれど、抑え込んでいたものがダムのように決壊したら危ないですよね。この本1冊で、どこまで届くかは分かりませんが、読んだ人の中で、少しの変化が起こっていればいいなと。例えば、男性が読んで「あれってダメだったのか」と思うようなことが発生すれば、この本を書いた意味があったのかなと思います。