怒りは身近な大切な人にぶつけてしまいがちです。そうなる前に自分で鎮める方法はあるのでしょうか。京都・両足院の副住職、伊藤東凌さんは「怒ることをやめるにはコツがある」と話します――。

若いころは短気だった

実は私自身、昔はよく怒っていました。すごく短気で、家族に対しても他人に対しても、よく怒っていましたね。知らないことを知らないと言えず、常に不安を抱えて、それを怒りというエネルギーに変えていたのです。

昔はよく怒っていたと振り返る伊藤さん。
昔はよく怒っていたと振り返る伊藤さん。(撮影=Hiroshi Homma)

今振り返ると、あんなに怒っていたのは知識と挑戦が不足していたからだと思います。学ぶ姿勢が足りていませんでした。

また、弱い自分を受け止める自信がなかったということも原因の一つです。自分を肯定するために怒る対象を探してしまっていたのです。

そのことに気づき、人生のイヤな出来事は全て学びの種だと捉えることができるようになったころから徐々に怒らなくなっていきました。

怒りは美しくない

そもそも、怒っている人を見ていい気持ちになる人はいないと思います。それは、怒りが美しくないからです。大事なことは、美しいものを探すことにエネルギーを使うこと。自分が感動や喜びなどのポジティブな気分になれることは何なのか、それをできるだけ毎日積極的に自分から発見しにいく習慣を持つことをおすすめします。

そうやって日々美しさを実感していると、自分の中にある怒りも中和されていくからです。「美」にアンテナが立っている人は、怒りの荒波からも美を見つけようとして、のみ込まれることはありません。

家族にも他人のように接する

では、人はなぜ家族に対してイライラしてしまうのでしょうか。

私たちは初めて会う人や好きな人には、丁寧に接しますが、ある程度関係性が安定したら、接し方が雑になります。結婚して家族になったら、ますます雑になっていく。もしかするといちばん雑に扱っているのは、自分を育ててくれた親かもしれません。

両足院の枯山水庭園
撮影=Hiroshi Homma

しかし、いちばん丁寧に接するべきなのは、身近な人です。つながりが深い人と深く結びつき、そこをベースに幸せを広げていけば、外の人との関係もぶれずに安定するからです。

家族を雑に扱ってしまうのは、家族だと「わかってくれて当たり前」「気持ちを察してくれて当たり前」と、「当たり前」という気持ちがあるからでしょうね。しかし、たとえ親子であっても夫婦であっても、相手は別人格。他人と同じように接することこそ当たり前です。

100%努力をする姿勢を見せる

特に夫婦間においては「あそこの家はだんなさんが家事をしてくれている」「うちは全然やってくれない」と、よその家と比較しがちです。ただ隣の芝生は青く見えるもので、もしかすると、それだけの関係性ができたのは、奥さんがすごく丁寧にだんなさんに接して、コミュニケーションを重ねてきたからかもしれません。

ですから、いい関係をつくりたいなら、やるべきことは一つ。コミュニケーションを丁寧にするということです。

木に触れる
撮影=Hiroshi Homma

小さなプライドがじゃまして、向こうがやってくれたらこっちがやるという態度では、うまくいく可能性は下がるだけです。自分が変わっても相手は変わらないかもしれませんが、まずは自分が変わらないと、相手の変わる余地がありません。「他の家族を見てみろ」「あそこのご主人を見習いなさい」と言ったところで、変わる人はいないでしょう。

反対に「あなたのことを本当に大切に思うから、自分も行動を変えていく努力をするし、それでも協力してほしい部分があるから話を聞いてもらってもいい?」と言われて耳をふさぐ人はいないのではないでしょうか。

誠意をもって頼むときは頼む、私もあなたに対して100%努力するという姿勢を見せる。それで半分ぐらい伝わればよいほうでしょうね。

イライラが先に立ったときの対処法

そうしたコミュニケーションの大切さを頭ではわかっているつもりでも、イライラが先に立つことはあります。そんなときに、とっさにできる自分の対処法をもっていると感情をうまくコントロールすることができます。

座禅を組んで呼吸に集中
「イライラしたら呼吸に集中するのが一番」と伊藤さん。撮影=Hiroshi Homma

まずは、怒っているときの自分の身体変化の特徴をつかむことです。肩が力んでいたり、背中が丸まったり、足取りが乱暴になったり、それらを修正するだけでも気分は変わります。

そして怒りに対する一番の薬は、呼吸への集中とやさしい手触りを持つこと。怒りを感じたらすかさず、3つ深呼吸しましょう。そして、はらわたを煮やすのではなく、はらわたをやさしくなでるイメージで、意識を頭から腸に下ろしましょう。

怒りの思考ループが続くときは、空を見ながら深い呼吸をすると気持ちが落ち着いてきます。

親が子にできる最大のことは“ご機嫌”でいること

子どもに怒ってしまうこともよくあること。子どもに対して真剣に向き合っているからこそ、子どもへの期待値が高すぎて、それが裏切られたときに怒ってしまうのでしょうが、これは子どものためというより、自分のためですよね。

両足院の丸窓から見える景色
撮影=Hiroshi Homma

教育論としてもよく言われますが、「叱る」と「怒る」は違います。怒って子どもが伸びることはありません。

大人が子どもに対する態度として、いちばんいいのは「ご機嫌でいること」です。親がいつも機嫌よくしていれば、子どもが成長したときに、自分の子ども時代に親が機嫌よくいてくれたことに感謝するでしょうし、自分たちでも機嫌よくいられる方法を考えて、そういう社会をつくっていこうとすると思うのです。

家族であっても「一期一会」

夫婦であっても親子であってもイライラしたり怒ったりせずに、丁寧にコミュニケーションをする。この何よりも大切なことを実践するために、ぜひ覚えておいてほしいのが「一期一会」という言葉です。

両足院の中からみる縁側
撮影=Hiroshi Homma

「一生に一度の出会い」という意味で使われますが、私たち人間は寝て起きたら、細胞が入れ替わって、また新しい人間に生まれ変わっています。ですから家族であっても、朝になったら新しい人に出会う、このモーメントはこの一回の出会いしかない。禅ではそういう考え方をします。前日の家族と今日の家族が同じように見えてしまうのは錯覚と言っても過言ではありません。

毎日、初対面でありつづけるためには、ぜひ「リチュアル」(お作法)をつくってください。リチュアルというのは、決まった行動をするなかで見方を切りかえること。お坊さんであれば、お線香をあげて、手を合わせてお経を読む中に感謝する癖がある。これがリチュアルです。家族間であれば、寝る前に必ず仲良しの印で握手をする、朝の挨拶は顔を見て「おはよう」と言うなど、身近な人がいちばん大切とわかる行動習慣を設計していくといいですね。