男女逆転劇
みなさんは『大奥』という漫画をご存じでしょうか。
よしながふみ先生の作品で、江戸時代の大奥を舞台としています。物語のポイントは、多くの男性が謎の疫病によって死んでしまったため、「男女の立場が逆転」している点です。
徳川家の将軍をはじめ、多くの男性の地位が女性によって担われています。男女の立場が逆転する中、大奥という特殊な環境を舞台に、政治や跡継ぎなどやや大人向けの話題が描かれていきます。ストーリーはどれも秀逸で、つい読みふけってしまいます。
さて、この物語は「男女の立場が逆転すると、どうなるのか」という疑問に対して、新たな視点を与えてくれます。ただ、これはあくまでも「漫画の中のお話」です。
現実の日本では、依然として男性の優位性が残っています。
年収や社会における指導的地位につく割合等、さまざまな面において男性の方が高く、男女間の平等が達成できているとは言い難い状況です。このような状況下では、男女の立場が逆転している例を頻繁に見かけることはありません。
しかし、世界に目を向ければ、『大奥』までとはいかないまでも、男女の立場が逆転した例が存在しています。
世界で進む高学歴者比率の男女逆転
図表1はOECD諸国における30歳以下の男女の大学卒業率を示しています。
図表1が示す事実は、「OECD諸国のほとんどの国において、女性の大学卒業率が男性よりも高い」というものです。
従来、大学へ進学し、卒業する割合は男性の方が高かったのですが、1990年代以降、女性の大学進学率が伸び、現在では多くの国で女性の大学卒業率の方が高くなっています。このような男女間の大学卒業率の逆転は歴史上初めてであり、多くの国で注目を集めています。
夫婦の「学歴組み合わせ」にも異変あり
男女間の大学卒業率の逆転は、家族の在り方にも影響を及ぼします。
中でも興味を集めるトピックの1つが「夫婦の学歴組み合わせ」の変化です。夫婦の学歴組み合わせとは、その名のとおり、「どのような学歴の男女が夫婦になっているのか」を見たものです。
実は現在、女性の高学歴者比率の増加を受け、「妻の方が夫よりも学歴の高い夫婦」がOECD諸国で増加しています。そのかわりに「夫の方が妻よりも学歴の高い夫婦」が減少傾向にあるのです(※1)。
このような変化はこれまで見られなかった傾向であり、夫婦の在り方の歴史的な転換点にさしかかっていると言えるでしょう。
では、日本の現状はどうなっているのでしょうか。
結論から言えば、日本でも「妻の方が夫よりも学歴の高い夫婦」がじわりと増えています。
国立社会保障・人口問題研究所の福田節也氏らの分析によれば、日本における「妻の方が夫よりも学歴の高い夫婦」の割合は1980年で全体の12%程度でしたが、1990年には16.1%、2000年には16.2%、そして2010年には21%にまで至っています(※2)。
この日本の動きは、世界のトレンドと一致したものだと言えるでしょう。
[1] Esteve, A., Schwartz, C., Van Bavel, J., Permanyer, I., Klesment, M., & Garcia, J. (2016). The end of hypergamy: Global trends and implications. Population and Development Review, 42, 615–625.
[2]福田節也・余田翔平・茂木良平(2017) 日本における学歴同類婚の趨勢:1980年から2010年国勢調査個票データを用いた分析, IPSS Working Paper Series (J) No.14.
専門学校・短大妻と高卒夫の組み合わせが最多
「妻の方が夫よりも学歴の高い夫婦」の増加は、新しい動きであり、その実態は興味深いものです。ここで気になるのは、「妻の方が夫よりも学歴の高い夫婦」はどのような夫婦なのかという点です。
先ほどの福田節也氏らの研究では、夫婦の学歴組み合わせの詳細な内容も示しています。その結果を見ると、2000年と2010年において妻:専門・短大卒&夫:高卒が50%以上の割合を占めていました。
これに対して、大卒の妻と高卒、専門・短大卒の夫の組み合わせは徐々に増えているものの、その比率はまだ少ないと言えます。要は「夫よりちょっとだけ学歴の高い妻」と「妻よりちょっとだけ学歴の低い夫」がマッチングしているというわけです。
「妻の方が夫よりも学歴の高い夫婦」の世帯所得は低い
次に見ていきたいのは夫婦の学歴組み合わせと「お金」の関係です。図表2は夫婦の学歴組み合わせ別の平均年収を示しています。
「妻の方が夫よりも学歴の高い夫婦」では、ほかの組み合わせの中で最も妻の年収が高くなっています。しかし、その差はあまり大きいと言えません。
これに対して、夫の年収を見ると、「妻の方が夫よりも学歴の高い夫婦」の値が最も低くなっています。夫の年収がこのように低くなる背景には、夫の学歴構成比の違いがあります。
「妻の方が夫よりも学歴の高い夫婦」では妻よりも相対的に学歴の低い夫の比率が高まります。この結果、どうしても大卒割合が低くなります。学歴と平均年収は連動するため、「妻の方が夫よりも学歴の高い夫婦」では夫の年収が低めになるというわけです。
次に、世帯年収を見ると、「妻の方が夫よりも学歴の高い夫婦」の値が最も低くなっています。これは一家の大黒柱である夫の年収の違いをダイレクトに反映しています。
ちなみに、夫婦の学歴組み合わせと妻の1日の家事・育児時間の関係を見ると、「妻の方が夫よりも学歴の高い夫婦」の世帯と他の場合でほとんど差はありませんでした。いずれの夫婦の組み合わせでも、妻は1日の家事・育児の7割以上を実施しており、その負担は重いと言えるでしょう。
「妻の方が夫よりも学歴の高い夫婦」の妻の幸福度は低い
「妻の方が夫よりも学歴の高い夫婦」は世帯所得が相対的に低くなっています。そして、妻の家事・育児負担も他の場合と変わらず重いものです。これらの状況は、決して良いものではありません。
この影響は幸福度の指標にも顕著に表れています。
図表3は妻の幸福度、日常生活全般に対する満足度(生活満足度)、夫婦関係に対する満足度を5段階で評価したものを夫婦の学歴組み合わせ別に示しています。
この図では値が大きいほど各満足度が高いことを意味しますが、いずれの指標でも「妻の方が夫よりも学歴の高い夫婦」の値が一番低くなっていました。この結果は、学歴組み合わせの中でも、「妻の方が夫よりも学歴の高い夫婦」の妻の幸福度、生活満足度、夫婦関係満足度が最も低いことを意味しています。
背景には、妻が直面する相対的に低い世帯所得や重い家事・育児負担が大きく影響を及ぼしていると考えられます。
2つの格差の解消がカギとなる
女性の大学進学率上昇による「妻の方が夫よりも学歴の高い夫婦」の増加は、グローバルなトレンドであり、日本も例外ではありません。しかし、日本の現状を見ると、必ずしも色よいものではありません。
相対的に低い世帯所得と、他の場合と変わらない家事・育児負担を背景に、妻の幸福度が低くなっています。これは夫婦の在り方に関する1つの課題だと言えるでしょう。
この課題への解決策は、男女間賃金格差と夫婦間における家事・育児負担格差の解消です。
もしこれら2つの格差が解決できた場合、「妻の方が夫よりも学歴の高い夫婦」の妻の幸福度が向上すると予想されます。これは、結婚している夫婦全体の幸福度の底上げにつながっていくことになるでしょう。