今年7月、2社の民間企業が宇宙船で宇宙空間に到達し、「宇宙旅行」の扉を開きました。これらの小旅行に参加したのは、10代~80代の男女。日本も近く、宇宙飛行士の募集を再開しますが、女性の応募を増やしたい意向です。今なぜ、宇宙開発でダイバーシティが重視されているのでしょうか。ジャーナリストの大門小百合さんがリポートします――。
宇宙飛行したアマゾン・ドット・コム創業者、ジェフ・ベゾスさん(左から2番目)、18歳のオリバー・デーメンさん(左端)、82歳のウォリー・ファンクさん(右から2番目)ら。2021年7月21日、アメリカ・テキサス州で。
写真=AFP/時事通信フォト
宇宙飛行したアマゾン・ドット・コム創業者、ジェフ・ベゾスさん(左から2番目)、18歳のオリバー・デーメンさん(左端)、82歳のウォリー・ファンクさん(右から2番目)ら。2021年7月21日、アメリカ・テキサス州で。

82歳の女性元宇宙飛行士候補も宇宙へ

7月、イギリスの起業家のリチャード・ブランソン氏と、アメリカのアマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏が、それぞれ自分たちの作った企業の宇宙船で宇宙空間へ到達した。

ブランソン氏自身は、71歳の誕生日直前に宇宙へ。そして、彼とともにヴァージン・ギャラクティック社の宇宙船で、地球の準軌道(サブオービタル)に短時間滞在したのは、34歳の女性科学者であり、ヴァージン・ギャラクティック社幹部のシリシャ・バンドラさんだった。彼女は今回、史上2人目のインド生まれの女性宇宙飛行士となったが、メディアでのインタビューで、昔から宇宙飛行士になりたかったが、視力も足りず、宇宙パイロットかエンジニアになる夢は高校の時に諦めたと語っている。

また、ベソス氏率いるブルー・オリジンの宇宙船には、1960年代に宇宙飛行士の訓練プログラムに参加したが宇宙に行くことができなかった82歳のウォリー・ファンクさんや、18歳のオリバー・デーメンさんも搭乗した。この2人は宇宙旅行を経験した最高齢と最年少だ。

「若いから、シニアだから宇宙に行けないということは、もはやありません。働き盛りの40代、50代も行ったし、女性も行ったし、男性も行った。そういう意味でダイバーシティがあった」と、世界的な経営コンサルティング会社、A.T.カーニーのプリンシパルであり宇宙業界に詳しいSpacetide代表理事兼CEOの石田真康さんは言う。「今回のフライトは、多くの人にとって、宇宙という場所が、ひょっとしたら近い将来自分も行けるところなのかもしれないと思えるようになった、最初のイベントなのかもしれない」

過酷な宇宙飛行士訓練

以前、私は、日本の宇宙飛行士の山崎直子さんにインタビューをしたことがある。山崎さんは、女性だから宇宙飛行士として不利だったというようなことはないとは言っていたが、彼女の訓練の話を聞いた時、私には絶対できないことだと感じたのを覚えている。

たとえば、ソユーズ宇宙船が着陸すべき場所から何百キロも離れたところに不時着した想定で、激寒のロシアの雪原で行われた訓練。救助がすぐに来ないことを予想し、宇宙船の中のものだけで、3日間生き延びなければならないという。ソユーズの中から斧を引っ張り出し、周辺にある木を切って火をおこす。しかし、3日以上助けが来ないことを考え、1日目は何も食べてはいけないという決まりだ。そんな具合に、宇宙飛行士の訓練の90%は、想定外の事故にどう対処するかに備えるものだったと山崎さんは話してくれた。

人類初の女性宇宙飛行士テレシコワ

もちろん、長時間の宇宙滞在には、きちんとした訓練が必要だ。しかし、少なくとも、短期間の宇宙滞在であれば、今まで求められたような強靭な体力と、とてつもない長い訓練期間は必要なくなるのかもしれない。

もっと多様な人々が宇宙にでていく時代がすぐそこまでやってきている。ここで、宇宙に多様性が必要とされるわけを、過去を振り返りながら考えてみたい。

人類初の宇宙飛行士は、1961年4月、大気圏外を一周し、「地球は青かった」の名言を残したユーリイ・ガガーリンだというのは、多くの人がご存知だろう。一方、人類初の女性宇宙飛行士は、1963年に地球の周りを48回回ったソ連のワレンチナ・テレシコワという女性だ。

しかし、この時は米ソ冷戦時代。彼女の存在は、「いち早く男女平等を達成したのは共産主義国家」というプロパガンダとして、ソ連の最高指導者ニキータ・フルシチョフに利用されたともいわれている。ソ連が史上2人目の女性宇宙飛行士を宇宙に送り出したのは、テレシコワから19年もたった後である。

アースからの眺めスペースに中国と日本
写真=iStock.com/imaginima
※写真はイメージです

宇宙は「白人」「男性」「軍人」のものだった

アメリカの宇宙飛行士の歴史を見ても、昔は「白人」「男性」「軍人」が中心だった。

1960年代、7人の男性宇宙飛行士「マーキュリー7」の訓練が行われたが、この訓練にあたったランディ・ラブレース医師はこの時、13人の女性パイロットを選び、男性の宇宙飛行士と同じように訓練を開始した。この「Fellow Lady Astronaut Trainees(FLAT)」と呼ばれたプログラムに参加した女性の一人が、今回、べゾス氏と宇宙に行ったファンクさんだった。

この女性飛行士たちは、いくつかのテストで男性よりも良い成績をおさめている。しかし、「NASA(アメリカ航空宇宙局)の宇宙飛行士には軍用機のテストパイロットプログラムの資格が必要」という議会証言がなされたために、彼女たちには訓練に必要な海軍施設の使用許可が下りなかった。そして、女性の宇宙飛行士訓練プログラムは「公式な計画ではない」とみなされ、この訓練プログラムは終了してしまったのだ。

NASAがスペースシャトル・プログラムで初めて女性の宇宙飛行士を選んだのは、それから随分たった1978年である。

CNNの報道によると、ファンクさんは「私はNASAに4回連絡して、『宇宙飛行士になりたい』と言ったけれど、誰も相手にしてくれなかった」と述べたそうだ。「『ウォリー、君は女の子だからできないよ』と言われた私は、『自分が何だろうと、やりたいと思えばできる』と言い返した。私は誰もやったことがないことをやるのが好き」

ファンクさんはパイロットとして豊富な操縦経験をもち、飛行時間は1万9600時間超、3000人以上に自家用機や民間航空機機の操縦方法を教えてきた。それでも宇宙には行けず、60年間、宇宙に行く夢を持ち続け、ついに夢を達成した。「宇宙は男のロマン」とよく言われるが、「宇宙は女のロマン」でもあるのだ。

女性や障がい者を宇宙へ

現在では、各国の宇宙機関も宇宙飛行士のダイバーシティ推進に力を入れ始めている。

欧州宇宙機関(ESA)は今年、宇宙飛行士の多様性を目標にし、十数年ぶりに新規募集をしていて、女性や障がいを持つ人も将来の宇宙飛行士候補として積極的に募集している。ちなみにESAがこれまで宇宙に送った女性は、イタリア人のサマンサ・クリストフォレッティさんと、1996年と2001年に宇宙に行ったクローディ・エニュレさんの2人だけだ。

ESAは、障がい者も宇宙に行けるようにと、Parastronaut Feasibility Project(パラストロノート実現可能性計画)という取り組みも進めている。障がい者は予備飛行士のグループと共に、障がい者が宇宙に行くためにはどんなことが必要かをESAと一緒に研究するそうだ。

アメリカでは現在、アルテミス計画という月への有人飛行ミッションに向けて準備が進行中だ。アルテミス計画では、2024年に有人月面着陸を予定し、2028年には月面基地建設を計画しているが、すでに女性宇宙飛行士を月に送ると発表している。

昨年末、NASAは、アルテミス計画のために訓練する18人の宇宙飛行士の名前を発表したが、そのうち9人は女性だ。まだ、誰が月に行くことになるかはわからないが、この9人のうちの少なくとも1人は将来月に行く可能性が高い。

宇宙放射線の被ばく量規定見直しも

また、NASAでは、これまで女性や若い宇宙飛行士に不利だと考えられていた宇宙放射線の被ばく数値の規定が見直されつつあり、宇宙でのダイバーシティがさらに進みそうだ。

地球上では、人間は年間3~4ミリシーベルトの放射線を浴びているそうだが、国際宇宙ステーション(ISS)に滞在中の宇宙飛行士たちの被ばく量は年間約300ミリシーベルトに及ぶ。

がんの発症を招く恐れがあることから、これまでNASAでは(主に日本の原爆被爆者の研究に基づいたモデルにより)、実効被ばく線量は、55歳男性で現役を退くまでに400ミリシーベルト、35歳女性の場合は120ミリシーベルトに制限されていた。

ところが今年の6月、全米科学・工学・医学アカデミー(National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine)は、宇宙飛行士が生涯浴びてよい放射線の被ばく量は性別や年齢を問わず一律600ミリシーベルトに変更すべきという提言を出した。NASAの規定が引き上げられれば、女性宇宙飛行士が宇宙に滞在できる時間も増え、アルテミス計画も進めやすくなるのではないだろうか。

日本からも、もっと女性宇宙飛行士を

日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)も、今秋13年ぶりに宇宙飛行士を募集する。日本政府は、アルテミス計画への参加を決めており、JAXAとしても、今回の募集で選抜される宇宙飛行士を月に送りたいと考えているそうだ。多様性を重視するアルテミス計画の精神にのっとり、多様な人材を募集しようと、応募条件も、これまで理系の大卒以上などとしていた条件をなくし、文系に門戸を開くことを検討している。

JAXAの宇宙飛行士募集の取りまとめを行っている、有人宇宙技術部門事業推進部の川崎一義部長も、女性の割合を増やすことについて、「まさにそこがホットなポイントで、今議論しているところだ」という。前回、JAXAが宇宙飛行士を募集した時は1000人弱の応募があったが、応募者の比率は9対1で圧倒的に男性が多かった。今回は、せめて女性の応募者をヨーロッパやアメリカ並みの全体の3~4割まで引き上げたいという。

背景にはジェンダーバイアス

川崎さんは、女性の応募が少ない背景には、ジェンダーに関わるさまざまなバイアスがあるのではないかと見ている。子どものころ女の子が「宇宙飛行士になりたい」と言っても、親や周りの大人が「無理だ」と諦めさせてしまったりすることがある。また、「女性は理系科目が苦手」という先入観などもあって、そもそもこれまで応募の条件となっていた理系学部の女性比率は低い。川崎さんは、今回の募集を通じ、こうした日本社会の状況も変えていきたいと語る。

JAXAは、今後5年に1度のペースで宇宙飛行士を募集していくことにしているため、今回だけではなく、「5年後、10年後に向けて、たくさんの女性に応募してもらうためのキャンペーンを行っていきたい」という。

では、どんな資質が宇宙飛行士に求められるのだろうか。

JAXAによると、最低限のSTEM(科学・技術・工学・数学)の理解力は求めるが、ミッションに応じ地質学やその他の知識が必要になる可能性もあるため、訓練期間に新しい能力や知識が習得できるかどうかが重要になるという。また、「月での経験や感動を世界中の人々と共有する発信力がある」ことも重視しているそうだ。募集要項は、現在、多くの人からのコメントももらいつつ議論中だが、今年の秋には発表になる。

月の次は火星へ

NASAは、月を目的地とするアルテミス計画だけではなく、2033年の火星有人探査も目指している。しかし、月や火星を目指すのはNASAだけではない。イーロン・マスク率いるスペースX社は、2023年に月旅行ツアーを計画。また、2026年までに、火星に人類を送り込む構想を持っている。べソス氏のブルー・オリジンも月を目指し、大型ロケットや着陸機を開発している。

Spacetideの石田さんは、この2人の起業家は、「将来、人類は居住地を地球だけでなく、宇宙に広げることが、地球のサスティナビリティのためにも必要だ」という考えの持ち主だという。

ベゾス氏のブルー・オリジンという社名も、将来、宇宙で暮らす世代が「僕たちはどこから来たのか」を考える時に、「オリジン(起源)はブループラネット(地球)だ」と答えるだろうということから名付けられているという。

「人口が増えすぎた人類が、どのように地球環境と共存していくべきかを考えると、『人類は宇宙空間に進出すべき』というのが彼らの考え。宇宙開発の大義はそこにある。すると、いずれ宇宙で生まれて宇宙で死ぬという世代が生まれるはずなんです。いつか、宇宙空間で出産する人も出てくるかもしれない」

JAXAの川崎さんも、「我々は将来、月面で世代を重ねるんだろうなと思っています。そうすると当然、男性、女性、子ども、老人、全ての人に対して、どういう影響があるのかを調べる必要があります」という。

日本にもヒーローやヒロインが必要

いずれにしても、そこに行きつくには、まだまだ長い道のりだ。そして、そのためには、国だけではなく、民間企業の力も重要となる。

石田さんは、日本の宇宙産業の発展には、イーロン・マスクのようなアイコン(象徴)となるようなヒーローやヒロインが必要だという。

「顔が見えるって大事ですよね。少年少女の心に刺さるじゃないですか。顔の見えるヒーローやヒロインが出てきて、そういう人たちが切り開いた新しい世界を伝えていくと、それにインスパイア(刺激)されて次の世代がもう一つ上の事をやろうという風になってくる。宇宙開発は時間がかかるからこそ、そういうバトンの受け渡しが大事な業界なんです」