「日本にないなら仕方ない」中国で工場探し
竹は非常に成長が速い。東京電力では、送電線にからむと危険なため、毎日のように伐採していたが、切った竹の処分に困っていた。相談を受けた田澤さんは、タオルに活用することを考えるが、そのプロジェクトはいきなり暗礁に乗り上げた。竹を繊維に加工してくれる工場が国内で見つからないのだ。
「こういう時の私は、『ないからあきらめる』ではなく、『1%でも可能性があるならやってみよう』と考える方なんです。国内にないなら海外で探すしかありません。すると、求めている工場が中国にあることが分かりました」
しかし、安全基準や環境基準を守り、品質を維持できる工場はあるのか。中国には行ったことさえなかったが、何とかつてをたどって35カ所もの工場を見て回り、ようやく条件に合う良心的な工場が見つけることができた。
2010年、念願の竹のタオルの販売がスタートした。しかし、2011年3月に東日本大震災が起こり、電力会社側は新規事業をストップすることになった。売り上げの9割を占める取引先を失うのは痛かったが、「既に動き出している事業を止めるわけにはいかない。ここまで協力してくれた人たちをがっかりさせたくない」という思いから、竹タオルの事業を自分で進めようと考えた。中国の工場側が「田澤さんがやるなら続ける」と言ってくれたこともあり、田澤さんは正式に竹のタオルの事業を継承することになった。
安売りはしない、高く売るから高品質のものを
「工場には、『安売りはやめましょう』と話しました。私はあなたたちが作ったものを100円ではなく、1000円で売れる先を見つけてくる。だから、品質の高いものを作ってほしい、と」
工場内にブランド管理チームを立ち上げ、品質管理体制も整備した。販路も徐々に拡大し、工場のスタッフからは「田澤さんの言う通りに作ったら、いい仕事が増えた」とモチベーションもあがってきた。
そんな折、消費者からこんな声が届いた。
「子どもが竹のタオルを気に入って、気が付けば口に入れています。ただ、洗剤も口に入っていると思うと怖いので、安心な洗剤があったら教えてもらえないでしょうか」
そこで田澤さんは、条件に合うような洗剤を探したが、天然素材由来とされる洗剤でも界面活性剤が入っていることがわかった。さらに探すうち、いくつかの会社から、原料が竹炭と湧き水だけの「竹の洗剤」が出ていることを知る。
「販売元に問い合わせると、皆さん、同じ会社から原液を買っていると言うんです。そこで行き着いたのが、山口県防府市の会社でした」
平均年齢80歳、おじいちゃんたちのユルい会社
「竹の洗剤」を作る会社を訪ねて、生まれて初めて山口県を訪れた田澤さんは、そこで運命の出会いを果たす。1975年からその地で炭焼きをスタートし、2003年に竹炭と湧き水で作った洗剤原液、竹ミネラルを全国で初めて開発・販売した伊藤緑地建設だった。
田澤さんは当初、OEMで製造を委託し、竹タオルとセットで販売しようと考えていたという。「ところが、80歳前後のおじいちゃんやおばあちゃんたちが中心となっている会社で、『もうトシだから、自分たちだけでは事業を続けていくことができない。こんなにすばらしいタオルを作ったあんたに、この事業を継いでほしい』と」
田澤さんは、「『エコ』を『エゴ』にして、お金儲けの手段としか見ていない企業が多い中、これほど安全な商品づくりをしている会社はなかなかない。きちんとストーリーを伝えれば、絶対にファンが付くと思った」という。そして事業を600万円で買い取った。
600万円で買い取った理由
当時の竹ミネラル事業は採算度外視の「おじいちゃんたちのお小遣い稼ぎ」で、売り上げは月34万円程度。容器代と設備費を支払うとギリギリという状況だったという。「周りからは『自分なら100万円でも買わない』『バカじゃないの?』と言われました」と田澤さんは笑う。しかし、600万円という金額には理由があった。
「あまり安い金額だと、商品が売れていないうちはいいのですが、業績が良くなった時にもめる。将来、絶対に伸びる事業だと思ったので、リスクマネジメントの観点から金額をはじき出したんです」
こうして2015年、田澤さんは伊藤緑地建設から正式に竹ミネラル製造業務を事業継承した。この竹ミネラルを商品化したのが、現在の主力商品である洗剤「バンブークリア」だ。
竹ミネラルの原料となる竹炭を製造していた人の多くは高齢者で、「お金が欲しいわけじゃない」「自由に働きたい」という強い希望があった。このため、社員として雇用するのではなく、彼らと一緒に竹炭を作り、その分を会社が買い上げる形にした。そのスタイルもユニークだ。竹ミネラルによる収入は「炭窯貯金」として貯めておき、ある程度まとまった金額になったら、おじいちゃんたちがみんなでおいしいものを食べに行ったり、旅行に行ったりするのに使っているという。
「“ブランディング”なんてわからんのじゃ!」
売り上げは芳しくなかったが、最初の年は設備投資と準備期間と位置付けていた田澤さんにとっては些細なことだった。
それより、おじいちゃんたちとのコミュニケーションのほうが大変だった。バリバリのビジネス戦線を渡り歩いてきた田澤さんと、「インターネットは大嫌い」「コンピューターよりも俺の“勘ピューター”の方があてになる」「“ブランディング”なんて言われたってわからんのじゃ!」「“マーケティング”なんてわけのわからん言葉を使うな」というおじいちゃんたちとではまるで文化が違う。
「おじいちゃんたちには『事業』や『ビジネス』という感覚はないんですよね。最初の頃はもう、しょっちゅう言い合いですよ」
おじいちゃんたちには「会社の備品」という概念もあまりなく、断りなく持ち出して使うこともあったという。「ある時は、勝手にフォークリフトを持ち出そうとして、工場の壁を壊しちゃったことがありました。さすがにすごく怒ったら、以降はそういうこともなくなったんですけど」
最近は、ちょっとしたコツをつかんだ。「普段はなかなか言うことを聞いてくれないんですが、歴史的な背景や法律などを含めて丁寧に説明すると、納得してくれるようになりました」
コロナ禍までは、山口と東京を言ったり来たりする生活だったが、今は軸足を山口に置いている。「最初のうちは本当に大変で、いつもぐったりしていました。山口から東京に戻ると声が出なくなってるんです。『何とか自分の思いをおじいちゃんに伝えたい』と大きな声で一生懸命説明するので、毎回声が枯れていました」
ブランディングを重視、売り先を厳選
2016年にはエシカルバンブーを設立し、小さな製造工場を建設。約2年をかけて製造ラインを整備し、2018年からバンブークリアを本格的に製造・販売し始めた。この年の売り上げは、前年の1.7倍以上となる800万円になった。
宣伝広告費を一切かけず、徹底的に販路にこだわった。バンブークリアは、1リットル入りで1650円(税込み)と、一般的な合成洗剤に比べれば高く、ドラッグストアなどでの価格競争では勝負できない。しかし、希釈すれば掃除用洗剤や入浴剤としても使えるほか、少量で効果があるので洗濯1回あたりのコストは一般の洗剤の約半額で済む。そこで、ブランディングを重視し、売り先を厳選。産婦人科や助産院、美容院や薬局、皮膚科、国立公園の売店などに絞った。
豪雨災害をきっかけに口コミで広がる
そんなバンブークリアが広がったきっかけは、2018年夏に広島を襲った豪雨だった。
「広島の豪雨の時、市内の下水管がいくつも破裂したんですね。その時、業者と一緒に中を見た主婦の方が、管の内部にこびりついているどろどろの柔軟剤の成分を見てびっくりしたそうなんです」。そこで、高い洗浄力を持ちながらも化学物質を使用していない洗剤はないものかと探すうちに、湧き水と竹炭だけからできているバンブークリアにたどり着き、口コミで注文が広がった。
さらに2019年の千葉県の豪雨では、停電が長引き、洗濯機が使えず困った人の間でバンブークリアが評判になった。「夏なので大人も子どもも汗をかいて、汚れやにおいで困っていたそうです。バンブークリアは泡が出ないので、たらいに入れてつけおき洗いをし、すすがずそのまま干しても大丈夫だということで人気が出ました。これは災害時の特殊な例なので、すすぎができる環境では、汚れをしっかり落とすためにも1回すすぎをしてほしいのですが」
豪雨災害の被災地を中心に口コミで広がり、2019年の売り上げは1000万円に。翌2020年10月にはテレビの情報番組で取り上げられて、1年半分にあたる1万本の注文が1日に集中した。2020年は、4500万円にまで売り上げが増え、最近では月600万円と、前年の1.5倍以上に伸びている。
「汚れがよく落ちるし、背景にあるストーリーがおもしろい」と、都内の高級スーパーなどからの引き合いが増えているほか、パリコレに商品を提供しているような有名ブランドなどからのコラボレーションの相談も相次いでいる。
おじいちゃんたちに喜んでほしい
メディアで取り上げられることも増えた。忙しい田澤さんだが、できるだけ取材を受けるようにしているという。
「おじいちゃんたちには、自分たちが作った商品がどんな風に市場に受け入れられているかが伝わりにくいんです。メディアに出ると、それがわかるので、雑誌やテレビに出ると、すごく喜んでくれるんですよね」
ただ、高齢者と働いていると、ふいに別れが訪れることもある。「今年3月には、創業時から応援してくれていたおじいちゃんが亡くなったんです。いつどこで何が起こるかわからない。『時間がないな』と思いました。高齢者と仕事をすることの、悲しいところでもあります。だからこそ、彼らに喜んでもらえるような成果を残していきたいんです」
竹のすべてを活用し、ゴミを出さない工場を
竹ミネラルを作る窯を「聖域」と呼ぶ田澤さん。「化学物質を持ち込みたくない」と、働く人には香水や柔軟剤の使用もやめるようお願いしている。
大事に作った製品の人気が高まってくるのはうれしいが、「正直、ものすごく利益があがる商品ではない」という。「日本酒づくりのように、人の手だけで作るので工程も多い。このまま需要が増えれば、工程を簡略化して大量生産するような競合他社が出てきて、いつか厳しくなるんじゃないかと思っているんです。でも、一過性のブームで終わらせるつもりはありません」
そこで田澤さんがスタートさせたのが、竹の葉から根まですべてを利用できる繊維工場建設プロジェクトだ。
「竹の全ての部位はもちろん、繊維を作る上で出た排水もすべて商品化します。排水といっても、竹と湧き水しか入っていないので飲めるぐらい安全ですし、研究機関に送ったところ、抗菌や抗酸化作用があることも分かりました。これは、化粧品に利用できます。新しい工場ではゴミも出ませんし、排熱も次の商品を作る時に使うのでエネルギーの無駄もありません。7月末には、世界的にも類をみない工場が完成します」
山口は第二のふるさと
「きれいごとを、きれいごとのまま推し進めるには大企業では限界がある」と考え、自ら道を切り開いてきた田澤さんを支えているのは、コロナ禍を機に東京での仕事を辞めて共に山口県に腰を据え、いまやエシカルバンブーの社員として働く夫だ。以前は、1年のほとんどを夫の住む東京で過ごし、時々山口を訪れていった田澤さんだが、コロナ禍をきっかけに、夫とともに拠点を山口に移した。
東京で両親と共に暮らす、兄の存在も大きい。「エシカルバンブーの仕事を手伝ってもらっています。障害があり右半身が動かないので、自宅で、国内外の環境や竹に関するリサーチをして有益な情報を集めてくれているんですが、これが本当に役立っているんです。兄は昔からアメリカに行きたいという夢を持っているので、将来エシカルバンブーが海外進出をしたら、支店を手伝ってもらいたいんですよね」
工場の周辺は自然が豊かで、近くに流れる川にはコイやアユ、スッポンもいる。
「私は資源を使うことを目的とするのではなく、残すことを追求した産業を興したいと考えています。資源を取りつくさず未来のために残すという考え方です。過去に産業を興してきた人の中には、そういった考え方の人物が多かったように思いますし、私もそうありたいと思っています。ですから、『起業家』ではなく、『産業家』と呼ばれたいんです。そして“竹害”ではなく、”竹財”と呼ばれるような有益な資源として、竹を未来に繋いでいきたいです」