去る6月にイギリスで行われたG7サミット(主要7カ国首脳会議)では、新型コロナウイルスや気候変動、対中国、東京五輪・パラについて話し合われた。振り返ってみると「海の勢力VS.陸の勢力の戦いが浮き彫りになった」と地政学者の奥山真司氏は言う。海の勢力と陸の勢力とはどういうことだろうか。またその問題点とは——。
G7サミットで記念撮影に臨む菅義偉首相(中央)。右はドラギ伊首相、左はミッシェルEU大統領=2021年6月11日、イギリス・コーンウォール
写真=時事通信フォト
G7サミットで記念撮影に臨む菅義偉首相(中央)。右はドラギ伊首相、左はミッシェルEU大統領=2021年6月11日、イギリス・コーンウォール

G7は民主主義でやっていく仲間たち

先のG7サミットでは、人権問題や香港情勢、中国の海洋進出などへの懸念に始まり、新型コロナウイルス対策で終結しました。一連の流れの中で、構図として浮かび上がったのは「民主主義の国VS.権威主義の国」です。

もともとG7は、民主主義の経済国が集まって始めたもの。かつてはこの7カ国で世界のGDPの約6割を占めていましたが、ここ最近は約4割に落ちています。そういう意味で、今回のG7が注目されたのは、民主主義とその価値観が改めて見直されたということで大変喜ばしいことだったのではないでしょうか。

さて「民主主義の国VS.権威主義の国」。これは地政学でいうと、まさに「海VS.陸」の戦いです。「海VS.陸」とは、海勢力(シーパワー)と陸勢力(ランドパワー)の闘争のこと。地政学の観点から見ると、これまで地球上で起きた大きな国際紛争は、この闘争が原因となっています。

海勢力とは、国境の多くが海に囲まれた日本やイギリス、アメリカなど海洋国家のことを指します。貿易をし、商売をやって、オープンな世界をめざす民主主義の国々です。それに対して、陸勢力とはユーラシア大陸にあるロシアや中国などの大陸国家で、自分の国だけで全部やっていこうというクローズドで権威主義の国々を指します。

歴史を振り返ると、大きな力を持った陸の国が、さらなる力を求めて海洋に進出しては海の国と衝突するということを繰り返しています。このせめぎ合いが今回のG7で、如実にあらわれたことは非常に印象的でした。

ただ中国は、陸の大国でありながら、上海など沿岸部も栄えていて、陸でも海でも生きていける両生類。両方で力をもって支配していこうと生まれたのが、巨大経済圏構想「一帯一路」ですが、僕はこれはやりすぎだと思っています。歴史上、海と陸のいいとこ取りをした国は、ほとんどありませんから。日本も中国の内陸部への進出に失敗しましたし、アメリカもアフガニスタンに行って失敗しています。やはり内陸は周りが国境だらけで争いに巻き込まれやすいという難点があるのです。

中国もロシアも民主化はできなかった

かつてアメリカは、中国もロシアも民主化できると思っていた時期がありました。冷戦直後、1991年にソ連が崩壊したあとにエリツィン氏が登場し、民主化を進めようとしましたが大失敗。「オリガルヒ」といわれる新興の金持ち階級をつくっただけで、ロシア全体の経済水準は上がったかというと微妙……。そこに誰か強いやつはいないのかといって出てきたのがプーチン氏なんですね。そこから20年以上、ロシアは権威主義の姿勢を保ちつづけています。

中国に対しては2001年、当時のクリントン大統領が頑張って中国をWTO(世界貿易機関)に加盟させました。そして中国市場をオープンにさせたところ、中国は経済をガンガン回すようになり、よかったよかったと思いきや、2008年のリーマン・ショックで欧米の金融がダメになってしまった。アメリカ政府が自動車メーカーにお金を入れて、ほぼ国有化したのを見て、中国は「これまで欧米に追いつけ、追い越せでやってきたけれど、もしかしたらトップになれるかも!」と欧米を見下し始めました。欧米のシステムがドタバタしている間に、中国はうまくやっているぞという雰囲気になってしまったのです。

今回のコロナ対応にしても、実態はわからないものの中国はなんとか封じ込めた。かたやアメリカの死者は60万人と、南北戦争の死者を超えてしまった。それで、ちょっと前までは、アメリカは終わったという感じでした。

中国は上から見ているし、ロシアは一回捨てた権威主義でいくぞとプーチン氏が出てきて、民主主義的なオープンなシステムより、権威主義的なクローズドのシステムでいくほうがいいよねで、現在に至っているわけです。

惜しむらくは、菅総理のファッション

G7の話に戻しましょう。ここでの日本の成果としては、まずまずだったのではないでしょうか。G7の首脳宣言に台湾海峡の平和と安定の重要性を入れて、ヨーロッパの注目をアジアに引き寄せることができたことはよかったと思います。

実務的な面では、まずまずの菅総理でしたが、G7では新参者ということもあってか、写真撮影も後ろにいて、どうも他国の代表と対等という感じではない……。この原因のひとつは服装にあると僕は思うのです。

スーツはサイズに合ったものをオーダーメイドすれば格好よく見えるのに、菅総理のズボンはダボダボだし、ジャケットのサイズも合っていなかった。服装はいちばん簡単にイメージアップできる方法なのに、それを怠ったことに僕は情けなさを感じましたね。そこができれば、もっと自信を持って前に出ていくことができたのでは、と思いましたよ。

アメリカと中国の間で日本はどうふるまうか

今回のG7で世界の対立状況は結局、海VS.陸であることがわかったわけですが、不都合なことに日本は陸のスターである中国と貿易をしなければなりません。中国には人権や倫理などの問題があって、アメリカからは中国とビジネスをするのは許さんぞという圧があるとはいえ、現実的には中国とのビジネスの割合は大きいし、まだまだ伸びしろがあります。

ですから今後、日本は「安全はアメリカ」「商売は中国」という間で、股裂き状態になってしまう恐れがあります。というか、まさに今、そういった大きなジレンマに直面していると言えるでしょう。

中国および日本の海域に米国船も向かっている
写真=iStock.com/pengpeng
※写真はイメージです

識者の多くが、日本はアメリカと中国の間をとりもって、うまく立ち回らなくてはいけないと言います。確かにそのとおりですし、それができたら理想ですが、では具体的にどうやってやるのか、どうしたら中国を穏健化させられるのか、その質問には、誰も答えていません。僕自身もその答えは持っていません。

もちろんアメリカと中国は喧嘩をしないようにするべきですが、日本にそれを仲裁する力はありません。アメリカと中国という両横綱の行司になる力が日本にはない。ですから日本は、基本的にその場、その場でやっていくしかないのです。

僕が恐れているのは、あるところまでいくと「お前はどっちを選ぶんだ」とアメリカから詰め寄られて、年貢の納め時がくること。そのときに中国でまだいけるんじゃないかという人がいたり、いや、安全保障が大事だろうという人がいたり、国論が割れてしまうのではないかという懸念があります。

ただ、これは日本側だけの問題ではないので、何ともしようがない。今の日本の外交の無力感といってもいいかもしれません。

われわれ個人としては、政府にうまくやってくれよと頼みつつ、経済的には独立して、いざというときに備えるべきなのでしょうね。