クレアモント大学院大学ドラッカー・スクール・オブ・マネジメント准教授、ジェレミー・ハンター氏が開発したセルフマネジメントのプログラムは、その実践性の高さから「人生が変わる授業」と称され、ビジネスパーソンが世界中から集まってくるほどの人気を博している。日本でもワークショップやセミナーを開催してきたハンター氏は、フラストレーションの中で生きるワーキングマザーの悩みを聞き続けてきた。仕事と子育てを両立させ、イライラから脱却したいビジネスパーソンにとって有効なセルフマネジメントスキルとは――。
子どもを幼稚園に連れて行く母親
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セカンド・シフト現象

わたしがこれまで日本でセルフマネジメントを教えてきた中で、女性参加者の多くに共通してきた悩みが仕事と家庭との両立でした。

職場での業務が「ファースト・シフト」だとすれば、「セカンド・シフト」は保育園のお迎えから始まり、食事の準備、片付け、掃除、洗濯、子どものケアなど、家庭で発生するあらゆる仕事を含みます。セカンド・シフトは多くのワーキングマザーの時間とエネルギーを消耗させ、フラストレーションを溜める原因となりかねません。

さらに、疲れてイライラしているとうまくいっていないことばかりに目がいったり、感情的になったり、つい子どもや配偶者に怒りをぶつけてしまいがちになるのも多くの女性参加者の悩みでした。そうしたこともあり、8月には、女性に限定したオンラインセミナーを企画しているほどです(『自分を知り、結果を変える ~女性リーダーのためのセルフマネジメント講座~』)。

実例:家事育児は際限がなく、自由時間がない

この「セカンド・シフト現象」が顕著なのは、日本もアメリカも同じです。

たとえば、現在わたしのクラスを受講しているアメリカ人の生徒に、ふたりの幼い子どもを育てている母親がいます。彼女は専門職としてフルタイムで働いており、彼女の配偶者も同じく専門職に就いています。そんな彼女の悩みは、彼女自身が幼い頃に母親から教え込まれた「やるべきことをやらないかぎりは遊べない」というルールでした。このルールに従って、彼女はちゃんと宿題を終わらせ、家の手伝いもきちんと終わらせるまでは、外に出て友達と遊ばない習慣を身につけました。

そして母親となった今でさえ、このルールを守り続けようとしていた自分に気づいたそうです。趣味を追求したり、自由時間を楽しんだりする前に、必ずすべての仕事を終わらせていないと気が済まないというのです。問題は、セカンド・シフトの仕事がいつになっても終わらないこと。家事や育児の仕事は次から次へと際限なく発生しますから、結果的に自由時間がまったく取れないことになります。

そこで、彼女は母親に教わった価値観が今の生活に合っていないこと、そしてその価値観を手放さなければいけないことに気づいたそうです。そうしないかぎり、彼女は自由な時間を楽しむことができずに、毎日ひそかに惨めな思いをし続けていたでしょう。洗濯も、洗い物も、すべて終わることなんてありえませんから。

家事分担の不平等をどう解消するか

もうひとつ、ワーキングマザーを悩ませているのが家事の役割分担です。共働き家庭なのにも関わらず、どうしても配偶者が家事に協力的ではない場合はどうすればいいのでしょうか?

わたしの答えは「非暴力の抵抗」です。もっと言えば「リパターニング」です。協力してくれないのなら、彼の洗濯物を洗わなければいいのです。そうすれば、彼はいやでも洗濯物を自分で洗わなければなりませんよね?

少しの間家を空ける計画を立てて、彼にすべての家事を体験させてみるのも手です。配偶者の多くは「家事は簡単だ」と思っている節があるので、それを実際にやってもらわなければならない状況を作り出すのです。これらの「抵抗」は効果的でこそあれ、実行するのは難しいですけどね。

包丁でキュウリを切る男性
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話し合いの場を持つための3ステップ

上記は少々荒療治かもしれません。ここからは、一歩下がってより広い視点から解決策を探ってみます。

そもそも、結婚する意味とはなんでしょうか。経済的な理由で結婚することが多かった江戸時代とは違い、現代の日本において結婚の最大の決め手となるのは感情的なつながりだと思われます。しかし、この感情的につながっている関係を長期的に維持するには、わたしたちより1、2世代前の夫婦が持っていたスキルとは異なったスキルを必要とします。

そこで、お互いが相手に何を期待しているかを確認するための話し合いがとても重要になってきます。できれば結婚する前に話し合っておくのが理想的ですが、すでに結婚している場合でも重要なことに変わりはありません。

まず、以前の記事「上司の裏切り、夫の無理解…「クレイジーな出来事」に翻弄されない人がもつ"あるスキル"​」でも説明した通り、社会に与えられたデフォルトの役割に無自覚に従っていないか――すなわち“マインドレス”な状態に陥っていないかをそれぞれ確認する必要があります。その上で、自分が本当に望んでいる結果を確認します。なぜ結婚したのでしょうか? 結婚することで相手にどのような期待を抱いていたのでしょうか?

お互いにそこまで理解を深めた上で、それぞれが何をどう役割分担するべきか、前向きな話し合いを行います。大切なのは、ビジョンです。将来どんな家族になりたいのか、どんな家庭を作っていきたいのかをとことん話し合うことで、共通のビジョンを作っていきます。ビジョンは、すなわちインテンション(意図)です。インテンションがあることで、そこに向かっていくための何らかのアクション(行動)を起こす必要性が生まれます。

アクションは、「今」という瞬間にこそ起こりうるものです。「今」の瞬間が次の「今」、そのまた次の「今」につながり、最終的にはリザルト(結果)につながります。最も重要なのは、今のアクションが結果を変えられるかどうかです。

イライラしないお母さんになりたい

共通のビジョンを作り上げ、そこに至るまでのこの一連のプロセスは、より良い夫婦関係を築いていくためのみならず、より良い親子関係を築いていくためにも有効です。

10年後、または20年後に、あなたとあなたのお子さんとの間に築き上げていたい関係性とはどんなものでしょうか? 頻繁に話していますか? お子さんはよく遊びにきますか? 一緒にいると楽しいですか? お互い尊敬し合い、大切に思っているでしょうか?

そして、このビジョンを念頭に置きつつ、今この瞬間に何をして、どんなことをお子さんに伝えれば20年後のビジョンにつながっていけるかを考えてみてください。将来のビジョン、またはインテンションを明確に持つことで、その明るい将来像が灯火となってあなたが今とるべき行動を導いてくれるのです。

実例:いつも子どもを叱ってしまう母親

ここで、ある女性プロフェッショナルの体験談をご紹介します。

彼女はワークショップを通じて自分がいつも子どもたちを叱ってばかりいることに気づきました。叱ってしまうのは、子どもたちに「いい子」でいてほしかったり、礼儀をわきまえてほしかったりするからです。すべては子どもたちのためを思ってのことだったのですが、彼女は基本的に叱ることでしか子どもたちとコミュニケーションを取っておらず、実際どのように楽しい親子関係を作れるかどうかについては考えたことがなかったことに気づいたそうです。

さらに、彼女はその思考を一歩進めて、子どもたちを叱るのは子どもたちのためではなく、実は自分のためだということに気づいたそうです。子どもたちが何か過ちをしでかしてしまったら、母親である私が批難されるのが怖いからこそ、子どもたちを叱っていたというのです。

彼女を含めた女性プロフェッショナルの方々とは、3カ月毎にお会いしています。その気づきを経て3カ月後、彼女に再度話を聞いたところ、子どもたちとの楽しい関係作りについて考えるようになってからは、親子関係が変わったと話してくれました。もっと遊ぶようになり、ふざけ合って一緒にいることをただ楽しむことが増えたそうです。それはわたしから見てもとても美しい変化でした。

実例:いつも息子に勝たないと気が済まない父親

もうひとつ、今度は父親の気づきをご紹介しましょう。

数カ月前のオンラインプログラムに参加してくれたある男性が、プログラム終了後にほかの参加者が次々とログアウトしていく中、一人だけスクリーンの前に残って何か言いたげな表情をしていました。案の定、彼は15歳になる息子さんとの関係について悩んでいました。

彼の話してくれたところでは、息子さんと友好な関係を築けていないとのことでした。どういうことか詳しく聞いてみると、彼はいつも息子さんを批判してしまうというのです。そのような関係を望んでいないにも関わらず、彼のエゴがどうしても子どもに勝ちたいがためにいつも言い負かしてしまうそうでした。

酷に聞こえるかもしれませんが、彼は自分で自分の問題を作り出していたのです。息子さんと15年後、25年後に築き上げていたい関係性をとるか、自分のプライドをとるか。今批判ばかりしていて、25年後に自動的に関係が改善していることなど、まずあり得ないでしょう。

これを聞いて、彼は笑い出しました。そして確かにこの問題を作り上げてしまったのは自分だったと話してくれました。そう気づいた瞬間から、彼は息子さんとの関係を少しずつ変えていけたのだと思います。

実例:わたしの場合

将来のビジョンは必ず今のアクションにつながっています。そして、そのアクションは必ず「今」の瞬間に起きています。

あなたは将来のビジョンでどんな夫婦像を思い描いていますか? また、子どもたちとどんな世界を作り上げていきたいですか?

わたしの息子が生まれる前、わたしは彼の将来についてたくさん考え、そのことについて妻とたくさん話し合いました。たとえば、彼の生まれ持った気質を尊重しつつも、どんな子どもに育てていきたいのか? 彼が進みたい方向に進めるように、どうやったら手伝えるのか?

わたしたちは、息子に創造性を望みました。わたしたちが生きているVUCAの時代において、物事を消費するだけではなく、無から何かを創り出せるスキルを持って欲しいと願いました。

というわけで、いま我が家のリビングはほとんどの人が「ゴミ」と認識するような箱やら、トイレットペーパーの芯やら、出前のプラスチック容器やらで溢れかえっています。そして、息子はそれらを使って毎日何かを作っています。これはわたしたちが100%意図したことです。彼がこの世界に対して受け身ではないことも、そして何かをコンスタントに作り出せることも。