東京都立高校は、全国の公立高校で唯一、男女別に定員を設けており、男女の合格最低点に差が生じています。同じ点数でも、女子だけ不合格という現象が起きているのです。武蔵大学社会学部教授の千田有紀さんが、教育で起きているジェンダーの問題について語ります――。
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東大に男女別の定員があったなら

私は「別学出身なのか、共学出身なのか?」と聞かれると、「ほぼ男子校出身ですね」と答えて相手を驚かせることが多かった。人生を振り返っても、偽らざる実感である。

私は愛知県で高校時代を過ごしたのだが、通っていた公立高校は旧制中学の流れを汲んだ進学校で、共学であっても男女比率はちょうど2対1。愛知県では、近隣の高校をペアにして学校群をつくり、成績が均等になるように上位から交互に合格者を振り分けるという、今はなき学校群制度をとっていたが、私の受けた群では、そもそも受験する生徒に占める男子の数が圧倒的に多かったため、入学した高校は、やはり女子が少なかった。

30年以上も前の話であるが、実際、男女別定員で女子の方が合格平均点が低かった高校では、「『お前らは入試の時の合格点が低いんだから、掃除は女子がやるべき』と男子学生が発言するので、女子が居づらい」と友達に聞いて仰天した思い出がある。

その後進んだ大学(東京大学)にいたっては、女子学生は1割しかおらず、それでも「女子の合格者が、やっと1割を超えた」と大々的に報道された年であった。

「東大で女子が少ないのは、女子の能力が低いからじゃないの?」と真顔で答える男子学生がいたくらいなので、もしも東大で男女別定員を決めていたら、「女子の方が入学しやすい」「不公平だ」と非難の嵐だっただろう。

なぜ東大に女子が少ないのか

しかし、もし当時、東大で男女別定員を実施していたら、女子の志願者が増えて、長い時間ののちには、結果として不平等の是正になったかもしれない。

東大で女子の比率が低いのは、あきらかに、地方では「女子はいくら成績が良くても、地元を離れて東京の大学に行く必要はない」という人々の意識のせいであり(私よりずっと成績優秀だった女友達は、「東京に出る選択肢が存在していること自体、考えたこともなかった」とあとで振り返っていた)、「男性に教育投資をしたほうが、見返りがある」という親の選択であり、何よりも女子学生の「私は女なのだから、県外に出てまで勉学を追求するには値しない」という自己選抜の結果である。また現状では「『実質的な男子校』とも言えるような大学に進学を希望するか」という、女子学生自身の選択もあるだろう。

おそらく、私が行っていた県立高校も、似たような理由で女子が少なかったのではないかと思う。「男子の方が学力が高い」といった、男女の学力の差のせいではなく、「女子は最難関の学校群に、あえてチャレンジする必要はない」「女子が多い2番手の学校群のほうが、好ましい」といった、本人や周囲の意識の問題の方が大きいだろう。

女子は高い点を取らないと合格できない

導入時には女子学生の進学を促そうと、格差是正のためにつくられた東京都立高校の男女別定員が、現在ではむしろ女子学生の足かせになる問題がおこっている。

戦前は、男子は旧制中学、女子は旧制高等女学校など、男女が別々に教育を受けていたが、カリキュラムが異なっていたこともあり、男女の学力差が大きかった。このため、戦後に都立高校を共学化するにあたって、東京都教育委員会は、女子を救済するため、1950年度に男女別の定員を設けたという歴史がある。

そこから状況は大きく変化した。私も過去に記事を書いたことがあるが、都立の男女別定員制度は、今では男子に比べて女子の平均合格点をあげてしまっている。つまり、「同じ共学の高校でも、男子よりも女子の方が高い点数を取らないと合格できない」ということが起こっているのだ。一部の学校では、それを緩和する是正措置をとってはいるが、それでも幾分かの点差はあるだろうとは思われていた。

ところが5月26日の毎日新聞の記事によれば、是正前には女子の合格点が最大で426点高く、是正しても243点の差があったという。ちなみに1000点満点である。そこまでの点差となれば、そもそも公平な入試と言えるのかと皆が驚いたのも道理であろう。

「私立から学生を奪ってしまう」

なぜこんな明らかな不公正が続いているのだろうか。以下は平成30年度(2018年度)東京都立高等学校入学者選抜検討委員会報告書における、中学校長の意見である。

○男女別定員制の緩和により合格するのは、ほとんどが女子である。東京都には私立の女子高等学校が多く、東京都の教育の支えの一つであると考えるが、男女別定員制の緩和の制度により、結果的に女子を多く入学させることになり、私立の女子高等学校から学生を奪う形となってしまう難しさがある。

「女子の私立高校から学生を奪ってしまうから、都立はそれに配慮すべきだ」というのである。いわゆる「15の春を泣かせない」、高校全入のために、民業を圧迫せず、都立の女子学生定員を減らすというのだ。しかしその一方で、女子学生を別の意味で泣かせている。

私立高と言えば、中高一貫校の豊島岡女子学園高等学校が2022年度入試から、高校からの募集を廃止するというニュースは、「最後のとりで、豊島岡も」というタイトルが朝日新聞でつけられるほどの衝撃を与えた。これで東京の女子私立高校は、トップの慶應義塾女子高等学校の次は、偏差値を10落とした学校しかなくなり、トップ校の空白地帯が生まれるからである。

早稲田実業学校の下には、中堅共学校ももちろん存在するが、男子のトップ校がまだかろうじて高校募集を継続していることに比較すれば、女子校の空白の異様さは明白である。私立の選択肢が減れば、成績上位の女子はさらに、都立校の選択の際に、「安全策」を取らざるを得なくなるだろう。

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ゆがむ東京都の女子の選択肢

そもそも、経済的理由で、私立高校には進学させられない家庭もある。確実に都立に合格しなければならないと考えれば、受験校の変更も行われるだろう。私立に配慮した結果の都立の女子合格点の上昇は、明らかに進学機会や選択をゆがめている。

私立高校の選択肢は狭まっており、都立高校は女子が合格しにくい。「東京都の女子の高校受験は難しい」という思いから、中学受験をさせる家庭もある。しかし実は中学受験もまた、この男女別合格点のくびきから無縁でない。

例えば、青山学院中等部では、男子の合格最低点が162点であるのに対して、女子の合格最低点は191点と、300点満点で29点もの開きがある。ここまで大きな差ではないにせよ、ほかの共学校でも同様の傾向がみられる。この理由として、「女子のほうが元気がよすぎて、男子が負けてしまう」と某学校の校長が説明している記事を読んで、仰天した思い出がある。今回、記事を書くにあたってインターネットで検索してみたが、私が見たのとは違う学校でも「女子のほうが元気」「男子が負けてしまう」がよく使われているようである。

しかし、女子が元気で、男子が負けることの何が問題なのだろうか。

令和3年度(2021年度)東京都立高等学校入学者選抜検討委員会報告書でも、高等学校長はアンケートに答えて以下のように言っている。

○男女合同定員制を行うと往々にして女子の合格者が多くなる傾向があり、男子が入学できる余地を残しておくためにも、男女別定員制は意味があるのではないかと考える。また、男女合同定員制にすることで男子の入学者数が減り、文武両道を目指す学校では男子種目の縮小につながる可能性も考えられる。

「女子の合格者が増えることが問題だ」という発言自体が、相当に問題含みである。自分の中学時代を思い出しても、教師からは「女子は数学が得意でない」「空間図形はできない」など、励まされるよりは、心がえぐられるような発言が多かった。男女別平均点が算出されて、女子の平均点の方が上だと、決まって「男子が、女子に負けるとは情けない」と言われた。女子が成績優秀であること自体が、とがめられている気すらした。

こうしたプレッシャーが、今では皆無になったとまでは言えないだろう。そういうなかで勉強してきた15歳の女子が、男子を上回る点を取ったにもかかわらず、「女子が来ると、男子の枠がなくなる」とはっきりと言い渡されて追い出されるとは、あまりに残酷な制度のように思われる。

「先送りは困難」

○男女別定員制が継続されている現状では、これを緩和できる制度は間違いなく必要である。しかしながら、男女の合格最低点の差を完全に払拭できるものではなく、LGBTの観点からも本格的に議論を始める必要がある。先送りが困難な状況にあることは間違いない。
○男子、女子以外にも心と体の性が同一ではない生徒もいるため、単純に二つの性別で分けることは、これからの時代は適切ではない。男女別定員制自体、廃止すべきである。

このように、性別で分けられることをよしとしないLGBTへの配慮が必要だと答える中学校長もいる。

都立高校入試のジェンダー平等を求める弁護士の会は、東京都立高の男女別定員の廃止を求める意見書を6月28日に公表している。会は大学医学部の不正入試裁判の弁護団からの有志で構成されている。その1人である山崎新弁護士は、「あきらかに、法の下の平等を定めた憲法に反します。私立高校の定員を確保するために都立の定員を決めているようだが、他の都道府県でできている男女別定員の廃止を、東京都だけができないわけはない。進学機会の不平等の問題は、人権問題です」と語る。

「男女の定員なんて意味がない」と言えるのはいつの日か

このような問題は、都立入試に限らない。例えば、女性の管理職比率の向上や議員のクオータ制などの、女性の社会進出を促す制度も同様の問題は生じるだろうか、という疑問もわく。

残念ながら、女性の管理職比率は7%台にすぎず、2020年から2030年に先送りされた30%の数値目標からも果てしなく遠い。衆議院の女性議員割合も1割程度である。

男女の候補者の比率を半々に近づける「政治分野における男女共同参画の推進に関する法律」も施行された。これは長期的には、都立入試と同様に「女性の候補希望者が多すぎるために、男女比率を維持しようとすると、女性の希望者がなかなか候補になれない」「女性の議員数が上回ってしまう」と言われるような将来の到来が望まれるところだ。その時になったら初めて、「男女にこだわる定員なんて、意味がない」ということができるのではないだろうか。

そういう日の到来を待ちつつも、都立高校の男女別定員については、明らかに廃止の時期が来ていると思われる。