※本稿は、緒方憲太郎『ボイステック革命 GAFAも狙う新市場争奪戦』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。
キーワードは「寂しさ」
【八木】音声プラットフォームがここ1、2年でたくさん出てきましたよね。クラブハウスみたいなものも、続々と出てきそうです。
【緒方】同じ音声プラットフォームといっても、効率化、情報メディア、エンタメ、コミュニケーションなど、目的や用途はバラエティに富んでいます。今だとコロナ禍のせいもあって、寂しい人たちが声でつながろうというものも出ている。
【八木】クラブハウスは、メディアではないですよね。コミュニケーションであってコンテンツではない。緒方さんがやっているボイシーはコンテンツですが。
【緒方】クラブハウスはSNSですよね。
【金子】長期間海外にいて、ふいに日本語の話し声を聴くと癒やされます。音声ってそういうところがある。寂しい人には字じゃなくて声、という感じがします。
【宮坂】現場DXは今、すごく注目されているので、ネットを使ったグループ通話ソリューションであるBONXみたいなサービスは話題になりやすい。ただ「寂しさ」というキーワードで考えると、今はリモートワークの影響が大きいです。BONXでは、「リモートワークでも声でつながろう」と打ち出しています。
企業の方の話を聞くと、やっぱりリモートワークでメンタルヘルス不調者が増えているようなんですよね。これからもリモートワークが続くなら、企業は本腰を入れてメンタルケアをやらないといけなくなります。そういうときに、音声はとてもいいと思います。
Zoomみたいな映像付きのオンラインテレビ会議システムというのは、社内コミュニケーションで常時使うのは難しいんですよ。社内の人と話すのに化粧とか身だしなみを気にしないといけないのは結構疲れるので。
「クラブハウスブーム」とは何だったのか
【緒方】クラブハウスがはやったのも、そういう背景がありますよね。「人の声が聴きたい」という欲求が高まった。映像がないからZoomに比べて気軽ですし。
【八木】「寂しさ」とか「つながり」ですね。2021年に入ってからのクラブハウスブームは、音声SNSの序章だったんじゃないかという気がします。ツイッターの音声チャットルーム「Spaces」が出てきて、フェイスブックも音声サービスに参入しますし、音声SNSという場所そのものは定着するような気がします。それがクラブハウスなのか、ツイッターのSpacesなのかフェイスブックの音声SNSなのかはわからないですが。
【金子】「クラブハウス祭り」は、SNS的な側面よりも、有名人がたくさん人を集めてセミナーや講演をやるという場だった気がしています。それであれば、普通に「そこでマネタイズできるようにすれば」という話じゃないかなと。
【八木】クラブハウスは、広告はやらないけれど、イベントのチケット課金とサブスクリプションと投げ銭はやると言ってます。芸能人がそれをやればもうかるんじゃないですかね。
それが出てくると、次のステップに入るのかなという気がします。
【金子】それだと、あんまりSNSって感じはしませんね。
【八木】音声イベント会場ですよね。
革命レベルの変化が起きている
【八木】ただクラブハウスの影響で、音声メディア、音声サービス全般も恩恵を受けているんじゃないかと思います。
【緒方】ボイシーはすごく伸びました。(2021年の)1月は30%、2月は60%伸びたので。クラブハウスとボイシーは相性がいいと言い続けましたし。
【八木】僕がやっている音声広告のオトナルも恩恵を受けていますね。営業が回りきれないレベルの問い合わせが来ました。みんなが「音声コンテンツいいな」ってあらためて気付いたんじゃないでしょうか。確証はないですが、ほかの音声メディアも、アクティブユーザーが増えていると思いますよ。
【宮坂】ラジコは、この間数字が出ていましたが、すごく伸びてるみたいです。
これまで音声と言えば電話とラジオでした。コミュニケーションは電話であり、コンテンツはラジオだった。そこから比べると、ここ数年というのはどう考えても革命レベルの変革が起きています。今も進行しているので、まだ結果がわからないんですけど、今すごい変革の時だという気がしています。
「声」と高齢者市場の可能性
【緒方】「耳の奪い合い」が起きているようですが、今後、ボイステックと組み合わせると相性がよさそうな業界や分野についてどう思いますか。
【宮坂】僕はやっぱりシニアだと思います。BONXは音声コミュニケーションツールとして介護現場でスタッフの方に使ってもらっていますが、日本の介護は施設より在宅の方が多いんです。在宅だと特に、「寂しさ」が大きな課題で、コミュニケーションが重要なんです。だから今、ロボットとかに注目が集まっていますよね。先日はSOMPOホールディングスが、コミュニケーションロボットの「LOVOT」(ラボット)を作っているGROOVE X(グルーブエックス)に出資しました。
昔は井戸端会議やご近所づきあいがあったけれど、今はなかなかありません。これから高齢化はもっと進むし、そういう高齢者向けにクラブハウスみたいなツールやサービスがあると、もっと価値が出てくるんじゃないかと思います。
音声は気持ちを動かせる
【金子】僕がいるコエステは、合成音声技術を活用したプラットフォームを提供しているんですが、介護サービスの会社から話が来たことがあります。認知症の患者さんが、家族の声だけになら反応するということもあるそうなんです。また、例えば安否確認サービスで、今だとスタッフが電話をかけて安否確認をしていますが、人手不足ということもあるし、コエステの機械音声を使えないかと。
そしてせっかくだったら、家族の声、孫の声で安否確認の電話をかけることができれば、サービス価値が上がるのではという話がありました。
【八木】特定の人、「孫の○○ちゃんの声」だといいですよね。音声は気持ちを動かせるということですね。
【金子】そうなんです。声って顔や指紋と同じで、人のアイデンティティの一部だと思うんです。例えば、おじいちゃんが孫の声でニュースが聞きたいと思ったときって、その子の声色が好きだから聞きたいわけではなくて、その子の声だから聞きたいんですよね。
それは家族だけじゃなくて、例えば毎朝、好きな芸能人の声で起こしてほしいと思ったとしても、それはその人自身が好きだからその人の声で起こしてほしいわけで、声色が好きだからというわけではないはず。声の価値は、人の価値に紐づいている。すごくエモーショナルなものだと思います。