コロナ不況にあえぐ企業は少なくありません。しかし、これまでに50以上の事業を立ち上げてきた守屋実さんは「全世界的に『不』の解決競争が巻き起こる」と今後を予測します。守屋さんが新規事業の有望な領域として注目する“既得権益のほころびが見える分野”とは――。

※本稿は、守屋実『起業は意志が10割』(講談社)の一部を再編集したものです。

医療技術コンセプト
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「既得秩序のほころび」による新大陸の登場

これからも、不況による経営悪化や倒産など重苦しいニュースが流れる時期が続くかもしれない。しかしながらその一方で、全世界的に「不」の解決競争が巻き起こる。多様な新規事業が乱立する有望な領域も存在すると考えている。

そのひとつが、「既得秩序のほころび」が生じた業界だ。既得秩序とは、既得権益が強く、「不」の解消が進まない業界のことだ。コロナ禍において、この既得秩序のほころびが大きく生じているのが、医療、教育、行政の分野だ。なぜ、これらの業界に大きなほころびが生じたのか。それは、これまでほとんど「動いてこなかった」ゆえに、コロナの影響がより大きな「進化圧」としてのしかかったからである。

医療分野では、新型コロナウイルス感染症への対応により現場の多忙化や疲弊が報道されている。しかし、医療従事者がクタクタになるほど働いている反面、病院の利益は低下。それにはさまざまな要因があるが、大きな打撃のひとつは高齢者が通院を渋るようになったことである。

そもそも我が国には、「医療費の増加で日本の財政は破綻する」といわれるほど、高齢者の医療費が重くのしかかっていた。それが、新型コロナウイルス感染症を考慮して、病院に行かなくなってしまったのだ。もちろん、病院に行かなくて済むように健康に留意したり習慣と化していた通院を見直したりしたのであれば、よい転換のタイミングとなったと見ることもできるが、医療にかからねばならない人が、治療をおろそかにしているのならば、それは大きな問題だ。

医療はこれまで変わるタイミングを逸してきた領域だった。僕は医療業界の仕事をいくつも経験してきたが、その中で出会った医師たちは志と情熱を持って患者に向き合っている人格者が多かった。しかしながら、人の命を預かる医療の世界は、時に変革を阻む大きな力が働き、かたくなに既得秩序を守る岩のように動かない産業でもあった。

変わることができなかったその業界が、「コロナ」という外圧により、大きな転換を迎えている。

広がりそうで広がらなかった遠隔医療は、これまで必要性を感じたことがなかった人にまで、利用が広がりつつある。そしてさらなる改良により、大きく広がる可能性があると思っている。

たとえば、遠隔医療を必要とする人の中には、継続的な治療が必要で、かつ感染症にかかりやすい高齢者が少なくない。高齢者が対象だと考えると、現時点でのオンラインサービスの使用のハードルはどう考えても高い。そこで求められるのが、ITに明るくない世代にも、受け入れてもらえるような“翻訳”をするサービスを設計していくプレイヤーだ。最先端技術を開発する存在だけでなく、最先端技術を「昭和の言葉」に訳すような事業が求められると僕は考えている。

さらにいうと、僕は、今回の新型コロナウイルス感染症蔓延という状況を機に、我が国らしいPHR(パーソナルヘルスレコード)を構築すべきではないかと思っている。PHRとは、個人健康情報管理のことで、これが実現すればこれまで病院や薬局ごとに別々に管理されていた個人医療データを自分が管理できるようになる。

個人情報保護やセキュリティーの壁はあるものの、実現できれば医療機関が変わる度に同じ検査をやり直したり初診の問診票を何度も書いたりすることがなくなる。さらに、科ごとに分断されてきた情報を一元化させて、ホリスティックに(身体と精神を総合的に)患者を診られるようにもなる。

さまざまなサービスのオンライン化が余儀なくされた今回の新型コロナウイルス感染症の一件は、医療介護ヘルスケア業界にDX(デジタルトランスフォーメーション)を起こす最大のチャンスとなっている。

教育、行政にも「ほころび」、変化へのひと手間が新規事業の種に

また、教育の領域にも「既得秩序のほころび」が生じた。2020年度から新しい学習指導要領による小学校でのプログラミング教育などが始まっているが、学校現場自体のICT(情報通信技術)化は、まだまだ進んでいない。休校期間中には、オンライン授業への進化が求められた。デバイスの不足やWi-Fiの未整備など学校において問題視されてきたことに目をそらさず、向き合うタイミングが訪れたのだ。世間的には「オンライン授業」を求める流れとなったが、オンラインで教育がおこなわれる体制が学校には整っていなかった。

Eラーニングオンライン教育
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ただし、学校の問題だけをクリアすれば教育の課題を解決できるというわけではない。多くの家庭でオンライン授業を受け入れる環境整備が不足している。もし家庭に子どもが3人いれば、パソコンやタブレットを3台用意しなければいけない。デバイスが用意できたとしても、近くで接続すれば音声が混ざり合い授業どころではなくなってしまう。解決するには、別々の部屋を用意して授業を受けることだが、保護者も在宅勤務をしているような状況の場合、一体自宅に何部屋あれば足りるのだろう……と途方に暮れる状況になる。日本の住宅事情では、このような条件をクリアすることはほぼ不可能だろう。

また、学齢が小さい子どもほど、みんなで泣いたり騒いだりして遊ぶ中から学んでいく。オンラインの教育では、そうした体験を積むことが難しい。リアルな体験を積めないことが子どもたちにどのような影響を及ぼすか、未知数な部分は多い。だから単にオンライン教育にすればよいという、そう単純な話ではない。

そこで、さらにひと手間加えた新たな教育のカタチが求められるようになる。しかし、これまで変わることがなかった既得秩序に確実にほころびが生じていることは事実だ。そのほころびの中には、新規事業の種がある。読者のみなさんには、そこを商機と是非とらえていただきたい。

もうひとつの「既得秩序のほころび」が生じたのが行政だ。中でも、保健行政は今回の新型コロナウイルス感染症蔓延への対応で非常に苦労したところだろう。アナログではとても対応できず、IT化により効率的に迅速な対応が強く求められているはずだ。

日本には、1700あまりの地方自治体がある。それぞれの組織が計画を立て、予算取りから執行までのステップはみんなバラバラ。外側から見ると、何がどこで動いているのかが非常に見えにくい。

もしこれにITで横串が通されれば、てんでバラバラに動いていた地方自治体に共通言語が生まれていくだろう。これまで連携できていなかった民間との橋渡しにもなるはずだ。いわゆる、「to G(Government)」という領域の拡大が期待できる。ITが導入されることで、参入の可能性をさらに広げ、行政サービスも一層効果的なものにしていくことができる。

せっかくマイナンバーが導入されているのだから、そこに必要な情報を集約すればいいと僕は思っている。納税、戸籍、医療、教育などのサービスがマイナンバーですべて管理され、それをオンライン化して、自宅にいながらすべての公共サービスをワンストップで受けられるようにできるはずだ。あれだけ鳴り物入りでスタートしたマイナンバーが、普及さえもしてないということ自体が、異常なのである。

もちろん、どんなにITが進歩して使用のハードルが下がってもアナログな人は残り続けるので、「マイナンバー一括対応課」などの、そういった人たちのためのリアルな相談の場を役所に設ける必要性はある。誰一人取り残さないよう配慮しながらでも、IT化は実現できるはずである。

医療、教育、行政などの進歩は、一般の企業よりもずっと遅いペースが守られてきた。簡単には崩れることのない強固な秩序が作られていたのだ。今回の新型コロナウイルス感染症蔓延の影響により、それらの領域にほころびができた。

考えてみてほしい。これまで散々切磋琢磨してきた領域は、「強い」企業が跋扈するレッドオーシャンである。しかし、これまでフリーズしていた領域は手つかずのブルーオーシャンだ。動かなかったのには動かなかった理由がある。これまでお伝えしてきた通り、その理由が「既得秩序」だ。しかし、今、この秩序にほころびが生まれ、商機と勝機を秘めたフィールドが広がった。

動かなかったものを動かすよりも、動き始めたものを動かすほうがはるかに楽だ。「既得秩序のほころび」の領域に飛び込む時機がきている。

コロナで客が「瞬間蒸発」した領域にチャンスあり

既得秩序が強い領域に加えて、もうひとつ、大きな進化圧を受けたのは「瞬間蒸発」が生じた業界だ。ビジネスでの瞬間蒸発とは、一瞬にして顧客がいなくなったということを意味する。感染症対策では、「人と会わないこと」が大前提となる。今さら僕がいうまでもなく、ウィズ・コロナの時代となり他者と対面する機会はぐんと減った。大人数が集合する機会は、一層なくなった。本書を執筆している2021年の初春も、不特定多数の人が集まる場でのクラスターが報道されているから、この状況はしばらく続きそうである。

守屋実『起業は意志が10割』(講談社)
守屋実『起業は意志が10割』(講談社)

具体的に「瞬間蒸発」により事業が逼迫したのは、たとえば、飲食、観光、イベントの業界だ。とはいえ、これらの業界へのニーズが消えたわけではない。冒頭でもお伝えした通り、人の胃袋がある限り飲食業界のニーズは残り続ける。これは、旅行業でもイベント業でも同じことがいえる。いや、むしろ制限される不満で、これまで以上に「旅行したい」「イベントに参加したい」という思いは強まっているかもしれない。

だからこそ、その「不」を解決する新規事業が喉から手が出るほど求められることになる。

飲食業においては、デリバリーやお取り寄せが一気に普及した。ウーバーイーツのある生活は、すでに日常的なものになっている。たとえば、こんな展開もある。僕が立ち上げに参画した印刷ECのラクスルは、各飲食店のデリバリーサービス展開ニーズを察知し、デリバリーメニューチラシのテンプレートサービスをリリースした。店舗名やメニュー内容を記入さえすれば、すぐにレイアウトされ、配れるようなチラシができるサービスを間髪容れずに始めたのだ。デザインから印刷、必要であれば近隣の住宅へのポスティングをセットにし、その当時、各飲食店の「不」に徹底的に対応したのである。このサービスはもちろん、非常に好評となった。

観光業においては、これまでの隆盛を支えていたインバウンドが、一瞬でその99%が消え失せた。業界全体に、壊滅的な打撃を与えた。

では、観光業は不要となってしまったのか。もちろん、そんなことはない。「海外旅行から国内旅行へ」「遠出から近場へ」「量から質へ」「休日やトップシーズンから平日やオフシーズンへ」「リアル旅行からオンライン旅行へ」などの切り替えが遂行されていった。「これまでの旅行」から、「これからの旅行」に変容する形で、人々の「訪ねたい」という欲求を満たし、存続を図ろうとしている。

イベント業においては、「集合リスク」への対応として、「オンラインイベント」がすでに定着してきている。ビフォー・コロナの時代では一部の人しか知らなかった、ウェブとセミナーを合わせた動画を使ったインターネット上のセミナーである「ウェビナー」などの言葉が、ウィズ・コロナの時代となり、すでに一般用語として定着したように思う。むしろ短期間で準備ができ、低コストでイベントを開催できるようになったと考えると、可能性が広がっているという見方もできる。

繰り返すが、人々は、飲食、旅行、イベントの「瞬間蒸発」してしまった領域への欲求を失ったわけではない。むしろ、抑えられている分その欲求を埋める術を希求している。これまでのサービスに代わるものが提供できれば、新規事業として大きなパワーを発揮するものとなる。「瞬間蒸発」した領域は、起業による課題解決が待たれている業界であるともいえるのだ。